苦戦と援軍
『騎士団が近づいてるみてぇだべ……』
『あいつら信用ならないよ。それよりも、コイツらをどうする?』
小五郎と火煉は、倒したドラゴンの骸の横で身構えた。
二人が立っている位置は円形に切り開かれた広場のような場所だ。そこを取り囲むように鬱蒼と茂る森のあちこちから、魔物たちが姿を現した。
『ギュルル……!』
『ガァアア……!』
クマや蜥蜴のような顔をした半人型の魔物、オオカミ型、それにゴブリン等、雑多な魔物の
群れだ。
その数は数十いや百を超えているだろうか。
『一斉に来られたらヤベェな……』
『アタイがなるべく近づけさせないから、ゴローちゃんが近接戦を』
『ンダな』
小五郎は火煉の気丈な横顔を頼もしく思いながら、ナタを構え直す。
だが、相手の数が問題だ。
一度に対処できる数には限りがある。数で圧倒されれはジリ貧だ。
小五郎は焦りを感じはじめていた。
――それに一体何がクリア条件なんだべが……?
今回のクリア条件がまだ見いだせずにいる。
異世界へ跳躍した直後、目の前で襲われていた少年少女を助け、悪漢を始末したことは「クリア条件」ではなかった。
次に「森の主」つまりドラゴンを倒しても、帰還条件を満たさなかった。
ならば、この魔物ども全てを倒すことが条件だろうか?
しかし――
『ギィエェエ!』
『ッシャァアア!』
数匹の魔物たちの咆哮を皮切りに、次々と魔物たちが襲いかかってきた。
『来るゾ!』
『しゃぁっ!』
火煉は金棒で地面の石を勢いよく弾き飛ばし、礫の弾丸で狙撃する。同時にオオカミ型の魔物二匹に命中させ吹き飛ばすが、続く魔物がその死体を乗り越えてくる。
『うぉゴオオオッ!』
小五郎が近づいてくるオオカミ型の魔物をナタで一閃し、叩き伏せる。返す刀で反対側から走り込んできたゴブリンの頭部を潰す。
『ギャウン』
『ギャッ!?』
『うりゃぁああっ』
火煉は石の弾丸による射撃戦闘を続けるが、二度三度と石を放ったところで命中精度が落ちた。仕方なく金棒を振り回しての近接戦闘に切り替える。
『オメェは背後を!』
『うんっ!』
互いに背中合わせになり、ナタと金棒を振り回す間合いを確保しつつ、集まってくる魔物を撃退する。
『グマァンン!』
だが、クマ人間のように巨大な相手に苦戦する。爪によるダメージを受けながらも、なんとか頭部を吹き飛ばす。
『ずりゃぁっ!』
『ヤバイね、キリがないじゃん!』
この姿――ナマハゲ状態であっても体力に限界があるらしい。流石に疲労を感じはじめている。
見れば火煉も肩に傷を負っている。
――このままじゃ、限界がくるべ。
『グヒュルル……!』
『ギィヘヘ……』
魔物の軍勢が、二人の包囲網を形成しつつあった。その魔物の壁の向こう側には、ボロ布を幾重にも重ね着し、無数のドクロで飾り立てた杖を持つゴブリンが居た。
数匹の若いゴブリンに守られたその個体は、年老いてはいたが少しは知恵のありそうな面構え。ゴブリンの長老だろうか。そいつが黒幕で魔物の指揮を執っているようだった。
杖を振り回し、ギィギィと鳴く。更に魔物を集め一気に制圧せよ! とでも言っているのだろう。
『一気にくる気だべ……!』
『そうみたいね』
流石にマズイ、と思ったその時だった。
馬の嘶きと共に、騎士と兵士たちが森の向こう側から姿を現した。その数はおよそ二十名ほどか。
先頭には馬に乗る騎兵が三騎。その後ろには盾と剣、あるいは弓を持った武装した兵士たちが続く。
更に背後にはゴロゴロと音を立てながら、一台の巨大な黒塗りの軍用馬車もやってきた。兵士でも乗っているのだろうか。
『ゴローちゃん!』
『援軍かはわかんねぇが、敵の気が……逸れたッ!』
目の前でキィキィ喚いていたゴブリンが、兵士たちに気を取られた瞬間。小五郎はその頭をナタの背で叩き割った。
バギンという音とともに頭蓋骨を粉砕し、そのまま薙ぎ払うように横に居たもう一匹を粉々に砕く。
『ゴブッ』
『グァアアアッ!?』
魔物が謎の人型に群がるという異常な状況を見た騎士の一人が指示を出す。ロングソードを振り上げ高々と声を張り上げる。
「第一、第二小隊は前へ! 魔物どもを掃討せよ。方陣形をとりつつ新兵器起動の時間を稼げ! 第三、第四弓兵小隊は展開後、各自放て!」
駆け足で四角い陣形をとりながら、馬車を中心に、正面には盾を持った戦士たちが並ぶ。その左右には弓を持った兵士たちが素早く展開し、次々と矢を放った。
ヒュン! という風切り音とともに、小五郎と睨み合っていたクマ人間の側頭部に矢が「スコッ」と命中。
クマ人間は声を発する事もなく白目をむいて、膝から崩れ落ちた。
『……火煉、オラの後ろへ』
『やっぱり無差別攻撃なわけ!?』
『んだべな』
ヒュン! ヒュン! と矢が次々と飛んでくる。魔物に次々と命中するが、小五郎の方にも容赦なく飛んでくる。
弓を放つ兵士たちには、魔物とナマハゲの区別などついていないのだろう。
ナタの側面を盾代わりに、飛んでくる矢を弾く。
「第一小隊……抜刀! 遊撃! 我に続け 接近する魔物を一掃せよ!」
馬に乗った騎士の一人が叫び、突撃を指示すると陣形から飛び出した兵士の一団が、剣で魔物たちを次々に切り伏せた。
その動きはあくまでも黒塗りの馬車を守る行動で、時間稼ぎをしているようにも思えた。馬車は4頭立てで高さ2メートル、長さ5メートルはあろうかという大きな箱型の窓のない客室を牽いていた。
『ギイイッ!?』
『ギャッ!』
ともあれ、魔物たちの注意とむき出しの敵意は、小五郎と火煉だけではなく、騎士と兵士たちの一団へも分散した。
騎士らの目的が何であれ、最悪の状況下では思わぬ援軍となった。
僅かばかりの余裕が生まれる。だが戦場は乱戦の様相を呈し、状況は楽観できるものではない。
と、その時だった。
ゴゥン……! ブシュウと、気密が解かれるような音が響いた。見れば、軍用馬車の黒い客室の側面がゆっくりと開きはじめた。
魔法の動力でもあるのだろうか、舞台装置のように大きく開いてゆく馬車の客室。そこで一段高くせり上がった台座に一人の人物が姿を現した。
黒いローブに身を包んだ男は、まるで魔導博士のような姿だった。
ゆっくりと被っていたフードを取り払う。
『ゴローちゃん! あの男……!』
『んむ?』
金髪に整った怜悧な顔立ちの若い男の顔が現れた。それはかつて街で女騎士エリザベートを手に掛け、火煉を殺そうとした、魔法騎士リーデンハイアットだった。
視線を二人のナマハゲに向けると、ニィと口元を歪める。
そして周囲の魔物の群れを見回しながら部下たちに指示を出す。
「……露払いご苦労であった。ここは今から、我が王国の新魔導兵器の実験場となる」
ぱちんと指を鳴らすと、ゴゥンゴゥンという音と共に、客室が開放され奈落が口を開けた。そして床面から何かがせり上がってくる。それは金属製の磔台のようなもので、そこには、黒い鎧を身に付けた一人の人物が拘束されていた。
顔はよく見えないが、金色の髪が流れ落ちる。身体のラインから見ても若い女性だろう。
「その力を存分に発揮するがいい。魔改造人間……エリザベェエェェト!」
ブシュウ! と蒸気を噴出しながら、黒い騎士の身体を拘束していた金属ベルトが弛む。次に金属ベルトを固定していたボルトが外れ、足元に落ちた。
黒い騎士の身体が自由を得ると、やや前傾姿勢で一歩、踏み出す。
「……ぐ……シュルル……る」
『エ……エリザベートさん!?』
火煉がその顔をみて悲鳴じみた声をあげた。
魔法騎士リーデンハイアットが顔全体に喜悦と狂気を滲ませた。
「さぁ征くがいい! 我が王国の正義の体現者! 闇に……いや光り輝く、未来と栄光、勝利のためにぃいいッ!」
<つづく>




