ドラゴン・ソウル
ドラゴンが炎の吐息を二人めがけて浴びせかけてきた。
ゴォオオオ……! と、まるで火炎放射器のような勢いの炎で薙ぎ払う。下草が一瞬で黒焦げになり木々が燃えあがった。
『ちょっとマジ!?』
『とりあえず左右に散れ』
小五郎と火煉は左右に散開する。
口から吐き出した吐息は陽炎のように揺らいでいるが、大きく開けた口から数十センチほど離れた位置から赤い炎へと変わり、推定射程3メートルほどの火炎流を生じさせている。
実にファンタジー世界な攻撃だと小五郎は思った。だが、可燃性の吐息に着火させたものなので、科学的に見ても説明可能な範囲ではある。
『アタイも炎は得意だけど、さ!』
ドラゴンの狙いは、大柄で目立つ小五郎に向いている。火煉は反対側に回り込んで、大きめの石を蹴飛ばすと金棒で打った。
フルスイングで思いっきり叩きつけた石が弾丸と化す。
しかし竜の鱗の硬度は高く、ガギィン! と音を響かせて跳弾してしまった。斜めに弾き飛ばされた石は少し離れた位置で、隠れて様子を窺っていたクマの怪物の脳天を直撃。周囲に中身をブチまけた。
『うっそ、弾いた!?』
――ブシュルル……?
まったく攻撃を意に介していない。
だが、息が切れたのかガスが無くなったのかドラゴンのブレス攻撃が止んだ。それと同時に身をよじると長大な尻尾を真横に振り払った。
明らかに側面の火煉を狙っている。
ブォオオ……! と凄まじい勢いで振り回されたドラゴンの尻尾は、細い木々をなぎ倒した。人間なら胴体ごとへし折られてもおかしく無いほどの凄まじい威力だ。
『火煉!』
小五郎は叫んだが、心配は無用だった。ブォン! という音とともに迫りくる尻尾を軽々と跳び超えると、そのままドラゴンの背中に着地――。
『よっ……と』
しゅたっ……! と金属質の鱗の上に手足を曲げて着地する。そこはドラゴンの腰骨の上辺り。
腕も尻尾の攻撃も届かない、完全な死角だった。
――グガァアアッ!
不快そうに身を揺らしながら首を背中に曲げようと視線を逸した瞬間を、小五郎も見逃さなかった。
地面をけると疾風のように猛然とドラゴンに突貫する。
駆けながら右手に持っていたナタを背中の方に振り上げ、全身の筋肉に力を込める。張り詰めた筋肉がビキビキと音をたてる。
『ぬぅガァアアアアアアッ!』
ドラゴンに負けずとも劣らない咆哮とともに、ナタでドラゴンの首に斬りかかる。
ドズッ……!
という重々しい音とともにドラゴンの首にナタが食い込む。
――ガグァアッ!?
『ラァアアアアッ!』
流石の竜の鱗も、ナタの重質量の一撃を防げなかった。バキバキと砕けた鱗が飛び散り、刃先が首に食い込んだ。
更に力を込めると、わずかに遅れて真っ赤な血が噴き出した。
――血……だ。
それは魔物の流す青黒い血や、『闇の眷属』のどす黒いドブ水のような血とは異なっていた。普通の動物のような、あるいは人間のような。真っ赤な血だ。
それに怯んだわけではないが、首を切断するには至らない。
身長5メートルもあろうかというドラゴンの防御力もさることながら、首が太すぎるのだ。3割ほどドラゴンの首にナタが食い込んだが、刃が止まる。
――グァアッ!
激しく首を振り、食い込んだナタごと小五郎の腕を振り払う。
次の瞬間、ガッとドラゴンが大口を開けて小五郎の左腕に咬み付いた。
『ヌグッ……!』
鮮血を噴き出したのは、小五郎の方だった。
骨まで達する傷を負ったうえ、噛まれたままで身動きが取れない。いっそ噛み千切られれば自由になるが、ドラゴンはそこまで計算しているのか。
『ゴローちゃんッ!』
火煉がドラゴンの背中を駆け上がり、首の方へと向かってきた。
その手には金棒が握られている。だが、火煉のフルスイング打撃であろうとも、ドラゴンの頭蓋骨を砕くにはパワー不足なのは明らかだった。
火煉が叫んだ。
『一人じゃだめなら二人で……!』
『一緒に……が!』
金棒を肩まで大きく振り上げながら、火煉がドラゴンの首から更に空高く、はね飛んだ。
まさに以心伝心。火煉が何を考えているか、小五郎は理解できた。
思い切り、先程の傷口にナタを叩き込む。
ドラゴンが苦痛に喘ぎ、噛み付いている力をさらに強めた。小五郎の左腕の骨が砕け肉が切り裂かれた。
『グゥオオオオオオオッ!』
だが、右腕のナタは叩き込んだまま、決して放さない。
大木を切り倒すには、一撃では無理だ。
しかし――力を合わせれば!
『――爆殺輪炎舞!』
赤い髪を振り乱し、空中で回転しながら落下する火煉をドラゴンは視界に捉えた。
火煉は超高速回転する赤いコマと化し、音速を超えた金棒の先端が、空気との摩擦で発火する。
炎の金棒を振り回しながら、重力に身を任せ、金棒の重量と炎の熱量をドラゴンの首めがけて叩き込む。
『うっりゃぁああああッ!』
『火煉ッ、ここだァッ!』
赤々とした炎を纏った金棒の一撃は、小五郎が突き刺したナタの峰に激突した。
ガギィイイイイインッ!
凄まじい衝撃で押し込まれたナタが、ドラゴンの首の奥深くまで、貫通。
首の反対側の鱗が一瞬で砕け、内側の肉が真っ赤な飛沫とともに爆砕した。
――ガハッ!
ドラゴンは白目を剥いて絶命。
小五郎と着地した火煉は、ザ……アッと降り注ぐ、真っ赤な血の雨を浴びながら、立ち尽くした。
『やったね……ゴローちゃん』
『あ、アァ……』
なんとか勝てたが、代償は左腕だった。もはや左腕は使い物にはならない。
周囲には100匹を超える魔物が集まっていた。
と、その時。
絶命したドラゴンの骸から、青白い鬼火が浮かび上がった。
『ゴローちゃん、あれ』
『魂……! コイツには……魂があったんだ』
普通の魔物ではなかったという事なのだろうか。ドラゴンは長命で高い知能を持つと言われる。それゆえ「森の主」となり魂を持つに至ったのか……。
その真理はわからずじまいだった。
ただ一つ確かなことは、生き返ることの出来る「魂のコレクション」に、ドラゴンの魂が加わったということだった。
腰にぶら下げていた首桶の蓋をあけると、ドラゴンの少し大きな魂がホワホワと吸い込まれた。
――竜の魂、ドラゴン・ソウル……か。
『ドラゴンの魂ってなんだか凄くない?』
『んだな、何か役立つといいべが……』
『っていうか左腕大丈夫?』
『全然心配しているようには見えねぇな』
『だって平気そうじゃん』
『平気なわけあるが! 痛いもんは痛……』
と、その時だった。
遠くから馬の蹄の音と気配が、複数近づいてくるのがわかった。
馬車もいるのだろうか。地響きと金属同士がぶつかる音、装備の感じからして重武装の騎士団のようだ。
――んだども、敵か味方か……わがねな。
小五郎はやや緊迫した面持ちで、右手に再びナタを握りしめた。
<つづく>




