ゲス男の末路と、ある『実験』
抵抗しようにも、大男に組み伏せられたマリエルは身動きが取れなかった。
剥ぎ取られた防具に、破られた衣服が散乱する。
「ヒヒヒ、自分の愚かさを呪うことッスね……!」
「い、いやあっ!」
良い人のふりをして、親切を装い、初心者に近づく。そして、人気のない森の中へ冒険に誘い込んだところで豹変。暴行し金品を略奪する。
自由冒険者の組合はこうした行為を最も忌みい嫌い厳しい罰則――両手を切断する――が課せられるほどだ。しかし、この男たちはギルドにさえ属さない「流れ者」の類だったのだろう。
奪い暴行するだけではない。最後は殺し、血肉を魔物を呼び寄せるためのエサにするという。
すでに村を共に出た相棒のリィは血の海に沈んでいる。
――リィ……ごめんね。
戦乱で焼け落ちた村から逃げようと、何処か遠くへ行こうと誘ったのはマリエルなのだ。
こんな結末になるくらいなら。大人しく村で飢えと寒さで死んだほうがマシだった。
後悔しても悔やみきれない。
目を開けて倒れているリィの方に手を伸ばす。届かないほどに遠くに倒れている。
もうひとりの男は周囲を警戒しリィにはもう目もくれない。
「マリ……エ……」
「……リィ!」
弱々しい声で少年が手を伸ばした。まだ生きている。けれどもう長くは持たないだろう。魔法の治療薬や、蘇生の魔法は普通に存在する。だがそれは、優秀な魔法士が居てこそ可能な秘術なのだ。
「さぁて、いよいよ……」
下卑た顔のヴェルボーズが、ズボンに手をかけた。この世の汚物を煮込んだ悪臭さえ漂うような薄汚れたズボンのベルトをカチャカチャと外しかけた、その時だった。
ドズゥム……! という地響きと風が舞い起こった。
やや遅れてシュトンという音も聞こえた。
『――泣く子サァ、呼バレデェ……来テ見レバ』
「うぉっ!?」
「なんだあああっ!? あっ……えぇ!?」
二人の男たちは動揺を隠しもせずに叫んだ。そこそこ経験のある元冒険者だったのだろう。魔物が森の奥から来る気配や、距離感を掴んでいるはずだ。
それが突如として目の前に魔物が出現した。
身長2メルテを超える赤鬼の襲撃か、と思った。
しかし、違う。赤い皮膚に獅子のような鬣。それに恐ろしい悪魔と同じ二本の角。
ギョロリ、と周囲を見回して、右手に持った巨大な刃物で右肩をトントンと叩く余裕さえ見せつける。
何よりもその瞳に宿る、人間を思わせる知性の光。男たちは自分のしていることを見透かされたかのように感じ、戦慄する。
明らかに何らかの、上位種だと直感する。
「なっ……なななっ!? 魔物!? いや……」
「ど、どこから……空から!?」
この怪物は突如、空から「降って」きたのだ。
見上げると、少し上空に四角い扉があった。青白い燐光を放って浮いているのだ。転移魔法か何かなのか、男たちには理解できない。
「やべぇ、ズラかるぞヴェルボーズ」
「ちょっ、ちょっとまっ……」
慌てて立ち上がろうとするが、下ろしかけたズボンが足に絡まり前のめりに倒れた。
『うわ……最ッ低……』
「ヒイッ!?」
少女を地面に押さえつけていた男、ヴェルボーズの背後には、先程の赤い悪魔に似た、赤い髪の少女が立っていた。
赤っぽい皮膚に額の角は明らかに同じ種族。
その表情には、汚物を見るような明らかな嫌悪の感情が浮かんでいた。
ヴェルボーズが少女に何をしようとしていたか、明々白々だった。この赤鬼の少女は特に、激しい嫌悪と怒りを感じているようだ。
「あ、ありえねぇッス! 魔物が……言葉を……テメェッ!」
転がっていたヴェルボーズが、近くにおいてあった両手持ちのバスタードソードを咄嗟に掴む。そして、低い体勢から全身をバネのようにして薙ぎ払おうとした。
だが、次の瞬間。
『死ね、ゴミカス』
赤鬼の少女が、短く吐き捨てた。
ブンッ……! という短い風切り音の直後、ヴェルボーズの後頭部が爆散した。
バァンン! と真っ赤な花が空中に開き、スローモーションのように2つの眼球と、プリンのような臓器が、文字通り爆散。
その飛沫は相棒の男、ボラッザを半分赤く染めた。ヴェルボーズの躯は地面へと倒れ込んだ。
『あっ……失敗したわ。腕、脚、胴体の順番で砕いてやればよかったわ。なんで無意識で頭、狙っちゃうんだろ?』
血まみれの金棒を眺めて、何故か口惜しそうな赤鬼の娘。
「ヴェルボーズ……! ちっきしょぅ、うぉおおお!」
ボラッザはもう半狂乱で湾曲刀を振り回した。赤鬼――ナマハゲに斬りつけるが、全て巨大な鉄の板のようなナタにより防がれてしまう。
『――以前の勇者チームハ強スギ……』
赤鬼は右腕を大きく振りかぶると、軽々と振り抜いた。ドウッ……と強い風が巻き起こった。
ブシュウウウ……とボラッザの首の無くなった身体から血が吹き出した。
「……ひ……ぃ」
バコッ、という音が男の生首が、木の幹に当たって跳ね返る音だと気づき、マリエルは失神しそうになった。
けれど赤鬼は、その手に持っていた巨大な刃物で、リィを傷つけた非道な男、ボラッザを成敗してくれたことになる。
少女マリエルは目の前で繰り広げられたあまりにも凄惨な、地獄の光景から目を逸らした。
悪い男たちの魔の手から、赤い悪魔たちは自分を救ってくれた事になる……のだろうか?
そんなはずはない。結局は胃袋に収まるにせよ、吐き気のする豚のような臭いの男に犯され殺されるよりは遥かにマシだろう。
けれど、今はただひとつ心残りがある。
――あぁ、神様……女神ペケレテゥープ。私はもうどうなっていい、だけど……リィだけは……助けて……。
なかば諦めの祈りの気持ちで、這うようになんとかリィに近付こうとする。
『あ、服これで我慢して。怪我ない? 酷い連中。アタイさ、あーいうの最っ悪に嫌いなの』
「え……? え……?」
マリエルは混乱する。赤鬼の少女がまるで普通の人間のように、いやまるで同じ年頃の少女のように話しかけてきたのだ。しかも、自分が身につけていた腰布を解き、手渡してくれたのだから。
恐る恐る虎柄の布を受け取ると、なんとかぎこちない礼を言い、あられもない上半身を隠すマリエル。
『……カレン。試スカ……』
もう一体の赤鬼の大男が、ゆっくりとしゃがみ込似ながら呼びかけた。
この赤い髪の少女は、カレンというらしい。
大男の目の前にはリィが横たわっている。先程まで動いていたリィは最早、動かない。顔色も青くなりかけている。
「……おねがい……その子だけは……」
『このままだと死んじゃうね。街まで運んでも間に合わない。アタイらもさ……知ってる方法、試してみるけど』
「方法……? 試すって……」
このカレンという少女は何を言っているのだろう?
『ナマハゲ・ゴロー、首桶に魂のストックってあといくつあるの?』
『……今、2柱増えて、5柱』
無口なのか、生えているキバのせいで口が動かしにくいのか。モゴモゴと短く応えるが明らかに人語だ。しかも大陸共通語。名前はナマハゲ・ゴローというらしい。
『融通が効くなら、これから先役立つし。試してみて』
『んだば』
そういうと、左にて持っていた木の桶からナハマゲ・ゴローは青白い光の玉を取り出した。綺麗な、光が渦巻いているような、とらえどころのない淡い光。
そのままゆっくりと、リィの切り裂かれた身体へと押し当てる。
光が柔らかく傷口に染み込むように流れてゆく。すべての青白い光が吸い込まれると不思議な事が起きた。
傷口がみるみる塞がり、閉じた。服は流石に破けたままだが。
「それ……は、魔法?」
『がんばれ……』
『来ィ』
ビクン……とリィの小さな身体が動いた。そして、
「……か、かはっ……! げほっ……げほ……」
「リィ!?」
「マリエル……?」
マリエルはそのままリィに抱きついた。確かに生きている。脈があり体温もある。
生き返ったのだ。
「よかった、よかった……わぁああん」
「な、な……なんだか今、全ッ然無事じゃない感じに思えるんだけど!?」
喜ぶマリエル。そして左右に居る赤い巨大な赤鬼をみて目を白黒させるリィ。
「大丈夫なんだよ、この人達ね……」
『……あのノート、解読通りじゃん?』
『ンダ』
赤い皮膚の二人は顔を見合わせると、納得したように頷いた。
◇
<つづく>




