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ダルヴァーザ城塞都市と自由冒険者たち



 ◇


 ダルヴァーザは、無限の闇の森――シュヴァルリンデア・ヴァドムに隣接する唯一の村だ。


 ヒューペルポリア王国の中で「最も危険でエキサイティングな村」と呼ばれ、各地を放浪する自由冒険者たちの間では、知らぬものは無いだろう。


 人々を脅かす魔物は、普段は王国(こちら)側に出てくることは稀だが、季節や太陽や月の満ち欠けによって溢れ出してくる。

 そうした脅威と直接対峙する最前線こそがダルヴァーザの村なのである。


 村と言うとのどかな農村をイメージするかもしれないが、高く強固な壁に囲まれた城塞都市である。建設にあたっては王国の支援により、なかば要塞として築かれたためだ。

 冒険者の組合(ギルド)に武器屋、防具屋。修理屋や宿屋にアイテム鑑定、買取専門店など、一つの都市としての機能を持っている。


 ダルヴァーザ城塞都市から見える景色は、東にレーン・アース平野が開け、そちらは人類の領域だ。しばらく進めば数多くの村や町がある。西側は鬱蒼とした黒い森。風に揺れるさまはそれ自体が巨大な生き物のようにさえ思えてくる不気味さを漂わせている。


 大陸の西半分を占める『無限の闇の森(シュヴァルリンデア・ヴァドム)』は闇の領域であり、人類の驚異、危険な魔物が生息する禁断の地だ。


 好き好んで足を踏み入れる者は居ないが、ここを拠点とする自由冒険者たちは別だ。


 彼らは森の中に無数に存在する超古代の遺跡から、稀有(レア)遺産(アイテム)を見つけ出しては売り、生計を立てる者たちだからだ。

 中には一部の闇ルートで高く売れる『黒魔晶石(ブラックオニキス)』を、倒した魔物の体内から取り出して、売り捌くものも居るという。


 兎にも角にも、数多くの自由冒険者たちは戦隊(パーティ)を組み、森へと挑んでゆく。


 そして――。


 ダルヴァーザ城塞都市から1キロほど森の中を進んだ、比較的安全(・・・・・)とされる地区。


「……今日は森が静かだな」

「あぁ、ついてねぇッス」


 中年のベテラン冒険者に、相棒らしい男性が、周囲を警戒しながら言った。無精髭に浅黒い肌。身なりは薄汚れた革の鎧に、片手持ちの湾曲した剣。左手には盾を持っている。

 相棒の方もやや背が低いが、大型のバスタード・ソードをこれ見よがしに肩に担いでいる。


「ずいぶん進んだようですけど、魔物……いませんね」

「もっと沢山出てくるのかと思ってたよ」


 後ろからは更に二人、少女と少年が続く。慣れない装備は真新しく、まだ駆け出しの自由冒険者風。今日、初めて森へと入ったと思われた。

 髪の色も瞳の色も違うので、姉弟では無さそうだが、戦災孤児として行き場を失い、ダルヴァーザの城塞都市に流れ着き、職を見つけるものも多い。その中の一部は、一攫千金と名声を夢見て、自由冒険者になる道を選ぶのだという。


「そりゃぁ、このあたりは、初級者向けさ。多くの自由冒険者が毎日通るんだ。魔物なんざほとんど狩り尽くされたからさ。なぁヴェルボーズ」

「あぁ、俺らの苦労もあったっスね。遠足気分で進めるッス」

「お前らの出る幕は無いと思うが、まぁ……見てろ」

「ボラッザの湾曲剣の腕前はすげぇッスよ」


「えぇ、はい……」

「うん」


 先輩冒険者の自信満々な様子に、苦笑しつつも頷くふたり。


 ――冒険者の組合(ギルド)に入るには、実績を積まなきゃダメだ。

 ――加入していない奴らが七割だが、俺らと二、三回森に入ればすぐ資格は取れる。

 ――中古の武器と防具なら貸してやるよ。


 随分と親切で気前のいい人たちだと思った。


「きゃ!?」

「ただの蛇だよ、マリエル」

「嫌いなのよ、蛇」

「それで冒険者になろうなんて……」

「うるさいわねリィは」


 それからどれくらい進んだだろう。

 

 木立に囲まれた鬱蒼とした森のなかで、先輩冒険者二人が歩みを止めた。


「……?」

「ボラッザさん?」


「今日は、ダメだな」

「んだっスね。連中の気配が無いッス」


 ベテランの言葉に、落胆の色を浮かべるマリエルとリィ。けれど、どこかホッとしたように視線を交わす。


「オレらは、魔物から『黒魔晶石(ブラックオニキス)』を取り出して売ってるんだがよ、手ぶらじゃ帰れねんだよ」

「でもよ。方法があるんッス」


「え……?」


 突然だった。ボラッザと呼ばれていた無精髭の男が湾曲刀を抜き払うと、少年冒険者のリィを斬りつけた。


「あ、あああっ!?」

「リィ!?」

 腕と脇腹を斬られ、悲鳴をあげて倒れ込むリィ。慌てて駆け寄ろうとするマリエルを、背の低い男が押さえつけた。そのまま背後から抱きしめて、ベロッと頬を舐める。


「おまえにはぁ……愉しませてもらうッス」


「いっ……いやぁああっ!?」

 腰に下げていた短剣を抜こうとするが、剣をすばやく取り上げられてしまった。


「魔物を呼ぶのに一番良いのは、人間の血肉さ」

「あ、あなたち……最初から……」


「ウヒヒ……魔物はいつくるかなー。このワクワク、ドキドキ感がたまらねぇっス」

 マリエルを草地に押し倒すと、下卑でニタついた笑みを浮かべながら身につけていた革の胸当てを剥ぎ取る。そして、ビリビリと胸元から服を引き裂く。


「バーカ。たっりめぇだろ。お前らみたいな素人、森に連れてゆくヤツがいるかよ? 冒険者になりたいとか、ナメたこと言ってんじゃねぇぞガキが。まぁ、魔物のエサならいつでも大歓迎だが……なっ!」


 ごっ! と倒れているリィを蹴飛ばすボラッザ。

「リィッ……!」

 悲痛な叫びを上げ手を伸ばすマリエル。


「ウヒヒ、良い表情(カオ)ッスね。生きている間に、たっぷり楽しめるといいッスねぇええ」

「ったく、早く済ませろよ。そいつもエサにするんだからよ」

「やっ、やだ、やめてぇええっ!」


 悲鳴が深い森のなかで虚しく木霊した。


<つづく>


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