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太陽の女神と、闇霧の神


 ◆


 大陸の東半分を統べる王国、ヒューペルポリア。


 賢王と(たた)えられるデュゼルリヒア・ヒューぺリア国王による「法と正義」の統治が始まって、数十年の歳月が流れていた。


 ここに至る長き歴史を紐解けば、度重なる戦乱と苦難は幾度となくあった。領土を巡る国と国との争いに、人々は艱難辛苦(かんなんしんく)を強いられてきた。だが、それらに比べれば比較的穏やかで、安定した時代と言えるだろう。


 だが、人々を脅かす脅威は存在し続けている。


 大陸の西側に広がる無限の闇の森――シュヴァルリンデア・ヴァドムの奥深くから、魔獣や魔物、そして『闇の眷属』が、夜陰に乗じ湧き出してくるのだ。

 魔物が増えれば、人々の生活を脅かす事になる。人を狂わせる『闇の眷属』の無秩序な発生は、社会に混乱をもたらす。

 

 しかし、法と秩序の王国は、闇の力に対抗する力も有している。

 闇を切り裂く光、希望。それが、太陽の女神ペケレテゥープによる「加護」であった。


 法と正義の御旗を掲げ、光り輝く金色の馬を駆る、武に秀でた女神。ヒューペルポリア神話では、常に『闇霧の神、グ=ネテゥープ』と対立し、対極に位置する存在と云われている。


 世界を暗色(・・)の霧で染めることで、人々に「完全なる平等」と「絶対の安寧」を約束する闇霧の神、グ=ネテゥープ。死と、無を司る暗黒神。


 無垢な魂への浄化、永遠の命たる永劫の約束。そして数多の魔法使いが欲してやまないという、「無知なる全知」を帰依するものに与えるという。


 暗黒神の素顔は、闇の霧に隠されて見ることは出来ない。

 しかし、禁書である闇の経典によれば、「世界の全ての知恵を書き記した書物」を抱えた物静かな老人の姿とも、美しい少年のようだとも語り継がれている。

 また、闇霧(・・)の後に続く『グ=ネテゥープ』というのは神の名ではないという。


 闇霧の神に帰依する信徒――王国内では邪教徒扱いではあるが――が秘密にする経典を紐解くと、全ての生命の根源、不定形にして混沌、原初の生命、『グ=ネテゥープ』がその由来なのだという。


 太古、深き闇の底でまどろみ、一つだった原初の生命『グ=ネテゥープ』は、女神の慈悲(・・)と光により目覚めた。やがて分裂を繰り返しながら数多の生命へと分岐し、進化したのだという。

 気が遠くなるような時間を経て、動物や魔物が生まれ、やがて人間がこの地に生まれた。


 それは歓喜であり、苦痛でもあった。


 いつしか、無垢なる混沌の闇へ、『グ=ネテゥープ』へ回帰したいと願う者が現れた。


「――隔てられた苦痛から逃れるため、生命(われわれ)は死を知った」


 朗々と、経典を読み上げる声が響く。


 何処かの地下の回廊だろうか。赤い魔法の光が、黒く長いローブと、フードを被った者たちを照らしている。


「死は回帰なり。闇の懐に、混沌に、原初の『グ=ネテゥープ』に至る至福の道なり――」


 男の声が響く。その声は狂気と熱を孕んでいる。


「闇霧の神への帰依により、私は最強の魔法を得た。すべては……世界を絶対的な安寧たる、闇に導くために……!」


 光と闇は決して切り離せない。


 光あれば、また闇がある。


 闇があってこその、光であるように。


 戦乱の時代があってこそ、平和と呼べる時代もあるのだ。


「あぁ……すばらしい」


 数多くの信徒たちの中に在って、一段高い祭壇に立つ男が、フードを取り払った。


 整った怜悧な顔立ちの、若い男。

 それは、魔法騎士リーデンハイアットだった。


 傍らには、平服を身にまとった女騎士、エリザベートの姿があった。


『……』


 表情は虚ろで瞳に光はない。肌はまるで死人のように白い。赤い不気味な照明がその異様さを際立たせる。

 胸から首にかけて青黒く浮き出たクモの巣状の血管が、ヒルのように蠢いている。


「御覧なさい。これが……光と闇でさえ溶け合える証! 死をも超えた生! 我らに与えられし約束された永遠の生! 魔改造人間(カスタマズム)、エリザベートォオ!』


 リーデンハイアットが叫ぶと、おぉ……! と信徒たちがざわついた。


『きゃうん! きゅんきゅん……!』

 傍らには四足の犬の体に、人間の顔をくっつけた下僕もいる。


「このエリザベートには今までどおり、王国の秩序(・・)を守る職務についてもらいます。人々を苦しめる魔物を退治しながら、静かに……時を待つのです」


 黒いフードを被った信徒たちが、リーデンハイアットの言葉に耳を傾ける。


「『闇の眷属』のタネを蒔くのです。それと……」


 魔法騎士リーデンハイアットが険しい表情に変わり、エリザベートの肩を強く掴む。そして顔を近づけて、耳元で狂気を滲ませて、言う。


「二本角の怪物を……始末するのです。あれは我々の計画には邪魔な存在だ……。(われわれ)にも、何者にも属さない……! 我らの理想の実現を邪魔する……破壊者なのですから」


 ◆


<つづく>


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