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激情と鬼と、そして反逆の騎士

 暗闇を切り裂いたのは、矢のような光だった。


 青白くまばゆい一条の光が火煉(カレン)を捉えた。


「にゃっ!?」


 避けられなかった。不意打ちの攻撃に対して反応できなかったのは、『闇の眷属』を粉砕したばかりで体力を消耗していたからだ。


 光の奔流に包み込まれた火煉(カレン)は、瞬間的に激烈な「熱さ」と「激痛」を感じ、右手に持っていた金棒(・・)を盾のように構えた。


 狙いすましたかのように光が収斂(しゅうれん)し、細いレーザー光線のように変わる。キィイイイ……! という甲高い衝撃音と共に、金棒から激しい火花が散った。


「うっぐ……ぅう!?」


 金棒の表面がみるみる赤熱し、表面で溶けた鉄が細かな火線を四方に散らす。ジュウ……と支える両手が焼ける。盾のようにして防御するのが精一杯だ。


 ――こ、これが……魔法攻撃ってやつなの!?


 狙いは正確で、しかも単なる光を浴びせられているわけではない。まるで放水を浴びているかのように質量を伴った、すさまじい圧力を感じる。支えている両腕がビリビリと痺れ、金棒には熱が蓄積し続けている。一部が赤熱し、じわじわと赤い部分が広がり始めている。


「熱ッちち……ちきしょう……この……!」


 全身が圧力に押され、足元の砕けた地面がズズッと滑る。だが、動けない。左右に避けようにも、下手に動けば身体への直撃は避けられないからだ。


 その時、射出地点が光で照らされ魔法を放っている相手が()えた。


 魔法騎士(・・・・)リーデンハイアット。


 十数メートル離れた路地の影から、火煉(カレン)を狙撃しているのは、あの魔法を使う騎士だった。あの時、「共闘を……!」と言った女騎士の仲間の一人に違いない。


 それに騎士たちの会話では「大掛かりな魔法を仕込み『闇の眷属』にブチ込む」という算段だったはずだ。


 火煉(カレン)もそう判断し、完全に油断していた。


 この姿()――ナマハゲという人外の鬼の姿では、たとえ『闇の眷属』を倒してみせたところで、街の中に出現した「危険な化物」という認識に変わりはないのだろう。


 魔法騎士にとっては励起し終えた強力な魔法の矛先を向ける相手が、おぞましい三首(みつくび)の『闇の眷属』から、火煉(カレン)に変わっただけなのだ。


「良い、良いですよリーデンハイアット! もうひと押しですネー!」


 横では騎士イグニールが青白い道化のような顔に喜悦を浮かべている。


「あんの野郎……ッ!」


 ギリッ奥歯を噛みしめて睨みつけると、火煉(カレン)は文字通り「鬼の形相」に変わった。


 ――殺してやるッ!


 焼けるような痛みが瞬時に理不尽な仕打ちに対する怒りに置き換わり、脳内に膨大な興奮物質(アドレナリン)を放出させる。それは火傷の激痛を麻痺させ、認識と反応速度を急激に加速させ、時間の流れを引き伸ばした。


「うらあっ!」

 ナマハゲ・火煉(カレン)はちらっと足下を見て、そして思い切り地面を蹴り上げた。


 先程の必殺技の一撃で砕けた石畳の破片を空中に、大量に撒き上げるとで、射線(・・)遮蔽(しゃへい)。熱量を伴った光の攻撃を減衰(・・)させる。


「なにッ!?」


 爆煙の向こうで魔法の狙撃手が、顔を歪めるのが視えた。それはすぐに巻き上げた土埃にかき消される。


 金棒を焼いていた光が遮られ、熱と光の魔法が、土に含まれる水分に反応。急激に膨張することで水蒸気爆発を引き起こした。

 弾けた衝撃が周囲に伝播し、盾を構えていた兵士たちが悲鳴をあげる。

「ぎゃっ!?」

「うわぁああ!?」


 ――今だ。


 火煉(カレン)は地面を蹴り、爆発の煙の中を突き破り、真正面から突撃する。


指向性光熱魔法(ディレクトフレア)の特性を理解し、妨害したというのか!?」


 爆発により舞い上がった煙の向こうで、魔法騎士が驚嘆する。

 

 火煉(カレン)は既に、その魔法騎士リーデンハイアットの僅か数メートルにまで接近していた。

 弾丸のような速さで、身体が動く。


 金棒を思い切り真後ろに引き絞り、イケメン魔法騎士の顔面を容赦なくフルスイングで叩き割ろうとした、その瞬間。


「いけない――カレン殿ッ!」


「なっ……!?」


 鋭い叫びと共に一陣の白い風が、火煉(カレン)が向かう魔法騎士との間に踊りこんできた。それは、女騎士エリザベートだった。


 両腕を広げ、遮ろうとする。


 既に振り抜いた金棒の質量を止められなかった。鈍い衝撃とともに女騎士の身体を真横から殴打してしまう。


「うっ……ぐぁ!」

「あっ!?」


 ぐらり、と体勢を崩すが、足を踏ん張り踏みとどまる。火煉(カレン)は女騎士に受け止められるような格好で動きを止めざるを得なかった。


「痛ッ……!」

「ちょっ……、そんな……!」

 左側の鎧がひしゃげ、咄嗟にガードした左腕からは、つぅ……と血が流れた。


「エ、エリザベート様!? おのれ……よくもぉおお! 小娘の化物がぁああっ! そこへなおれキェエエッ!」


 カマキリ顔の騎士イグニールが金切り声を上げて剣を構えた。何処か小馬鹿にしたような言動が目についてはいたが、女騎士に対する一応の仲間意識はあるようだ。


「大丈夫だイグニール。そして……カレン殿も。ここは私に免じて双方引いてはくれまいか? 私の部下の……非礼は詫びる」


「女騎士……さん?」


 ようやくそこで、火煉(カレン)は我に返った。

 攻撃されたとは言え魔法騎士を、しかも生身の人間(・・)を撲殺しかけた自分の行為は、はたして正常な思考だったのだろうか。


 鬼、そのものだった。理性の歯止めが消えた、激情の鬼。


 手が震えた。


 両手の痛みが戻ってきた。焼けただれた両手からは煙が立ち上っていた。


 一瞬我を忘れ、完全に鬼と化してしまっていたことに愕然とする。


「あ……そんな、アタイ……そんなつもりじゃ……」


 ゆっくりと、戸惑いながら、女騎士が火煉(カレン)の肩に触れた。手袋越しに、確かに優しいぬくもりが伝わってきた。

 近くで見るととても綺麗な女性だとわかる。青い瞳に整った鼻梁。髪もまとめてはいるが下ろせばかなり長く綺麗なものだろう。


 そうだ、この人は共闘を……と言ったのだ。


 火煉(カレン)は落ち着きを取り戻した。


「不手際があったようだ。私の部下、魔法騎士リーデンハイアットは、優秀な男だ。魔法は一度励起すると……その力を放出するまで歯止めが利かぬ」


 女騎士エリザベートは諭すように弁解するが、火煉(カレン)はそこで違和感を感じた。

 撃ち損ねた魔法を放出するだけなら、空にでも向けて撃てばいいだけの話。


 あの一撃は明らかに火煉(カレン)を狙っていた。しかも、明確な殺意を持って。


「き、危険ですエリザベート様ぁ! その小娘、どうみても化物ですってば……!」


 横では腰の引けた剣を構えたままの道化騎士イグニールが叫ぶ。


「大丈夫だ、イグニール。この娘は言葉も通じれば、知性もある」

「……言葉はわかるよ」


 背後から、静かに魔法騎士が忍び寄っていた。


「エリザベート様」


「リーデンハイアット、お前も矛を収めて欲しい」


 美しい女騎士が振り返り、語りかける。


 火煉(カレン)は、足元に忍び寄る冷気を感じた。


 ――!?


 魔法を使う騎士の静かな表情、整った優男風の顔が「仮面」であることに気がついた。

 その瞳には深く、底知れない闇が渦巻いていた。


 それは、あの『闇の眷属』と化した三人の信徒が身につけていた結晶と同じものだった。


 ――黒魔晶石(ブラックオニキス)の気配……!


「エリザベートさん! その男ッ……!」

「え?」


 カレンが体を入れ替えて、今度はエリザベートをかばった。

 リーデンハイアットが杖の代わりに、短剣(ショートソード)を抜き躊躇いなく突き出した。


「ぐっ……あ!?」

「カレン殿! ……ごふッ……!?」


 銀閃が火煉(カレン)のむき出しの腹を刺し貫き、そのまま背後のエリザベートにも刺さった。


 刃がまるで見えなかったのは、魔法の剣だったからかと気がついた。柄に刻まれた異形の文字が輝いている。しかも鎧すら貫くということは、何か特別な魔法が仕込まれた剣なのだろう。冷たい剣の感触が火煉(カレン)腹を刺し貫き、背後のエリザベートにまで達していた。


「ち、ちきしょ……う!」

「カレン殿ッ……うぐあ!?」


「エリザベート様、討伐(・・)の命に背くことは許されませんよ?」

 魔法騎士が表情を崩さず、そのまま容赦なく剣を更に深く刺し、そして抜き払った。血がビシャァッと噴き出す。


「ぐぁ、ああああっ……!」

 火煉(カレン)が悲鳴をあげて腹を押さえ、その場に崩れ落ちた。


「な……何故だ、……貴……様!」

 エリザベートも同じく腹を押さえよろめく。魔法騎士を信じられない、という表情で見やるが、視線が定まらない。血が止めどもなく溢れ、石畳にボタボタと降り注ぎ石畳に血だまりを作っている。 周囲の兵士にも一気に動揺が広がる。


「あなたは、この魔物と通じていた。つまり謀反(むほん)ですよ。騎士道に反するでしょう?」


「あっあっ!? エリザベート様ぁああ!? あ、あっ、アンタ……何して……!」

 道化の騎士イグニールが慌てて駆け寄るが、エリザベートは火煉(カレン)と重なるように倒れ込んだ。


「見ての通り魔物を成敗した。それと謀反した女騎士を処断したまで」


 魔法騎士リーデンハイアットは道化の騎士や動揺する周囲の兵士たちに向けて、平然と、冷たい声で言い放った。


<つづく>


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