炸裂、爆殺輪炎舞
ナマハゲ火煉の真下で『人食い花』が花弁を開いた。
『イッツァ……メィンディイッシュ!』
眼下で待ち構えているのは、バックリと口を開けた『闇の眷属』の最終形態だ。口から喉元、首にかけて真っ赤な切れ目が十字に入り、裂けて花弁のようになっている。人間だった名残を残すのは、頭部の上半分だけだ。
「キメェ!?」
落下軌道を変えようにも、対空兵器として放たれた怪物の腕が火煉の足を掴んで離さない。これでは落下する瞬間に、顔を蹴飛ばして避けることも難しい。
落下する火煉に残された時間は、僅か。
――どうすればいい!?
このままでは、地獄の人食い花のような怪物に飲み込まれ、噛み砕かれる。逃げることも叶わない落下の刹那。
小五郎ちゃんならこんな時――。
咄嗟に思い浮かんだのは幼馴染の小五郎の顔だった。異世界で、こんなふうに姿形は変わっても、心は今も秋田の男鹿半島にある。
二人で遊んだ遠い日の記憶が走馬灯のように蘇る。記憶の中で怪物の口と、幼い頃に遭遇した恐ろしい犬の姿が重なった。
ガウガウ! と隣家の犬はよく佳代に吠えた。小五郎は「平気だべ」といいながら佳代をかばう。
そんなある日、大切にしていた熊のぬいぐるみを犬に奪われてしまった。鎖が緩み逃げ出していたのだ。咬まれなかったのは幸いだったが、ぬいぐるみを犬は咥えたまま離そうとしない。取り返そうと引っ張ると、ガルル……! と威嚇され手に負えない。
『返してー!』
そこへ悲鳴を聞きつけた小五郎がすっとんできた。
『だめだべ佳代! 無理に引っ張っても、わがね』
引っ張れば犬はますます強く咬み、食い千切ろうとする。それが本能なのだ。
『こったな時は、あげてもいいって』
『コゴローちゃん?』
小五郎は佳代の手を、ぬいぐるみから離した。パッと離すと、犬は後ろにぬいぐるみを咥えまたま下がり、ブルブルと首を振る。反応がないことに飽きたのか、すぐにぬいぐるみを口から離した。
『ほらな』
『すごい!』
すばやく地面に落ちたぬいぐるみを拾う小五郎。この頃から背が大きく、まるで実の兄のように頼りがいがあった。
『無理に逆らわない。流れにまかせていい時もあるべ』
――流れに、任せる……。
「そうか!」
地獄の弁花が目の前に迫っていた。下で戦う騎士たちの叫び声が聞こえた。
「はぁああっ!」
「どぉりゃああ!」
美しい女騎士と、勇猛な騎士が左右からガラ空きとなった怪物の胴体をランスとレイピアで貫いた。どす黒い液体が噴き出す。だが、ものともせず巨大な腕を振り回し騎士たちを薙ぎ払う。
落馬していた女騎士エリザベートが逃げ遅れ、巨大な腕で吹き飛ばされる。
「エリザベート殿!」
「だ、大丈夫だビルデリア公。しかし……心臓を貫いたのに……!」
「こいつは『闇の眷属』の融合最終形態だ、首から上を破壊するしかないんだ!」
騎士たちの間合いでは、身体を突き刺すのが精一杯。怪物の弱点である頭を直接狙えるのは、今や佳代――ナマハゲ火煉だけ。
――やるしかないっ!
「うっらぁっ!」
火煉は落下する流れに逆らわず、身体を回転させた。バットのように金棒を振り、自分の足をつかむ汚らしい腕さえも振り子代わりに。反動をつけて、回転する。空中で回り、速度を増す。
落下軌道は変えず、そのまま落下エネルギーに回転を加え狙うのは、頭部。
「ぬぅりゃぁあああっ!」
ぐるるる……ドギュルルルル……! とナマハゲのパワーが回転力へと転嫁された。赤い肌の少女が、赤い髪を振り乱し、空中で回転する。
火煉は超高速回転する赤いコマと化した。そして、音速を超えた金棒の先端が、空気との摩擦で発火――!
「金棒に炎が……ッ!?」
殴り砕いた人体に含まれる脂が燃えだしたのだ。金棒全体が赤熱し赤い炎の螺旋を描く。それはまるで、空中を切り裂く炎のドリルだ。
重力に身を任せ、金棒の重量と、炎の熱量と。
すべてを加えた一撃を叩き込む。
『――ヌゥァアア”ァ”ニィイイイイッ!?』
最後に残った頭部が驚愕の叫びを発する。
騎士たちも、盾で壁を築いた兵士たちも、その光景に目を奪われた。
「ぶっ飛べりゃぁあああッ!」
赤々とした炎を纏いし子鬼の少女が空中から落下。暗い路地を照らしだす真っ赤な光の渦に『闇の眷属』が飲み込まれてゆく。
――爆殺輪炎舞!
『ギッギャァアアアアアア!』
超回転する炎の金棒が怪物の頭を瞬時に破砕。大爆発が巻き起こった。爆炎とともに粉微塵に砕け散り、破片も残さず燃え上がった。
「うぉおおおお!?」
「防御……防御ぉおお!」
「騎士様たちも盾の背後へ!」
凄まじい爆発の衝撃が、辺り一面を包みこんだ。
路地の建物のガラスが全て砕け、ズゴォウウウム……! と落雷のような地鳴りが街を揺らす。
キノコのような赤黒い雲が闇夜に吸い込まれてゆく。火の粉がチリチリと舞い散りながら、辺りに再び闇と静けさが戻る。
盾を構え防御していた兵士たちが、ようやく顔を上げた。
「終わった……のか?」
「おぉ、見ろ!」
パラ……パラと建物の壁や、石畳の一部がいまだ落下し視界が煙で遮られる中、騎士や兵士が目にしたもの。
それは、赤い炎を瞳に宿した、赤い髪の少女の姿だった。
赤熱している金棒をユラリと構えた、火煉が頬をぬぐう。
「……きたない花火」
吐き捨てるように小さく呟くと、あたりを見回し『闇の眷属』を完全に撃破したことを確かめる。
もはや『闇の眷属』は跡形もない。
と、その時。
路地の暗がりから人影が躍り出たかと思うと、青白い稲妻のような光を、火煉目掛けて放った。
「!?」
<つづく>