最終形態 VS 火煉(カレン)と騎士
「アタイは――ナマハゲ・火煉……!」
可憐な赤鬼の娘、火焔の煉獄を連想させる韻を踏んでいるのも良い。
咄嗟に名乗ったにしては上出来かもしれない。
――っていうか私いま、自分のこと「アタイ」って言った!?
どうやら佳代の分身、鬼っ娘の身体には、行動や言葉遣いがある程度、事前設定されているらしかった。
「カレン殿! 今は正体は問うまい。我らとの共闘を望む……というのであれば、だが」
女騎士エリザベートが、美しい装飾が施されたレイピアを眼前に掲げ、毅然とした声を張り上げて問いかけた。
返答次第では即、敵になるという通告でもある。
佳代――ナマハゲ・火煉は、静かにコクリと頷くと、手に持っていた金棒をひゅんっと振り抜いて、怪物の薄汚い脳漿を振り払った。
「アタイは、この臭ぇバケモンを……ブッとばせりゃいい、それだけさ!」
言葉遣いも板につてきた。
ビキニアーマーを身に着けた鬼っ娘、火煉の肉体は、まるで竹竿でも振るかのような気軽さで金棒を操れる。
「よかろう! だが、麗しい淑女たちの語らいはそこまでのようだ」
馬を御しながら怪物の動向を見ていたもう一人の騎士、ビルデリアが共闘を認めると、ランスを構えた。
二つ目の頭を粉砕され、地面に倒れ込んでいた怪物が動き出した。六本の腕で同時に石畳を叩きつけると、その勢いで立ち上がった。
「ぬっ!?」
「こいつ……!?」
『アッ……アァアアアあ!? なんテ、なんて事ォオオオオ!?』
ビシィ! と六本の腕を、まるで祈るかのように天へと差し向ける。
人間の肉体を3つ融合した怪物――『闇の眷属』は、皮肉にも頭部が一つになったことで、動きが明らかに変わっていた。三つの意思がバラバラで肉体を好き勝手に動かしていた印象とは一転、統率の取れた一個体として、機能し始めたようにみえる。
メリッメキョッ……という嫌な音を発しながら、一つの頭部を支える首の部分を包み込むように、肩甲骨がまるで山のように肥大化し、せり上がった。
まるで首や頭部を覆う肉の生体装甲だ。
――形態を変えた? これじゃ叩き砕けない!
『アァア……ッ! 超ギモヂィイイイッ! 私はァアッ、今ァア! 闇霧ノ神ィ! グ=ネテゥープノォオオオオッ! 偉大なる加護を、一身に受けて……最ッ高ォオオノ、寵愛をォオオッ!』
絶叫が路地に響き渡った。単なる絶叫ではない。邪悪な波動を発散し、人間の生気を削ぎ落とすような、嫌な衝撃波だ。
「ううっ!?」
「く……!?」
兵士たちが苦痛に顔を歪める。
怪物の暗い眼窩に、真っ赤な稲妻のような光がスパークする。
頭部を砕かれた二人分の肉体がメリメリと移動し、左右に巨大なアームを繋げたような形態へと変化する。
「最終形態ですか……!」
「これは不味いデスよお嬢様ァ、お下がりくださいなぁ!」
後方支援に回っていた魔法騎士リーデンハイアットがさっきよりも大きな炎の魔法を励起しつつあった。
その横ではカマキリ顔の騎士、イグニールが道化じみたどこか小馬鹿にしたような口調で叫ぶ。
だが、前衛を務める二人の騎士の戦闘意志は揺るがない。
「怯むなよエリザベート殿、まずは、あの腕を破壊する」
「わかった、ビルデリア公!」
『神罰ゥウウウ……!』
ゆっくりと巨大な人間一人分の腕を振りあげると、パワーショベルのような勢いで二人の騎士目掛けて振り下ろした。
「はっ!」
「とうっ!」
だが、騎士たちは動きを読み、馬を巧みに操ると左右に回避する。腕が硬化しているのか、地面が石畳ごと吹き飛んだ。
騎士二人がそのまま左右から同時攻撃。騎士ビルデリアが馬上からランスを突き刺し、女騎士エリザベートが素早い腕の振りでレイピアで斬りつけた。
腕を構成していた元人間の体から、手足だったモノが飛び散った。
ダメージはあるが、浅い。
怪物は騎士たちの攻撃をさして気にもとめず、首を回し火煉へと狙いを定めた。
『キミニィイイ、神罰ゥィイイイイッ!』
「うぇっ!? こっち見んな!」
今度はもう片方の巨大な腕を真横に振り回し、火煉を襲う。ゴゥウウウ! と凄まじい勢いで、丸太のような腕が迫ってくる。
だが、攻撃の動作は単純だ。、火煉はステップを踏むと軽い身のこなしで上空へと跳ねて避ける。
眼下を巨大な黒い腕が通過し、建物の壁をバキバキバキと砕いた。
「ちょ……ッ!? なんだかヤバくなってない!?」
火煉は空中で体を半回転、壁を蹴って更に上へと飛翔する。
――真上からの一撃で、倒す!
最後に残った頭部は、盛り上がった肉の生体装甲に覆われている。だが、むき出しの頭頂部を真上から狙えば……!
「カレン殿、危ない!」
その時だった。女騎士エリザベートが、真下で叫んだ。
ハッとした、その時。
腹部に衝撃が走った。まるで殴られたかのような――否、何かが真下から衝突したような。えぐりこむような殴打の感覚に息が詰まる。
「ぐはっ……!?」
見ると、腹に「腕」が一本、めり込んでいた。
赤黒く汚れた腕の断面からは、汚い体液が噴出している。その飛跡が、空中に赤黒い紐のように残っていた。
――腕を……発射した……!?
怪物の身体を構成する六本の腕のうちの一本。それを自ら切断し、対空兵器として放ったのだ。
ぐらり、と空中で姿勢を崩す。
『アァハァアア!? 邪悪なる信徒! 人外の小娘ガァアアッ! 地獄に堕ちナ、サイアアアッ!』
ニパカァアアア! と怪物の頭部で、口が裂けた。それは人食い花のように広がると、落下し始めた火煉を待ち構えた。
「や……ば!」
<つづく>