その名は、ナマハゲ・火煉(カレン)
「屋根の上に判定不能個体が一体、隠れ潜んでいます。人間の反応ではありませんね。かといって『闇の眷属』とも違うようです」
馬に乗った魔法騎士、リーデンハイアットは落ち着いた声でそう言うと、杖で屋根の上を指し示した。
他の騎士たちと違い、ヘルムを被っていない。髪は青くオールバックで、細面のインテリ風。
他の騎士たちの視線が一斉に建物の屋根の上に向けられる。
「……やっば!?」
佳代は金棒を抱きしめたまま、屋根の上でしゃがみこんだ。
「そこに隠れているのはわかっている。出てこなければ『火炎弩砲』を叩き込みます」
リーデンハイアットが魔法の杖を振り、赤い魔法円を空中に描いた。すると1秒ほどの時間で空間から滲み出るようにオレンジ色の光が溢れ出し、円盤状の炎へと姿を変えた。
「あれ、魔法ってやつ?」
凄い、ゲームでみたやつだわ。
佳代は驚きのあまり屋根から顔を出してしまった。どうやらこの世界では、魔法の類が当たり前に使われているようだ。
というか既に見つかってしまったらしい。屋根の角度から考えても、下から佳代の頭も見えていることだろう。
――隠れてもしゃーないか。
佳代は意を決し立ち上がると、金棒を肩に担いだ。
夜風に長い髪が揺れる。
「お、おぉ!?」
「はっ、裸ぁ……?」
「赤い髪の……少女!?」
盾を構えた兵士たちが、唖然として見上げている。夜空を背景に、魔法の灯りで照らされた肉付きの良い少女の肢体が浮かびあがった。
血の通った赤っぽい皮膚、爛々とした金色の瞳。胸や腰に巻いたトラ柄のビキニ。そして長く美しい髪。
「ま、惑わされるな、あれも魔物の類だ!」
「うるさい、失礼な!」
「ぬ!? 貴様も反抗的な小娘ェ……!」
カマキリ顔の騎士がギリリと佳代を睨みつけた。確か女騎士にイグニールと呼ばれていた感じの悪い男だ。
「喋った……!」
「人間ではないか?」
大勢の兵士たちは驚き、『闇の眷属』そっちのけで佳代を見上げている。すべての視線が佳代に集まった。
「あやつ、人語を喋ったぞ」
リーダー格で大柄な身体が印象的な騎士、ビルデリアが馬を御しながら「ほぅ?」とながりに口角を持ち上げた。
「額に角……? それに、あの肌の色。まるであの時の」
ただ一人、女騎士エリザベートだけが僅かに違う反応を示した。何か思い出したかのように視線を鋭くし、屋根の上の佳代を見上げている。
「どうしたエリザベート」
「いえ、先日、近隣の村で『闇の眷属』と接敵した際、似たような存在と遭遇したものですから」
「例の報告にあったヤツか。あの小娘に似ているのか……? それは興味深いな」
と、その時。
『今夜のォオン宴のォオオッ!』
『主役は俺ラァアアッ! ブッ殺ァアアァー!』
二個の首をにゅーんと伸ばし絶叫すると、怪物が暴れだした。メチャクチャな動きで、聖盾兵に突進し激突する。だが、兵士たちも身を低くして衝撃を受け止める。
「――ぐっ、耐えろ!」
「我らの誇りにかけて……っ!」
盾を何本もの腕で殴りつけるが、防御に特化した兵科である彼らは怯むことがなかった。『闇の眷属』を盾で防ぎ、路地の中へと釘付けにする。
「話は後です。優先すべきは脅威の排除かと」
魔法騎士リーデンハイアットが、空中に励起していた円盤状の光を怪物に向けて放った。
魔法の杖で誘導するような動きに合わせ、オレンジ色の円盤が回転を速めると、矢のような速度で空中を飛翔。それは二つ首の怪物の体へ吸い込まれるように命中した。
『ぐッあぶあぁ!?』
『熱ッぁうあああああ!?』
爆発で怪物が後方へと吹き飛ばされる。数本の脚でかろうじて倒れることを免れたが、『闇の眷属』の胸の位置からブシュアァアア……と青紫の蒸気が噴き上がった。
「活性化した黒魔晶石を視認! 背中、心臓の裏側です!」
魔法騎士が叫ぶ。次の魔法を装填し始めているが時間が必要に思えた。
「近接戦闘を仕掛ける、後れを取るな!」
「はっ!」
騎士ビルデリアがランスを構え突進する。それにエリザベートも続く。
――黒魔晶石。
「あの怪物を生み出した元凶……?」
佳代はその禍々しい青黒い輝きを放っている結晶を目の当たりにした。
三つの身体の中央――背中合わせになった身体が融解し、黒い結晶が背骨から浸潤して溶け込むように複雑に一体化している。
メキョ、メキョッ……と、生木が折れるような音を発しながら「それ」は成長し、3つの身体を背中から蝕んでいる。
青黒く輝く結晶を目にした途端、佳代はとてつもなく嫌な『臭い』も同時に感じ取った。
「うっ……!?」
感覚でそれを異物、排除すべきものだと直感する。
――あれを壊したい……! いえ、壊さなきゃダメ。
佳代は屋根の上から戦況を見つめながら金棒を握りしめていた。
だけど、この場に何か……もう一つの嫌な感覚がある事に気がついた。それはまだ静かで小さい。けれど……近くにいる。
「嫌なニオイが……他にも?」
目を凝らすが『闇の眷属』のような怪物は見当たらない。全部で十数人の兵士と4、5名の騎士たちだけだ。
似たような『臭い』の発生源は小さく、息を潜めているかのようだ。
路地の闇に潜んでいるのか、あるいは騎士や兵士たちの背後に隠れているのか――。
だが、今は『闇の眷属』が放つ強い臭気にかき消されてもう一つの発生源まではわからなかった。
「あ、あぁっ! くそっ!」
居てもたってもいられなかった。金棒を握りしめると佳代は、屋根から飛び降りた。
本能に突き動かされるまま、『闇の眷属』の頭部目掛けて金棒を振り下ろす。
『グブァッ!?』
騎士が突進するよりも早く、頭部の一つを佳代は破裂させた。
バァン! と派手な音とともに頭蓋骨が砕け、赤黒い内容物が地面へと飛び散った。
「ぬぅおぉお!?」
「きゃ、あ!?」
同時に仕掛けようとしていた二騎の騎士達が手綱を引いた。馬が嘶き、蹄の音を乱す。
このまま自分も退治されてはマズいと、佳代は名乗ろうと可愛くポーズをキメた。
「アタイは――! ナ、ナマハゲ……ッ!? あれ!?」
何故か勝手に「ナマハゲ」と口が動き慌てて口を押さえる。自動的に「ナマハゲ」を名乗っていた。
――これも「呪い」なの!?
何か別の名前を……そうだ。
「アタイは鮮血の天使! チャーミーエンジェ……ナマハゲッ! あうっ!? くそ、ナマハゲ、カ、可憐な……ッ!」
佳代は必死に名を叫んだ。何がどうあっても「ナマハゲ」を付けなければならないらしい。だが、その後に何か付け加えるのは良さそうだ。
「ナマハゲ・火煉ッ!」
咄嗟に叫んだのは――ナマハゲ・カレン。
可憐なカレン、ではなく火煉。
赤鬼としての赤い皮膚、燃えるような赤い髪。ならばそこから連想するのは炎。
燃えるような火の煉獄。もじって『火煉』、悪くない。
「ナマハゲ・カレン……!」
馬をなだめた女騎士エリザベートは、その名を繰り返した。
<つづく>