命を落とす価値
キキキィィーーーーー!!!
大型トラックの急ブレーキ音が目の前で聞こえるのを最後に、おれは意識がなくなった。
その日、俺―――大邑 幸久は死ぬことになる。
トラックにひかれそうになっていた猫を助けようとして飛び出し、足がもつれてそのまま、といった形で。
昔友人に「お前はそのお人好しでドジな性格でいつか身を滅ぼす」と言われてはいたが……このことを知ったらなんていうだろうか。やはり笑うだろうか。
まぁそんな訳で、おれはこの世界とオサラバするに至る。即死だったのか、何の痛みもなく意識がなくなったのは悲しいが良かったといえるのか……。
―――おい。
―――おい、目を覚ませ。
―――大邑 幸久。目を覚ますのだ。
ブラックアウトしていた意識が次第に戻ってくる。
眠りから覚めるというよりは、どこかに意識を飛ばされたような、逆に引き戻されるような感覚……と言う方が良いのか、まぁなんとも変な感覚だった。
だがおかしいのはそれだけじゃない。目は覚めているはずだ。意識もはっきりしている。
それなのになぜか目の前は真っ暗……夜とか暗闇とかって問題じゃない。そもそもに感覚がないのだ。目を開けた感覚も、手や体が動くような感覚もない。
一体何なんだ。
それにさっきの声。
聞いたこともない声だった。
それに聞こえた、というよりは『頭の中に響いた』ような感じだった。
本当に何なんだ。自分の身に何が起きているのかさっぱりわからない。
これは……夢か?
―――夢ではないし幻でも幻想でもない。
また聞こえた。
どこから?というか誰なんだ、いい加減答えてほしい。
―――ここは世界の狭間と呼ばれる場所。世界が繋がり、魂が廻る場所。
―――お前はさっき死んだよ。本当に済まないと思う。まさか私が見える人間がいるとは思わなかったんだ。
一体何のことを言っているのだろう。
さっき?死んだ?おれが?どういうこと?
はざま、とか言っていたけど……つまりここはあの世ってことか?
おれが混乱してくると声の主はさらに声をかけてくる。
―――あの世という場所ではない。正確に言えば『そこ』に行く前に私がここまで引っ張ってきた。
―――謝罪と……お詫びがしたくてな。
―――それと、今のお前は魂と呼ばれる存在だ。目もなければ口も、体もない。考えるだけで私に聞こえると思ってくれればいい。
声の主の言っている言葉が次第に浸透してくるかのように、段々と冷静さを取り戻せてきた。
なるほど、じゃぁやっぱり俺は死んだのか。
後悔も未練もありまくりだ。
ため息をつこうとして、その口すらないことに気が付いた。
―――話を続けよう。私は、お前の元いた世界では神と呼ばれる存在の一つ。日本では八百万の神と言えばわかるかな?
―――普段は誰かに見られることもなく、見守る側としている存在だ。
あまり荘厳な雰囲気は感じられないし、話し方も何だかそれほど偉いという気もしない。正直あまり信じられはしないのだが……今の状況では信じるしかないだろう。そのまま話を聞いていると、神は一旦の間を置き気まずそうに話を続けた。
―――普段誰かに見られることもない、と言ったな?つまり、さっきまでのあの場にいた誰もが私のことは見えていないのだ。
―――その……お前を除いて、な。
どうやらあの猫に見えていたのがこの神様だったようだ。そしてなるほど、つまりおれは見えもしない――そして当然触れもしないのだろう、そんな神様を無謀にも助けようとして飛び出してしまったわけだ。
なんというかこう……とんだムダ足で命を落としてしまったらしい。気落ちしていく俺に気が付いたのか声の主は慌てるように更に話を続ける。
―――それでだ。お詫びとして、新しい人生を今のこの意識のあるままにお前に授けようと思う。
―――申し訳ないが時間を操る神は管轄違いでな、死んでしまった魂を戻すことはできないのだ。だが新たなる生に書き換えることならできる。
どうだろうか?と問いかけてくる神の声に、おれは(思考でだが)頷いた。
管轄とか聞いて良かったのか……まぁ神様にも色々あるのだろう。
神様は安堵したのか、幾分声を明るくした。
―――そうか、良かった。では今度の世界は今までとは違う世界を用意しよう。それと私を助けようとしてくれたお礼だ、新しい体には多少便利な力を授けておく。
便利な力、というものに興味がわいた。一体どんなものだろう?それに違う世界ってのも気になる。今までとは違うってことは前の世界とはこれでお別れか……。
友達や家族の顔が浮かんだが、これは仕方ないのだろう。後悔や心配が頭をかすめるが、死んでしまったせいなのか不思議とすぐに頭を切り替えることができた。
少しの間静かになっていた神様が、これで最後になるが、と声をかけてくる。
―――前の世界で私を見ることができたのもそうだが、中々良い眼を持っていたな。少し手を加えたがこれも渡しておこう。次の世界でもきっと役に立つ。
―――準備はできた。
―――それでは長くなってしまったが、これでお別れだ。
―――新しい世界でもその心優しい君に幸多からんことを願おう。それでは、さらばだ―――。
その声を最後に、おれの意識はまた遠のいていった。
トクン。トクン。トクン。
体の内側が燃えるような熱を帯びる。
規則正しい鼓動の音が聞こえ始める。
ここから始まるのか。俺の第2の、新しい人生が。
期待に胸が満ち溢れる。
楽しみだ。あぁ、楽しみだ。
そして―――。
オギャァー!
元気な産声を上げて、おれは新しい世界にたどり着いた。
初めまして。
飽食気味ですが異世界転生ものです。
少しでも興味もらえましたら嬉しいです。
なるべくペース上げて書いていくのでよろしくお願いします。