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赤と黒の軌跡  作者:
 
9/94

シャナと菓子店

 その日、この街で唯一の菓子屋の店主であるハロルドは、思いがけない客に遭遇することになる。

 店主とは名ばかりのハロルドは、本職の久々の休日である今日、妻の代わりに店番をしていた。

 昼飯時を過ぎたばかりの現在、客はいない。

 しかしそんなとき、きぃっとドアが開く音がした。

 読書していた手を止めて、そちらを見れば顔と身体を半分だけ店内にのぞかせている小さな少女がいた。

 やけに整った容姿の少女は店内に並ぶ菓子を見渡して瞳を輝かせているが、ふとハロルドと視線が合うとわずかに後ずさりした。

 ハロルドはそれでも菓子への執着を見せる少女に苦笑した。

 食べやすい大きさの菓子を取り、少女に見せる。


「どうした? 菓子が欲しいんだろう。ほら」

「っ……くれるの?」


 おずおずとハロルドの傍まで来ると、笑顔を見せたが、すぐにハロルドを窺うように見上げてくる。


「おう、いいぞ」

「――いたらきますっ!」


 ハロルドからパンに砂糖をまぶしてやいた菓子を受けとると、その少女は小動物のように口をもごもごさせて食べ始めた。

 あっという間に食べ終わった少女は瞳を輝かせて叫んだ。


「これすき!」

「お、そうか。そんなに喜んでもらえるとこっちも嬉しいな。――ところで、お前さんもしかして今回の客人か?」

「らくじん? シャナはシャナれすよ! おかしくらさい!」

「シャナ、か。やっぱり王女だったか。――まぁ、待て。いくつか袋に詰めてやるから」

「っうん!!」


 完全に意識が菓子に向いているようで、そう言ってやると輝かんばかりの笑顔で頷いた。

 ハロルドはそんなシャナの頭を撫でてから立ち上がった。そして、入り口を見た。

 ガラス越しに見知った男が見えたのだ。


「お前さんの迎えが来たぞ?」

「えー? ――あー、ギルー!」

「――よう、やっぱりここか」


 そう言いながら店内に入ってきたのはハロルドの上司でもあるギルバートだった。

 ギルバートの横を通り抜けて二人の少年も店内に入ってきた。


「シャナ!」

「お前、一人で行動するなって、いつも言ってるだろ!」

「あにうえ、ジーク、シャナおいしいのもらたー!」

「人の話を聞けっ!」


 笑顔で自分の主張のみを述べるシャナに、ごん、という鈍い音とともに少年の怒声が響いた。


「に"ゃっ――ジークのばかぁ!」

「バカはお前だ、バカ!」

「しゃなばかじゃにゃい~っ」

「うそ泣きすんな!」


 少年たちに怒られているシャナを見つつ、ハロルドはギルバートとその後ろに立つ男に向き直った。


「久しぶりだな、ルーデンス・フォン・セリアス」

「その節はどうも。それと、ありがとうございます」


 ルーデンスがシャナの方を見て溜め息をつけば、ハロルドは気にするな、と笑った。


「あいつは危ないな。菓子を見せたらほいほい着いて行きそうだ」

「ただの三歳児ならともかく、シャナはそうでもないですよ」

「警戒心は人一倍あるかもな」

「そうなのか? まぁ、確かにただの三歳児にしては加護が強そうだな。滅多に気配を感じないんだが、いろんなもんが寄ってきてる」

「そういえば真っ先に迎えに来そうなやつを見ないな」

「あの精霊も気まぐれだからな」


 話しながら彼らが視線を向ける先では、シャナたちがいる。


「ねぇ、シャナ。お菓子をもらったら、お金を払わないといけないんだよ? シャナはお金持ってないでしょ?」

「無銭飲食っていって、悪いことなんだぞ!」

「おたね……わるい? ――ルー、おたねちょーらいっ」


 サイラスとジークの言葉に思い切り落ち込んだシャナは助けを求めるかのように首を巡らせた後で、ルーデンスに視線を止めた。

 やっとルーデンスの存在に気付いたかと思えば、シャナが彼にかけた言葉は案の定の内容だった。

 ルーデンスが溜め息をついて口を開いたが、それを遮るかのように店の扉が開いた。


「あなた! 今、そこで――あら? 団長さんじゃない! やっぱり帰ってたの。おかえりなさい。だからセギル君がいたのね。ってそうじゃなくてっ! すごいもの見ちゃったのよ!」

「すごいもの?」


 普段、この店を任せているハロルドの妻――リディアが意気揚々と入ってくる。後ろからセギルも顔を出した。

 リディアはギルバートに目を止めると微笑むが、すぐに慌てたように叫んだ。しかし、どこか嬉しそうだった。


「そうよ! あれは絶対――あら、まぁ! かわいいお客様たちね! いらっしゃいませ! お人形みたいねぇ。わたし、こんなにかわいい子を見るのは初めてだわ!」

「……シャナ、かわいい……?」

「ええ、きっと美人に育つわね!」

「えへへー」


 知らない人間にルーデンスの後ろに隠れていたシャナに、視線を感じたリディアが気づく。

 彼女はシャナの姿に目を丸くして、歓声を上げた。

 シャナがその言葉に照れたように首をこてんと傾ける。


「ああ、そうだ。そいつに菓子をいくつか袋に入れてあげてやってくれ。菓子に目がないそうだ」

「あら、いいわ。うんとおいしいの詰めてあげる!」


 ハロルドが声をかければ、リディアはうきうきと店の奥へと入っていった。その後ろを、菓子に釣られたシャナが着いていき、カウンターの前でそわそわと待ち始めたのだった。

 そんなシャナを尻目に、ハロルドはセギルを見た。


「ところで、外にうちの息子はいなかったか、セギル」

「……? ――いえ、いませんでした」

「荷物持ちに連れてかれたはずなんだがな。……置いてかれたか。――リディアが何に騒いでたか分かるか?」

「いえ」

「相変わらず喜んだり驚いたり、忙しない人ですね」

「出会った頃とまったく変わらんぞ」

「……みんな、昔からの知り合い、なの?」


 それまで黙って大人たちの会話を聞いていたサイラスが口を開いた。その横で、ジークも不思議そうに彼らを見上げていた。

 ルーデンスは二人のその様子に疑問を覚えた。


「あなた方、レイエル殿に説明を受けていないんですか?」

「おじうえ? 説明って――あ」

「シャナのせいでうやむやになったやつか!」


 サイラスは首を傾げたが、すぐにはっとする。ジークも思い出したようでそう続けた。

 ルーデンスは彼らの言葉に、出発前のシャナの行動を思い返して納得した。

 あまりの嬉しさに興奮したシャナがあちこち動き回っていたせいで、周りの人間が振り回されていたためその対処と普段の仕事とで、シャナたちの伯父を含む王族を守る騎士たちは忙しなく動いていたのだ。


「俺も黒騎士の一人なんだが、騎士団と魔術師団に出入りしている黒騎士を見たことないか?」


 ハロルドが詳しく説明してくれるらしい。

 サイラスは時折、目にする黒騎士の存在を不思議に思っていたのですぐに頷いた。


「あります」

「ああ、王都に常駐してるとかいうやつ?」

「なんだ、そこら辺は勉強したか。――その王都に常駐している黒騎士は国軍との交流も仕事に含まれているんだ。お互いに切磋琢磨している関係といったところか」

「戦闘好きのバカどもの交流試合が、しょっちゅう行われてるようなもんだな。ガランが王になってからその機会が増えたんだぞ」


 ハロルドの言葉にギルバートが頷く。その横でルーデンスがとても嫌そうに眉を寄せている。


「こいつが魔術師団副団長を押し付けられたすぐ後だな。俺も王都にいたことがあったんだ。もっとも俺は戦闘好きじゃないがな」

「……おしつけられた?」


「――あにうえー! シャナおかしもらたー!」


 ハロルドの言葉に納得したサイラスが再び疑問を感じたとき、リディアから菓子を受け取ったシャナがその場に乱入してきた。

 嬉しそうに紙袋を抱えて見せてくる彼女は、そこではっとしてリディアに向き直る。

 眉を寄せて泣きそうに呟いた。


「……シャナ、おたね、ない……」

「あら、いいわよ? かわいいからサービスよ! ――はっ! いい? ええとシャナちゃん? こういうときはねっ、男に払わせるのよ! かわいく、『買って?』っておねだりするのよ? そうして、男にお金を出させるようになれたら、一人前の女の証拠なのよ!」

「……? ――シャナ、おことのこじゃないよっ。おんなにょこれすよっ」


 突如立ち上がり、熱く語り始めたリディアをシャナは首を傾げて見上げている。

 しかしその後、慌てたように早口で言葉を紡ぐ。どうやら、男だと勘違いされている、と思ったらしい。

 ジークが呆れたようにシャナに言う。


「見りゃわかるだろ。なんで、そうとるんだよ……」

「……そういうのははっきりしてるんだ」


 性別もあまり気にしていなさそうなシャナが慌てている様子に、サイラスは意外に思う。

 シャナはいつも自分たちのあとを追いかけてくるので、自覚していないんじゃないか、とまで思っていたのだった。


「……なんだか、面白い子たちねぇ」

「――さて、そろそろ行くぞ。猫と妖精を探すんだろう、シャナ。菓子を食ってる場合か?」


 頬に手を当て不思議そうに呟いたリディアをよそに、ギルバートがシャナたちに声をかけた。

 シャナが元気よく頷いて、リディアにお礼を言った。


「あい! おかし、ありあとー!」

「猫と妖精? ふふ、どういたしまして――ああっ! 猫よ、猫! いえ、正確に言えば猫じゃないんだけどっ」

「なんだ?」


「――……んっ、父さんっ!!」


 リディアが再び騒ぎだしたとき、同じような騒がしさが店の外からやって来るのが聞こえた。

 ばんっ、と大きな音を響かせて扉が開かれると十歳くらいの少年が駆け込んできた。


「父さん! 城の方で――ああっ、ギルバートさん!? た、たいへんだよっ、さっき変な猫、じゃなくてあれって多分、ええとなんだっけ!? と、とにかく、それのせいだと思うんだけどっ、城の方でなんか変な雲が出ててっ――っ!!」



 ―――ガァァンッ!!


 顔を蒼白にさせてはくはくと時折言葉を探すように話す少年の言葉は最後まで続くことはなかった。

 凄まじい轟音にすべての音がかき消されたのだ。

 身体の底に響くようなその轟音は、大地さえも揺らしているかのように辺りに広がっていく。

 誰もがその轟音に身を固くした中で、誰よりも早く動き出したのはシャナだった。

 ルーデンスが音の正体に気付いてシャナを止めようとするが、それは遅かった。


「シャナのにゃんこ!」


 叫んだと同時に、シャナは店の外へと消えていた。




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