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赤と黒の軌跡  作者:
 
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シャナとおじゃまします

「団長――お?」


 街を囲う外壁の上から合図があり、門扉を開けば馬車が見えてくる。

 何故かある程度の距離を残して止まった馬車を仲間たちとともに見ていれば、馬車から人が出てくる。

 歩いてくる人物に近寄り最初に声をかけたのは、グリードという黒騎士だった。

 彼も彼の周りの者たちも黒を基調とした、軍服に似た訓練服を着ている。

 グリードは話しかけた人物――自分達の団長であるギルバートと、カテルたちを見渡しながら、今回の客の姿を探して首を巡らせる。

 そして、ギルバートの後方にいた小さな子供たちに気づく。


「よう、グリード。変わりはないか?」

「なにも。そもそも外部の人間がいないんだから平和なもんですよ」


 カテルやアシルたちに囲まれて、立ち止まっている子供たち――中でも一番小さな少女が、じっとグリードや門から出てきた他の黒騎士たちを見ている。


「……くろいの、いっぱい!」

「黒騎士団の人たちだよ」

「ちょうなの?」

「いまさらかよ?」

「……ねールー、くろきちらんってなにー?」

「そこからかよ!」


 幾らか年上の少年たちの言葉に頷いてはいたものの、少女は結局首を傾げている。

 カテルが苦笑しながら少女たちを促す。


「まぁ、なんでもいいか。よかったね、シャナ。遊び相手が一杯いるぞー」

「慣れるまで時間がかかりますけどね」

「え、人見知りするんすか」


 大人たちのそんな会話を後ろに受けながら、少女――シャナは歩き出した。

 しかし、直後走り始める。


「シャナ?」


 サイラスとジークが追いかけようとするが、シャナはすぐに立ち止まった。

 視線の先にはギルバートとその横に立つグリードがいる。

 グリードはそんなシャナたちを興味深そうに見つめている。


「団長、あれが? 髪の色は魔法で変えてるんですか?」

「ああ。シャナだ。あっちはサイラスとジークだ。――どうしたんだ、シャナ?」


 シャナはギルバートに問われた瞬間、再び走り出した。そして、方向を変えた。

 誰もが、シャナの様子を伺っている中、シャナはグリードを避けるように迂回して再び門へと走り出す。

 ルーデンスたちが呆れたようにまっすぐ歩き出す。


「……思いきり避けてますね」

「思いきり避けられたな、グリード」

「俺なのか」

「お前だけじゃないがな」


 面白そうなギルバートの視線の先では、シャナが人を避けながら走っていた。

 サイラスとジークがゆっくりとシャナを追っている。こちらはまっすぐ門へと向かいながらシャナを見ていた。


「思いの外、人見知りするな」

「すんなり受け入れるのはガランが紹介した人間だけですから」

「賢いな。――ああ、安心しろ。規制はばっちりだ」


 ギルバートの言葉にルーデンスが頷くと、彼もまた歩き出す。

 ルーデンスはギルバートの言葉に少なからずほっとした。あらかじめ聞いていたものの、やはり不安は拭えない。

 王族である子供たち――中でもシャナの情報は、ほとんど公表されてない。

 赤い髪であること以外は明かさず、身体が弱いなどと言って信用できる人間以外、誰にも会わせないようにしていた。

 迷信深い貴族や人々からの、シャナに関する要求は酷いものだった。

 生まれたばかりにも、そして数年たった今でも、第二王女を廃することを望む要求は絶えなかった。

 実際、赤い花の話を聞いたとき、不吉な思いを抱いたのは確かだ。

 しかしその後、生まれてくる子供のことだと聞いたあげく、その上での王と王妃の暢気(のんき)さに脱力し、別の意味でその子を不憫に思い始めていた。

 結局、ルーデンスやディセイドたちの思考は彼らを守る事へと切り替えられていた。

 そして、その過程で見た人々の感情は理解しがたいものだった。


「平和な人間ほど欲深くなる。それが元から権力を持つ貴族であれば尚更。奴等は力を欲するため、もしくは、奪われないために必死なんだろ」

「まぁでも、少なくない味方がシャナの周りにいて良かったじゃないさ。だからあの子はあんなにも、心が豊かなんだろうさ」


 ルーデンスの思考を読み取ったかのように、ギルバートとカテルが歩きながらそう言った。

 ルーデンスは、一度目を瞑ると彼らに頷いたのだった。




 シャナは時折目の前に現れる黒騎士たちを、器用に避けながら門に向かっていた。

 うろうろと方向転換しつつ進んでいるので、とっくにルーデンスたちに追い越されているものの、シャナは気付いていない。

 ルーデンスたちが先に門に到着しシャナを待っていると、遅れてきたシャナは彼らを追い越すわけでもなく立ち止まった。

 シャナが立つのはちょうど外と中の境界部分だった。


「シャナ、おだまします、していい?」


 ギルバートを見上げて、シャナは首を傾げた。

 その言葉にシャナを見ていた面々が笑う。ギルバートは頷いている。


「おう、いいぞ! 誰が一番だ?」


 面白そうにシャナの横に立つサイラスとジークを見ると、予想通りにシャナが叫ぶ。


「シャナ、しちばん!」

「一番、でしょ?」

「はやく入れよ。お前待ちなんだからな。じゃないとおれが入っちまうぞ」

「らめー! シャナがはいるのー!」

「あっはっは! 一緒に入ればいいだろう!」


 ギルバートの言葉に、誰もが溜め息をついた。


「あなたが言い出したんでしょう」


 ルーデンスがギルバートを睨むが、ギルバートは無視してシャナたちを見ている。


「いっしょ? あにうえとジークとシャナ、いっちょ? ――いっちょにはいる!!」

「じゃあ、せえので入る?」

「……もう入ってるようなもんじゃねぇ?」

「てーの、ではいる!」


 目を輝かせたシャナに、しょうがないというようにサイラスが頷けば、ジークも渋々と従う。

 ルーデンスたちが見守る中で、彼らは街への一歩を踏み出したのだ。


「おだまちまーす!」


 掛け声に合わせて足を踏み出した後で、シャナの明るい声が響く。

 そして、同時にそれ(・・)は起こった。




 視界を埋め尽くすのは、色鮮やかな――赤。

 雪でも降っているかのごとく、はらはらと空中を舞うそれは、花びらだった。

 それが地上に落ちていくと同時に、地上もまた赤く塗り潰されていく。

 自然の法則を完全に無視したそれは、石畳の隙間からすごい勢いで成長していった。

 芽から葉へ。蕾が生まれ、蕾が開花する。花は赤く、鮮やかに彩られ、その存在をこれでもかと主張している。

 誰もが言葉を失う中で、喜びを表しているのはシャナだ。

 その嬉しい悲鳴を聞くともなしに聞きながら、ルーデンスたちは唖然としていた。

 やがて、花たちが成長を止めた時、その場に風が吹いた。下から上に花びらを巻き上げるようにその風が吹いた瞬間、またもや景色が一変した。

 石畳が姿を表し、すべての花がーー花びらが、宙を舞う。

 そして、それは純白へと色合いを変えていた。

 雪そのもののように踊るその花びらの中、一際目立つ赤がひとつだけ残っていた。


「おはなのあめー!!」


 唖然とした皆の空気に、驚きが生まれていく。

 特にルーデンスはその事実に誰よりも驚いていた。

 シャナが、花びらを追うかのように行ったり来たりを繰り返す中で、その赤もまた踊るように揺れている。

 完全に、ルーデンスが施した魔法が解けてしまったシャナの容姿は、本来のそれへと戻っていてーー。


「雪みたいだ!」

「すごい!」

「まっちろー!」


 空を見上げるジークとサイラスの傍で、赤い髪を振り乱して、青銀の瞳をより輝かせたシャナが、歓喜の声を上げていた。




「はなびら、きえたった……」

「しょうがないだろ。なんかあきらかに不自然に出てきたし」

「なんだったんだろう……?」


 しゃがみこんで地面に消えていった花びらを見ていたシャナは、しばらくしてやっと口を開いた。

 既にその姿はルーデンスによって魔法で変わっている。

 ジークとサイラスが慰めるように言うが、シャナはすぐに思考が切り替わったようでルーデンスに叫ぶ。


「ルー、おなかついたー!」


 先程の不思議な現象のあと、跡形もなく消えた花びらに、ルーデンスたちは色んな考察をしていたものの、結局確証は得られなかった。


「はいはい。ちょっと待っててくださいね」

「えーっ」

「良かったな、お前たち! あれは歓迎されたようなものだな! シャナ、お前次の団長になるか!」

「「は!?」」

「えー?」


 ギルバートは不満そうなシャナに構わず笑っている。そして、シャナもシャナでほとんど話を聞いていない。

 首を傾げていたかと思うと、街の方を見て、眉を寄せている。


「むむー……あっちれす!」

「え?」

「なにが?」

「あっちから、おかちのにおいがちます! ――とちゅれきーっ!!」


 ――と叫び、シャナは走り出した。


「シャナ!?」

「こらまて!」


 サイラスとジークが驚きに目をみはるが、シャナはお構いなしに街中へと姿を消したのだった。




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