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赤と黒の軌跡  作者:
 
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黒騎士団長

「悪いな、突然」

「突然でもないだろ。水の精霊からの知らせは届いてた。――しかし久しぶりだな。お前がここに顔を出すのは。なぁ、黒騎士団長殿?」

「お前こそ自ら出迎えとはな。仕事はどうした、国王陛下殿?」

「「――はっはっは!」」

「…………」


 互いに何かを張り合っているような空気を作り出している二人だが、これがただの暇潰しであることを全員が分かっていた。

 

 シャナの誕生日から一月がたったその日、国王ガランのもとへとある客が来訪していた。

 二人の男がガランに誘導されて国王の執務室に入る。彼らは黒の騎士団と呼ばれる集団に所属しており、王都の北西に居を構えている。

 かつて王族が離宮として所有していた城を黒騎士団の本部として、周囲に街を作り上げているのだ。

 彼らの生活は主に傭兵業で成り立っている。雇い主は時には一個人、時には貴族、時には国であったりした。そのため、国に所属することがなかった。

 しかし、本拠地がオーランドであることからこの国との関係は深い。幾度となくオーランドやこの地の貴族と協力しつづけてきた。

 そうして黒騎士団という組織はこのオーランドでもその存在を確立してきたのだった。

 さらに現在、彼らはもっと大きな後ろ立てを得ていた。それは現国王ガランの存在である。


「類は友を呼ぶとはよく言ったものですねぇ」

「相変わらずだな、ギルバート」

「なぜこんなのばかり……。嫌な予感がします」


 半ば馬鹿にしたように呟いたルーデンスにディセイドが肩をすくめてからギルバートを見た。その横ではエルトが無表情に独り言を発していた。

 ギルバート――ギルバート・シンカースは黒騎士団の団長にして、国王ガランの友人だった。

 学生時代、ガランと共に様々な問題を起こし周囲を振り回していた級友で悪友の一人である。

 彼は主要な面々が集まる執務室になんの緊張もなく笑った。


「そっちも相変わらず賑やかそうだな。――ああ、こいつはセギルだ。最近俺の部下になった」

「お前直属か。確かに優秀そうだな」


 ギルバートとガランの視線を受けて、セギルと呼ばれた二十歳くらいの男は軽く会釈するだけで何も言わなかった。


「――で? そちらの用件は? こっちは暇じゃないんですから、さっさと本題に移っていただけます?」


 なおも話が関係ない方へと向かおうとしていたのを遮ったのはルーデンスだった。にこやかなのにとても冷ややかな空気を纏っている。

 しかしガランたちはまったく気にせず話を続けた。


「そういえば、何か用があったんだったな。なんなんだ?」

「ああ、頼みがあってな。――ガラン、お前の二番目の娘を貸してくれ」

「シャナを?」

「なんでまた?」


 疑問の声を上げたのはエルトだった。


「第二王女の誕生日前後一週間花が赤く染まるのは俺たちのところでも変わらないんだが、今年は少し違ってる。向こうでは未だに赤くなったままだ」

「……ちょっと待ってください。前後一週間花が赤くなるのは王宮だけだと思っていたんですが……」

「そういえば言ってなかったな」

「…………兄上」


 王宮以外の場所ではシャナの誕生日当日に花という花が赤く染まるのだが、王宮と同じようなことが起こっている場所があるなど聞いていなかった。

 エルトは兄の適当な言葉に顔をしかめて睨むが、兄はまったく悪びれることはなかった。


「で、これから何か起こるかもと?」

「それはわからん。だが水の精霊がしきりにあの子を連れてきてと騒いでるんでな」

「そんなこと言ってたな」


 考え込むガランの周囲で、エルトたちの表情はわずかに優れない。

 言い伝えを信じているわけではないが、警戒だけは常にしている。彼らはシャナに何か危険が迫っているのではと警戒していたのだった。


「まぁお前のところの奴等は言い伝え云々に左右されるようなことはないか。それに、お前たちに伝わることを考えると何かが起こるというより、何かの出会いを示しているのかもしれん。――いいぞ。サイラスとジークも連れていけ。いい勉強になるだろう」

「次期王太子とエルトの息子か。会うのは久しぶりだな」

「…………そんな簡単に……」

「……黒騎士に伝わることとは何です?」


 難色を示すエルトの言葉を遮ったのはルーデンスだった。彼は眉を寄せてギルバートを見ていた。

 ギルバートは肩をすくめて一言呟いた。


「動乱の世を招きし赤花、運命を導かん――てな」


 その言葉にルーデンスもエルトたちも眉を寄せた。


「意味はわからんが、それともう一つ――導かれし運命、赤花を咲かせん――とな。詳しく調べはしたがその言葉以外、ほとんど情報はなかった」

「そちらの水の精霊は? 高位精霊でしたよね?」

「高位とはいえ若い方らしいからな。何もわからないと言っていた」

「…………」


 訝しげに口を閉じたルーデンスに皆の視線が向けられる。

 やがて、ルーデンスは眉を寄せたまま呟いた。


「…………妙ですね」

「妙……?」

「シャナに執着しているといってもいい精霊や妖精たちならば、その意味を知っていてもおかしくないはずです。ですが、高位精霊ですらわからないという。……言い伝えが残るからには過去に一度は何かが起きているということです。ならばその一度とは一体、いつのことなのですか」

「…………」

「この城にさえ詳しい情報は残っていませんでした。――というより言い伝えの一文以外は一切出てきませんでした。まるで、故意に情報を消したように」


 エルトもディセイドもその言葉に顔をしかめる。


「だが、情報を消す意味があるのか? 国の存続に関わることならなお、詳細を語るべきだったんじゃないか?」

「その意図すらもわからない、ということになりますね」

「まぁだが、赤を持つ子はガランの娘で王女に生まれたんだ。一番安全な場所だろう? これだけの面子が揃ってるしな」


 ギルバートが深刻になるでもなくそう言った。その言葉に誰もが溜め息をついたとき、それは訪れた。


『―――に"ゃあああああああああ』


 突如、その場に悲鳴が届く。全員が周りを見渡すなか、ガランだけは笑っていた。


「なんだ? 猫か?」

「この声、シャナ?」

「上からするぞ」

「今度は天井からお出ましか」


 がこん、という鈍い音が響き頭上を見つめていたディセイドの側にシャナが降ってくる。

 ディセイドはとっさにシャナを受け止めていた。


「おっと」

「ああああああああああ――――――」


 小さな手のひらで目を覆ったまま、逆さまに抱えられているシャナは叫び続けていた。


「なかなか愉快な奴だな」

「――? あ、ディー!」


 やがてくる衝撃にでも備えていたのか、シャナはディセイドに抱え直されるとそろそろと目を開けた。

 自分を抱えているディセイドを目にしたとたん、にぱっと笑う。


「お前自信が猫みたいだな、シャナ」


 ディセイドが苦笑しながらシャナを床に下ろしてやると、シャナは首を傾げつつ父の姿を見つけて寄っていく。


「シャナにゃんこ? ――あ、ちちうえー! ルーもみっけー!」


 執務机を回り込んで父に挨拶代わりに笑うと、今度はルーデンスを見つけてガランの後ろを通ってそちらに移動する。ルーデンスのもとに辿り着いたあと、シャナはついで聞こえてきた知らない声にびくりとした。


「それが第二王女か。言い伝えなど吹き飛ぶくらい鮮やかな髪だな」


 シャナは興味深げに自分を見る二つの視線に気づいたようで、ルーデンスの後ろに隠れた。


「ん? 人見知りしなさそうに見えたが」

「ある意味人見知りはするな。――シャナ」


 ガランが立ち上がりシャナを呼べば、シャナはガランのもとへ逃げるように寄っていく。

 ガランがそんな彼女を抱き上げてギルバートたちに近づく。不安そうなシャナにガランは笑った。


「大丈夫だ、シャナ。こいつは俺の友人だ。ギルバートという」

「ギルだ。よろしくな、お姫様」

「……ギル? ……シャナはシャナれす」

「シャナか。綺麗な髪だな。それに人形みたいに整った顔立ちをしてるな」

「……シャナきれい?」

「ああ。綺麗だぞ。お前は美人に育つな」

「えへへー」


 まじまじと見つめられて縮こまっていたシャナだが、褒められたことで満面の笑みになった。

 そして、ガランを見た。


「ねーちちうえー。ディのとこにギルとおんにゃじのいっぱいいたった! ははうえ、くりょちゃんきたのねって」

「黒ちゃんはギルのことだな。騎士団にいるのはギルの仲間たちだ」

「ギルくろたんなの? シャナはシャナれすよ!」


 興味深々にギルバートを見上げたシャナは何故かもう一度自己紹介するのだった。


「はは、面白いやつだな!」

「シャナ。ギルバートはお前を迎えに来たんだ。サイラスとジークとお出掛けだ」

「おでかけ?」

「俺たちの町には赤い花が沢山咲いてるんだ。見に来ないか?」


 ガランの言葉に目を輝かせたシャナに、ギルバートは問いかける。シャナは目を瞬いて、叫んだ。


「あかいのたくしゃん……。――いく!!」

「そうか。じゃあ準備しないとな!」

「外に出るのは初めてか」

「ずんび?」

「ちょっと兄上! そんな簡単に……」

「そうだな。ルーデンスを付けるか」

「はい?」

「向こうには黒騎士がいるからな」

「うちは魔術師の方が少ないからな」


 止めるエルトも耳を疑っているルーデンスも放って、ガランたちは話を進めていく。


「ルー、いかない……?」


 困惑する彼らの元に不安そうな声が届く。ガランの腕から下ろされたシャナがルーデンスを見上げていた。


「……じゃあシャナもいかない」


 そう呟くとシャナはガランの後ろに隠れた。


「……わかりました。そちらの契約者の方とは話してみたかったので丁度いいですね。師長にも了解を取っておきます。――エルト」

「わかってます。どうせ言ったって兄上は止まりませんからね……」

「では、シャナ。一緒にお出掛けです」

「おでかけ? あにうえとジークとルーとおでかけ? ――っ、シャナじぃにいってきましゅしてくりゅー!」


 ルーが目線を合わせてシャナに微笑むと、シャナは嬉しそうに笑う。その後、はっとすると突然走り出した。

 がこん、と再び鈍い音が響く。

 扉ではなく壁に消えたシャナの姿を見送って、一番に動いたのはディセイドだった。彼は壁に手を当て押したり叩いたりしている。

 

「びくともしないぞ」

「隠し通路か?」

「いえ、その類いは全部潰しました」

「魔法の形跡もありませんし、シャナは本当に不思議ですねぇ」

「王宮中がシャナの庭になりつつあるな!」


 首を傾げる彼らに、ガランは陽気に笑った。

 こうして、シャナの初めての外出が決まったのだった。




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