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シャナと選択



「何故、今になって止んだのですかね……」


 天幕の入り口から外を見ていたルーデンスを中にいた魔術師たちが呼ぶ。


「副師長、動きました。子供の方ですね」

「ご両親の方は家から出てません」

「……そうですか。それなら、もう少し様子を見ましょう。完全に夜が明けたら、こちらも動きますよ」


 夜が明ける少し前の現在、そこに届いた知らせは、ある家族の動向。

 こそこそとこの街を出る準備をしていた彼らは、その行動が筒抜けであることを知らない。その上、監視されていることも、監視する人間が――この地に来ている人間が国でも選りすぐりの人間であることも知らない。

 一番顔が知られているだろうルーデンスは、もしもの時のために街の人間とは会っていなかった。


「まったく、交渉する前に連れてかれたら洒落になりません。――それにしても、えらく手際がいいですね」

「副師長様、あの家族の名――ゼスターという名をご存じありませんか?」


 現在、ルーデンスは裏山の麓に張った天幕の中にいる。ともにいるのは、騎士も魔術師も近衛も関係なく、複数人。

 近衛の騎士の一人が躊躇いがちに口にした質問に、ルーデンスは目を瞬いた。


「この街に来てから知りましたが、知っているのですか」

「……副師長様がご存じないのなら気のせいかもしれないのですが、以前、ゼスターという名を聞いたような気がして……その、陛下から」

「――へぇ」


 困惑したように一応報告した近衛騎士――ケインの言葉に、ルーデンスの空気が一気に冷えた。ルーデンスの部下である魔術師たちが、びくりと身を震わせる。


「それはそれは……あの男、忘れてましたね」


 昨夜の通信の時、一応気になるその家族の名も報告した。しかし、肝心の王は何も言わなかった。

 ぼそり、と低く呟いたルーデンスに、今度は全員が身体を固まらせているが、ルーデンスは気づいていて知らないふりをすると、穏やかな笑みを浮かべた。


「気のせいではないでしょう。貴方は優秀だと聞いていますし、十中八九、あの家族は陛下のお知り合い(・・・・・)である可能性が高いですねぇ……」


 貼り付けただけの笑みに皆――主に魔術師――が怯えていると、ルーデンスは何かを思案して溜め息をついた。


「まぁ、それならなんとかなるでしょう」


 そして、今しばらく彼らは待つことにした。夜が明けるのを待ちながら、すぐに動けるようにと準備しなければならない。

 まさか山の上に国王父娘がいるなど知る由もなく、彼らもまた、なすべきことのために動き始めるのだった。




「…………」

「…………」


 同時刻、少年――シルキクルト・グレイスールは、目の前の少女を見つめていた。

 そして、目の前の少女――シャナもまた、シルキクルトを見つめていた。

 しかし、心情がそれぞれに異なった。

 シルキクルトは信じられないというように。シャナは、何を考えているのか読めないが、どことなく嬉しそうな笑みを浮かべている。

 お互いに穴が開くかもというぐらい、長い間、じっと見つめていたが、やがて第三者に遮られる。


「ええと、改めて、いいかな? シルキクルト君」

「……シルキで構いません」

「じゃあシルキ君」


 シルキは、レイエルと名乗った男性に呼び掛けられ頷いた。

 そういえば話し合いの最中だった、と現状を思い出す。

 レイエルとガランは、そんな彼の様子に苦笑した。


 現在、彼らは持ってきていた非常食を朝食として食べ終え、改めて向かい合っているところだった。

 まだ夜が明けないうちに目覚めてしまったシャナのせいで、半ば強引に起こされたようなシルキは、知らない人間に訳がわからないながらも、食欲に抗えずに食べられるだけ食べ終え、名を名乗ったところで改めてシャナを見て固まっていたのだ。

 彼の方に向いて隣に座っているシャナの足元では、無理矢理起こされた白虎のセスが不機嫌そうに丸まっている。机の上には妖精ロトが座っている。

 シルキは気になりながらも、ガランとレイエルに真っ直ぐ向き直った。

 少年の性格を表しているかのような真っ直ぐで素直な視線に、けれど緊張した彼に、レイエルはふっと笑みを浮かべた。


「そんなに畏まらなくてもいいよ」

「……でも、国王陛下と、近衛騎士隊長様なんですよね……?」

「……俺までわかるのか。まぁ、気にしなくていい。こっちの父娘なんて、気を遣っているのが馬鹿らしくなるほどぶっ飛んでるから」

「お?」

「シャナ、ばかじゃにゃいよっ」


 レイエルとシルキの会話を面白そうに聞いていたガランが、さらにニヤリと笑う。レイエルの正面にいるシャナは、きょとんとしたあとぷんぷんと怒り始めた。

 しかし、レイエルは気にせず続ける。


「シルキ君、俺たちは君に会いに来たんだ。下にいる調査隊も、表向きは長雨の原因究明のため、だけど、その一方で君を保護するために来てる」

「……保護?」

「俺たちにとって、君の……シャナのように赤を纏う子は特別なんだ」


 レイエルの温かい視線は、向かいに座るシャナに注がれている。その視線はすぐにシルキに戻ってくる。


「はっきり言ってしまえばシャナと重なって見えるからだ。だが、それと同時にこれは俺たちの責任でもある。これまで、言い伝えだの迷信だのを放置してきたのは俺たち国だ。……正直、シャナがいなければ、俺たちが君たち赤を纏う人間をどう扱っていたかはわからない。ただ、今の俺たちに言えるのは、君たちに先入観や迷信などでもって対応するのではなく、普通に一人の人間として対応するのが一番の誠意なんだ」


 国というものに仕える以上、何もかもを蔑ろにして他を見ることはできない。その上、必ず安全であるという保証もない。たとえ、迷信であろうと、国を守る以上、最悪の事態を想定して動かなければならないのだ。

 そんな自分達ができることは、最低限のことばかり。

 人として、誰でもできるような、少しばかりの誠意を示すのみ。

 言い伝えや迷信のようなものを払拭することはできないのだ。

 シルキは、そんなレイエルたちの立場を正確に読み取って、驚きながらも頷いた。


「……それだけで、十分です。今までは、ほとんどの人がこの目を見て、顔色を変えて、怯えたり、避けたり……色々、あったから。俺は、俺たちは、まだ、家族が味方でいてくれたから……そんなに、辛くはなかった、です」

「……そうか。――ところで、この街にはもう一人、赤を纏う子がいるのかな?」


 シルキのただたどしいながらもこちらを気遣う言葉に、レイエルは目を細める。隣を見れば、ガランもまた、静かにシルキを見つめていた。

 レイエルは、小さく笑んでから改めて気になっていたことを問いかけた。


「あ、あの、あいつのは、俺とは違って、花のアザ、みたいなのが、首に……」

「アザ、か……」

「違いはなんだ? ただ単に、他で主張できないからか?」


 それまで静観していたガランが口を開いたことに、レイエルは溜め息をついた。


「お前な……。――それにしても、本当にわからないのか。ガラン、お前でも(、、、、)――?」


 ちらとガランを通して別の場所を見たレイエルに、ガランは眉を寄せた。


「それがわかれば苦労はしない」


 ガランはそのまま視線をシルキに戻すと、そこで、首を傾げた。


「……ふむ。お前、見えるのか(、、、、、)

「…………」


 レイエルの視線を追っていたシルキにガランがにやりと笑う。しかし、シルキは困惑してガランとその横で驚きつつも口許に指を当てているレイエルに頷くのだった。



「さて、シルキ。お前、俺たちのところへ来るか?」

「え……?」


 改めてガランが話し始めたことに姿勢を正したシルキは、聞こえてきた言葉に耳を疑った。


「母親は亡くなり、お前はいまだ十一歳。誰かしらに保護を受けても問題ないだろう。それが俺たちのところであるだけだ。どうだ、一緒に来ないか?」


 真剣に自分のことを想って言ってくれているのがわかるガランに、シルキは半ば呆然としていた。その上、その内容に再び絶句してしまう。


「言っとくが、お前を王宮に閉じ込めるわけではないからな。この家にも二度と戻れないわけじゃない。お前はいつだって外へ出られるし、いつだって戻ってくればいい。王宮が嫌なら、別の当てを探すこともできるぞ」

「そ、……」

「なんだ?」

「そ、んな、こと、してもらう理由が、ありま、せん……」


 言葉を詰まらせたシルキは、それでも、もう一度言葉を紡いだ。

 ガランは、目を細めてシルキを見ると、一度シャナを見て、シルキに視線を戻した。


「俺はな、シルキ。前々から、お前のような者が欲しかった。――シャナを絶対に裏切らないであろう、お前みたいな存在が」


 ガランが一番に願うのは、他でもない娘の未来。

 おそらく、子供たちの中でも一番不確かなシャナの未来。


「特別、シャナを意識しているのは、父として、最低かもしれない。だが俺は、今もおそらくこれからも、シャナを一番に考えてしまうだろう。今回のことだって、お前には理由がないかもしれないが、俺には理由がある。全部、俺の独り善がりだと言ってもいい。シャナがシャナとして生きていけるように、シャナだけの味方が欲しい。だから俺はお前を利用する」


 率直な、けれど、強い願いを含めたその言葉に、利用すると言われたシルキは、安堵こそすれ、不快に思うことなどなかった。

 これまで、まともに自分を見てくれたのは母と友人、そしてその両親だけだった。しかしそれも、ここ最近はほとんどなく、他人と話すのは久しぶりだった。

 久しぶりの会話は、今まででは考えられないほどまともに成り立っている。

 シルキは、自分が夢を見ているのではないかと錯覚しそうになった。何故か酷く泣きたくなった。

 しかしシルキは小さく息を吐くことでそれを堪えた。

 そして、改めてガランの言葉の意味を考える。

 彼らが本当にシャナを大切に想っているのは、十分伝わってきた。そして、彼らの言葉もまた真実なのだとわかる。しかし一方で、少し違っていた。

 利用する、とガランは言った。それは確かにそうなのだろう。しかし、それはシャナにとってだけでなく、シルキにとっても一番安全な選択肢になっている。

 そして、それを彼らが気づいていないはずもない。それでも彼らは、正直に一番の願いだけを口にした。

 それは――それが、彼らの言う“誠意”なのだ。

 シルキは、シャナを見た。

 シャナはどこから取り出したのか、朝食後だというのに一心不乱に菓子を食べていた。その目の前の机の上では、何故かロトが小さな鞄を動かそうと必死になっている。

 シルキはとりあえず気にしないことにして、再びシャナを見る。

 赤い髪が、鮮やかに、どこまでも鮮やかにその存在を主張している。

 明るくなってきた今、その鮮やかさは増しているようで、シルキは目を奪われる。

 そして、彼女の青く輝いた瞳は、夕焼けを過ぎて、藍色になりかける少し前の夜空のようで、さらに星が浮かんでいるかのように輝いているように見える。

 そして、それらの要素は整いすぎている顔立ちがさらに引き立てていて、より目立つ。

 しかし、シルキはその容姿よりも何よりもシャナ自信に、興味を引かれていた。


 ――この子に会うために生きてきた。


 改めて彼女と対面した朝、シルキの心に浮かんだのは、昨夜感じたであろうその思いだった。

 今までの漠然とした不安を一気に払拭してくれた彼女の傍にいたい。

 その思いは不思議とシルキの心に浸透し、強い願いとなっている。

 しかし一方で、今度は別の不安が頭の中を占領し始めていた。

 そのシルキの不安を、躊躇いを悟ったのか、ガランが考え事をしている彼に声をかけてきた。


「もちろん、お前自身の願いがあるのなら、それを優先して構わない。――躊躇うことなど何もない。お前は今までいろんなことを我慢してきたのだろう。前を向きたいのなら、不安も何もかもを押し込めて、一番の望みに手を伸ばせ」


 ガランに視線を向ければ、彼は笑った。


「それでもなお、不安が付きまとうなら、それを払拭できるくらいお前自信が強くなればいい。望みを手にして、これからもそれを望むなら、それを手にし続けられるように強くなれ。そのために、お前はまず何を望む?」


 今まで選べなかった多くの選択肢が、そこにはあった。

 ガランの言葉が、何を望んでも願ってもいいのだと、教えてくれた。

 そして、それを現実にするために、自分はまず、選ばなければならない。

 この時点で、シルキの選択はすでに決まっていた。

 しかし、ガランはそれを見越した上で、さらに“理由”となるものを、シルキに差し出してきた。


「それでもなお、理由がいるというのなら、これを。――お前の母のものだ」


 思いがけない言葉に、シルキは驚愕するのだった。


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