#6
梅雨が明けた。外はからっと晴れて、夏の太陽が照りつける。
そして僕らは夏服に衣替えする事を許された…のだが。
「…暑くないの?」
僕がそう問うと、彼女はへらっと頬を緩ませた。いや、笑って誤魔化されても反応に困る。せめて何か喋ってほしい。
「えっと、なんでまだ冬服なの?」
「え、寒いから」
「いや結構暑いよ」
「そうかなあ」
ちなみに今、僕らは屋上にいるのだが、薄着の僕でさえうっすらと汗をかいているのだ。理論上は、カーディガンまで羽織っている彼女が暑くない訳がない。そして、彼女は小柄だ。若干大きめのカーディガンは、彼女の手の甲までもを覆ってしまっていた。
「絶対暑いよな…」
僕は少し迷って、彼女に近づいた。彼女は不思議そうな顔で僕を見上げる。
可愛い、と思った。
僕は勇気を出して、彼女の腕に手をかけた。彼女の髪からは、ふわっとしていて柔らかい香りがした。
僕は、彼女の制服の袖をゆっくりと捲った。その時だった。
「やめろよっ!」
突然、彼女とは思えない声がして、腕を振り払われた。僕は驚いて、咄嗟に彼女から手を離す。
「…ごめん」
彼女は、はあはあと荒い呼吸を繰り返す。やがて、少し落ち着くと、走って屋上から去った。僕の方は見向きもしなかった。
その間は、大体三十秒程だったはずだ。だが僕には、とてつもなく長い時間に感じられた。
僕は、彼女の袖を捲ってあげようと思っただけだった。良からぬ事など頭にもなかった。
「彼女に、謝らないと」
手を払われた瞬間、嫌われた、と即座に思った。僕は、僕は___
「…何してんだろ」
呟くと、なぜか涙が溢れた。おかしい。泣いている場合ではないのに。そして何も、泣く程の事でもないのに。
昼休みの終わりを、無機質な音が告げている。僕はそれを背中で聴きつつ、その場に体育座りで座り込んだ。
チャイムが鳴り終わっても、僕は動かない。次の授業なんて、どうでも良かった。
後悔の念が、乾いた屋上に丸いシミを作る。
夏は、確実に僕らに近づいてくる。それでも、僕に彼女の心は、きっともう、近づく事はないだろう。
僕はゆっくりと目を閉じた。視界が真っ暗な闇に覆われる。そこに浮かぶのは、やっぱり彼女の笑顔で。
膝と膝の間に頭を埋め、僕はそこで二時間余りを過ごした。
どこかに吊るされた風鈴が、やたらと寂しそうな音色を奏でていた。