#5-2
「三次元では固体のボールが、四次元になると液体かも知れないし、気体かも知れないって事」
「なるほど。液体ならボールはへこまないだろうし、気体なら触れる事は出来ないね」
「そういう事」
彼女は首を傾げて聞く。
「さっき私は『ボールは球だ』って言ったけど、本当は立方体かも知れないし、平面かも知れないよね?」
僕の考えだと、その通りだ。だが、そのボールが平面だと言う事はあり得ない。なぜなら、平面は二次元だからだ。
僕がそう説明すると、彼女はさらに首を傾げる。それと同時に黒い髪がするりと肩から落ちた。なんだか胸が締めつけられるような感覚を僕は憶えた。
「じゃ、三次元にある紙に描いた絵は?あれは二次元じゃないの?」
「紙だって、どれだけ薄くても立体なんだ」
「っじゃあ、二次元って何!?」
彼女は軽くパニック状態になりつつ、無意味にボールを小さな手のひらで叩いた。しかし空気のないボールは弾まずにぺこぺことへこむだけで、実に滑稽に見える。そんな事言わないけど。
「二次元は、人間が想像した事を形にしただけ。それは見えたり見えなかったりする」
「音とか声とかは見えないね」
「でもネットで出回っている絵や小説は見えるだろ?」
「…なるほど」
僕の考える四次元は、そんなところだ。諸説ある上、あくまで僕の想像に過ぎない。鵜呑みにはしないでいただきたい。
僕がそう言うと、彼女は面白いなあ、と笑った。
雨はさらに強さを増し、雨粒が窓を打つ。僕はボールを元の位置に戻すと、彼女に向き直った。古ぼけた机の一つに手をつくと、彼女と向かい合う形になった。
僕より少し小さな彼女と目が合う。
心拍が加速して、なんだか不思議な衝動に駆られた。
___好きだ、と言ってしまいたい。
だが、僕にそれは許されない。
『好きって言ってくれるまでは、私、死なないから』
確かに彼女はそう言った。そして、彼女は本当にやりかねない。話の内容からも、容易に想像する事が出来てしまう。そういう危うさみたいなものが、彼女にはあった。
僕は思わず、視線を彼女から逸らした。そして身体の向きを変え、彼女に背を向ける。もう一度目が合えば、何をしてしまうかわかったものではない。恋愛に疎い僕だって、一応思春期の健全な男子だから。
「…もう、戻ろうか」
僕が振り返らずに言うと、彼女はそうだね、と言って歩き出した僕についてくる。そんな何気ない事が、僕の心臓の鼓動を速めた。
空き教室の電気を消して、扉を閉める。
急に現実に戻って来たような、そんな気がした。