#5-1
ここ何日か、雨が続いている。そろそろ梅雨明けしてくれたら良いのに、と僕は思う。最近の空き教室での会話は、もっぱら死後の世界についてが多かった。懲りないな。
「で?」
で、と言われても、何の話だかわからない。いや死後の世界の事だろうとは思うけど。僕が眉をひそめると、彼女はにこにこと笑う。
「嫌だな、忘れちゃった?考えとくって言ってたじゃん」
相変わらず主語がない。他の人ならとっくにキレているところだろう。生憎僕は野蛮な連中とは違うので、無論そんな事はしないし言わないけど。
「死後の世界は、無、だと思うよ」
僕がそう答えると、彼女は真ん丸の目をさらに開いた。
「それは、死後の世界はないって事?」
「いや違う。あるけど、何もないんだ」
死んだら行く場所って言うのは、きっとある。けど、そこに何かがある訳ではない。そう僕は考えた。考えすぎて、夜も眠れなくなった程に。
「なるほどね、それも面白いなあ」
彼女はけらけらと笑った。
「私はね、死後の世界って、五次元なんじゃないかと思うよ」
「五次元?」
僕は思わずオウム返しをしてしまう。また突飛な話が出たぞ。
「そう、人間が想像できる範疇を超越した、未知の世界」
「四次元は想像する事も不可能ではないからな」
僕が頷くと、彼女も真剣な顔つきで頷いた。よく表情が変わるな、と僕は密かに思ったが、今の雰囲気にそぐわないので言うのはやめた。
「ところで、四次元は説明出来る?」
彼女の問いに、僕はしばし考えて、やがて話す事を決めた。
「出来ない事はないけど。立証されてない以上、正確さには欠けるが」
「いいよそれで。私はあなたの考えが聞きたいだけ」
「そうか」
僕は辺りを見回した。教室の隅に、廃れたボールが落ちていた。僕はそれを拾って埃を軽く払う。
「ここに、ボールがあるだろ。このボールは、どんな形をしてると思う?」
「球、だね」
「そう。だがそれは三次元なら、の話」
次に、僕はボールを両手で挟んでみせる。あまり空気が入っていないからか、ボールはへな、と簡単にへこんだ。
「今僕は圧力をかけた。そしたらボールは潰れる。当たり前だろ」
「三次元なら、でしょ」
「そう。ここがもし四次元だったとすれば、きっとこのボールに圧力をかけることは出来ないし、触れる事さえ出来ないかも知れない」
僕は一度深呼吸をした。彼女は目をキラキラさせて僕のボールを見つめている。こんなに嬉しそうに汚いボールを見つめる人間は他にいないだろう。
僕は時計を一瞥して、ボールをそっと机に置いた。