表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/12

#3

 六月に入り、梅雨が始まる。今日も、昨日と同様に雨の降る日だった。

 屋上には行かれないため、僕は僕が知る限りの最大の穴場スポット、三階の空き教室に向かった。

 がらら、と軋む扉を開ける。そこには窓の外を眺める彼女がいた。よほど機嫌が良いらしく、鼻歌なんか歌っている。

「…だから、なんで君はここにいるんだよ…」

「え、だって雨だから」

「あっそ…」

 朝から憂鬱だ、なんて、いつもの事か。僕がそんな事を考えているとも知らず、彼女は僕を見てへらっと笑う。

「雨が降ってるみたいだよ」

「今その話したろ」

 彼女のよくわからないボケに僕は思わず突っ込んでしまう。あ、そっか、と頭を掻く彼女を見て、僕は溜め息を吐いた。そして、彼女の隣に並んで、水溜まりの出来た校庭をぼんやりと眺めた。雨足が強まって来たのか、水の粒が窓を打つ音が聴こえる。

「嫌だね、雨ってさ」

 彼女がふと呟いた。口ではそう言いつつ、笑顔を浮かべている。実に器用だ。

「そうだな」

 僕が素直に共感の意を述べると、彼女は少し驚いたような表情を見せた。

「そんなに心外か?僕が同調した事が」

「うん」

「即答だな」

 僕はなんとなく顔を上げた。窓に映った僕と目があった。

 僕は、笑っていた。

 ごく自然に、柔らかな微笑を浮かべていた。

 僕は、昔から暗い子供だった。友達と呼べる同級生などいないし、今の流行とかにも興味がない。恋愛にも無縁で、女の子の名前なんか覚えた試しもなかった。

 だからだろうか。僕は、笑わなかった。いや、違うか。笑えなかったんだ。

 だけど、今、僕は笑えている。だとすれば、これは彼女のおかげ、なのだろう。

「…ありがとう」

 気づけば、そんな言葉を言っていた。理由なんて、僕にもわからない。この流れで、突然こんな事を言った僕は、間違いなく変人だ。少なくとも僕ならそう思う。

 けど、彼女は僕を嘲笑も非難もしなかった。

「よくわかんないけど…どういたしまして?」

 そう言ってはにかむ彼女は、今まで僕が見てきた女の子とは、何かが決定的に違った。何が、と問われると答えられないけど、確実に違う。

 僕はまだ、彼女の事を全く知らない。そして、知りたいとも思っていなかった。

 だが、今、その考えは変わった。

 僕は、彼女の事が知りたい。

 彼女と、話がしたい。

 この感情に名前を付けるなら…そうだな、たった一つしかないだろう。

 きっとこの気持ちを、人は「恋」と呼ぶ。僕は十五年の時を経て、初めて彼女に恋をした。

 昼休みの終わりを告げる、チャイムが鳴る。

「じゃあ、帰ろっか」

「ああ」

 だが、この時の僕はまだ、気づいていなかった。

 この出来事が、後に僕を苦しめる事になるとは___

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ