#3
六月に入り、梅雨が始まる。今日も、昨日と同様に雨の降る日だった。
屋上には行かれないため、僕は僕が知る限りの最大の穴場スポット、三階の空き教室に向かった。
がらら、と軋む扉を開ける。そこには窓の外を眺める彼女がいた。よほど機嫌が良いらしく、鼻歌なんか歌っている。
「…だから、なんで君はここにいるんだよ…」
「え、だって雨だから」
「あっそ…」
朝から憂鬱だ、なんて、いつもの事か。僕がそんな事を考えているとも知らず、彼女は僕を見てへらっと笑う。
「雨が降ってるみたいだよ」
「今その話したろ」
彼女のよくわからないボケに僕は思わず突っ込んでしまう。あ、そっか、と頭を掻く彼女を見て、僕は溜め息を吐いた。そして、彼女の隣に並んで、水溜まりの出来た校庭をぼんやりと眺めた。雨足が強まって来たのか、水の粒が窓を打つ音が聴こえる。
「嫌だね、雨ってさ」
彼女がふと呟いた。口ではそう言いつつ、笑顔を浮かべている。実に器用だ。
「そうだな」
僕が素直に共感の意を述べると、彼女は少し驚いたような表情を見せた。
「そんなに心外か?僕が同調した事が」
「うん」
「即答だな」
僕はなんとなく顔を上げた。窓に映った僕と目があった。
僕は、笑っていた。
ごく自然に、柔らかな微笑を浮かべていた。
僕は、昔から暗い子供だった。友達と呼べる同級生などいないし、今の流行とかにも興味がない。恋愛にも無縁で、女の子の名前なんか覚えた試しもなかった。
だからだろうか。僕は、笑わなかった。いや、違うか。笑えなかったんだ。
だけど、今、僕は笑えている。だとすれば、これは彼女のおかげ、なのだろう。
「…ありがとう」
気づけば、そんな言葉を言っていた。理由なんて、僕にもわからない。この流れで、突然こんな事を言った僕は、間違いなく変人だ。少なくとも僕ならそう思う。
けど、彼女は僕を嘲笑も非難もしなかった。
「よくわかんないけど…どういたしまして?」
そう言ってはにかむ彼女は、今まで僕が見てきた女の子とは、何かが決定的に違った。何が、と問われると答えられないけど、確実に違う。
僕はまだ、彼女の事を全く知らない。そして、知りたいとも思っていなかった。
だが、今、その考えは変わった。
僕は、彼女の事が知りたい。
彼女と、話がしたい。
この感情に名前を付けるなら…そうだな、たった一つしかないだろう。
きっとこの気持ちを、人は「恋」と呼ぶ。僕は十五年の時を経て、初めて彼女に恋をした。
昼休みの終わりを告げる、チャイムが鳴る。
「じゃあ、帰ろっか」
「ああ」
だが、この時の僕はまだ、気づいていなかった。
この出来事が、後に僕を苦しめる事になるとは___