プロローグ
パァンッ…
真冬の屋上に、乾いた銃声が響く。
眩む視界に、真紅の花弁が華麗に宙を舞った。
「ボクと一緒に、来てくれるよね」
必死に叫んだその声はもう、彼に届くことはなかった。
「私、あなたが好き」
今日は何なんだ。嫌な夢を見たと思えば、愛の告白。まだ学校に着いたばかりだと言うのに、忙しい。まだ僕らは中学生だし、何より僕は彼女の事を知らない。そして今年は受験も控えている。クラス替えから一ヶ月足らずしか経っていないのに、僕のどこが好きなのだろうか。いや、好意を持ってくれているのは嬉しいが。
「悪いが、君の期待には答えられないな」
僕がそう、出来るだけ傷つけないように言うと、彼女は何故か、くすっと笑った。彼女の肩にかかっていた黒い髪が、はらりと滑り落ちる。
「随分、大人びてるんだね」
彼女は無邪気に笑って見せるけど、僕には何が面白いのか全然わからない。この子とは、一生わかり合えないな、多分。
教室に人が増え、だんだんと騒がしくなる。噂になるのも面倒くさいので、じゃあ、と僕がその場を立ち去ろうとすると、彼女が僕の腕を掴んだ。意外と力があるな、と僕は密かに思う。
「待って。一つだけ、言わせて」
僕が振り向く。僕より少し小さな彼女と、目が合った。さっきの笑顔はなく、何かを決意したような、強い光が瞳に宿る。僕は出来れば早くこの場を去りたかった。しかし、彼女の視線が僕を引きつけて離さない。
数秒が経って、僕がなんとなく目を逸らすと、彼女は驚くべき事を口にした。
「好きって言ってくれるまでは、私、死なないから」
それって、どういう意味なんだ___
僕がそう訊こうとした時には、もう彼女は窓際の自分の席へと着いていた。
ふと窓の外に目を遣ると、淡いピンク色の桜の花びらがはらはらと舞っていた。