夢のあとに
「残念ですが…息子さんの残りの寿命はあと3ヶ月です」
俺が医者にそう言い渡されたのは、五月上旬の高校生になってまだ1ヶ月しか経っていない、時期だった。
夢なんじゃないかと思った。
だってこれからもっと楽しいイベントが待っていて、友達と沢山遊ぶ予定で…。
そんな俺の希望に溢れた未来は、医者の一言で簡単に崩れ去った。
「どうして…」
母と父は本人よりも泣いていて泣きたいのは俺だったけど、そんなことも言ってられなかった。
元々身体は弱く、病気がちな俺に親は今まで病状について一言だって教えてくれなかったのにーー。
「今更教えてくれるなんて、反則だろ…」
寿命が残り僅かだと分かった瞬間にあっさりと、あんなに口を閉ざして俺に教えてくれなかった事実を簡単に両親は告げた。
残り3ヶ月の寿命を大切にするでもなく、もう2ヶ月悩んでいる。
(あぁ…頭が痛いよ…)
病院の空気が怖い。
死が俺を今すぐにでも連れ去ってしまうのではないかと。
「りょーちゃん!」
俺のことを昔から変わらずに『りょーちゃん』と呼ぶ聞き慣れた声が、一人部屋の病室に明るく響く。
自暴自棄になっている時に限っていつもこう。
図ったかのようにコイツーー幼馴染みの千鶴はいつも現れる。
「そう毎日来るなって」
嬉しいが、鬱陶しい。
「えー、良いじゃん!りょーちゃん暇でしょー」
えへへっと笑いながらパイプ椅子に腰掛けた千鶴は眩しい。
俺がコイツに複雑な感情を抱くのには、理由がある。
それはーー千鶴には色があるからだ。
…生きている人間としての色が。
死に向かって日々色褪せていく俺と違う色。
昔は躊躇いなく出せていた色が、今では自由に出せない俺。
いつからこうなった?
2ヶ月前か?
いやーーもっと前からだったかもしれない…。
「りょーちゃん、今日このあとって何か用事ある?」
「…えっ?」
突然、千鶴の声が降ってきて我に帰る。
「実はね、じゃーん!見て見て!クリスマスケーキ!」
差し出された両手で待っているホールケーキを自慢げに掲げるコイツに、本当に頭おかしくなったんじゃないかと思った。
「季節じゃないだろ。また無理しておじさんに作らせたのか?」
千鶴の家はケーキ屋さんだ。
季節ものではなくても、クリスマスケーキが手に入る理由はもっぱらこれで、また千鶴が我が儘言って困らせたんだろうと考えた。
「違うよ!これちづの手作りだもん!」
泣きそうな顔で言った千鶴を見て、一瞬固まる。
「春はサクラケーキ、夏はスイカケーキ、秋は紅葉ケーキ、ふ、冬はクリスマスケーキ…でしょ?」
なんか分かってしまった。
コイツが今までやってきた意味がないと思えてきたケーキの数々。
それはーー。
「俺のため…?」
意地悪ではなく、半信半疑で聞いてみる。
不思議だったから。
「だって、来年はりょーちゃんいないから…りょーちゃんと私の思い出沢山のうちに、つくっ…つくっておかないと…」
ヒクヒクと子供みたいに泣く千鶴は、俺の死を悲しんでくれるみたいだ。
「ありがとう…千鶴…でも、病人だからケーキは食べれないだろ」
嬉しくて、悲しくて、でも心は暖かくなるのに涙だけは止まらなくて、二人して泣きながら俺は千鶴がケーキを完食するのを頭を撫でながら見守った。
fin