何故か聞いたことがあるような気がしました
「いらっしゃいませー」
「京香ちゃん、今日も頑張ってるわね。じゃ、いつものお願いね。」
「はい!」
私の経営する「トランペット・バイン」には、毎日のように通ってくれる常連さんがたくさんいる。
みんな私が療養に来た時からお世話になっていて、とても大切な人たちだ。
今はまだあまり暑くはないがもう少し気温が高くなると、避暑地としても有名な時雨町には
たくさんの人が訪れるので、この店もすごく忙しくなる。
「お待たせしました」
「今日も京香ちゃんのスノーボールクッキーは美味しそうねぇ」
おばさんはお皿にちょこんと盛られたクッキーをつまみ、さっそく口に入れる。
近くの商店街で花屋を営むおばさんはすごく美人で、町のマドンナだった。
あくまで過去形だが。
「このクッキー特別に何か変わった材料も入れてるの?
家で作っても、なかなかこんなにサクサクにならないわ…」
「いえ、特には何も…」
「勿体ぶらずに教えてよぉ。隠すことないでしょっ!」
そういいながらまたおばさんは2つ目のクッキーを口に運んでいる。
私の手作りのスノーボールクッキーはこの店の看板商品なのだ。
「そういえば聞いた?」
「何をですか?」
「実はね…」
おばさんが口を開きかけたそのとき。
「京香さんっ、たっだいまーーー!!!!」
ドアにかけてある鈴のしゃんしゃんという音とともに、凛音ちゃんが店に飛び込んできた。
「あっおばさん、来てらっしゃったんですか!!!」
「凛音ちゃんお帰りなさい。いつも思うけど、本当に元気になったわねぇ…」
「へへっ、おかげさまでー」
照れて首筋を擦る凛音ちゃん。
毎日放課後にこの喫茶店に来ては、常連さん達と仲良くお喋りしている。
私は密かに、もうバイトで雇おうかと企んでいるが。
「そうだ!さっきの話の続きなんだけど」
「何の話ですかー?聞きたいです聞きたいですー!」
凛音ちゃんは爛々と目を輝かせ、おばさんの向かいの席に腰を落とす。
「この町に男の子が来るんだって!凛音ちゃんと同じ高校生よー!」
「えぇっ、そうなんですか!夕凪学園に転入するんですかね?」
「多分そうよね。しかもその子、何年か前の新人絵本作家賞で優秀賞をとった子なんですって!
確か題名は…」
おばさんは鞄から革の表紙のいかにも高級そうな手帳を取り出す。
その中には町のありとあらゆる情報が詰まっているのだろう。
何といっても、マドンナから情報屋に華麗な転職を果たしたおばさんなのだから。
「夏蜜柑色の君」
…あれ?どこかで聞いたことあるような…気のせいかな…
でも絶対知ってるよね?んん…??
「京香さん、読んだことあるんですか?」
デジャヴを起こしてすっかり上の空だった私は急に話を振られて当惑する。
「え、えっと、なかったと思うけど」
「そっかぁ。どんな話なんでしょうね?あ、何か学校の図書室にあった気がします!
明日図書室で借りてきます!放課後持ってきますね!」
「じゃあ楽しみにしてるね」
「はい!」
凛音ちゃんは明るい色のポニーテールを揺らして大きく頷く。
「あ、そろそろ帰って晩御飯の支度しなきゃ。じゃ、もう帰るわね。美味しかったわ、ご馳走様
京香ちゃん、凛音ちゃん、またね」
「ありがとうございましたー!!」
「京香さん、新しく来る子、どんな子なんでしょうね」
「凛音ちゃんイケメンを想像してるでしょ」
「ばれちゃいました?」
また首筋を擦る凛音ちゃん。どうやらこれは照れた時の癖のようだ。
「さ、じゃあまた追加でクッキー焼かないと。」
「お手伝いします!」
私たちはいつものようにキッチンへ向かった。