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都爾書店  作者: 燈花
3/3

後篇

「……それで、どうなったんです?」

 店員は叩きをかけつつ、こちらを見ずに問いかけてきた。私は手元の本を眺めながらも、頬を緩ませて答える。

「どうもしないよ。強いて言うのなら『彼女は望み通り、幸せな人生を送りましたとさ』かな」

「ということは、その佐伯亮という恋人と結婚でもして、一般的に言われるところの幸せな家庭を築いたんですか」

「そういうこと。いやぁ、たまたま裏表紙撫でながら未来の願い口にする人ってなかなかいないよ」

「そうですね。珍しい事例だと思います」

 私の声には明らかに愉悦が含まれているにもかかわらず、店員の返事は淡白なものだった。最初から大げさな反応など望んではいないが、それでもあっさりすぎる返答に少々むくれてしまう。

「あのさ、これがどれだけ稀有なことか気付いて言ってる?」

「勿論です。『過去を変える本』と言われれば将来のことなど願わないし、ましてや『絶対に名前が書かれた方から開くこと』という注意書きを読んでいるのなら、裏表紙を上にすることはあまりないでしょう。まぁ、今回の件に関しては酒の力が良い方向に働いただけでしょうけど」

「何だ、つまんないの」

 全てを知り尽くしたような顔で正解を口にする店員は、どうにも生意気に見えて仕方がない。昔は一つ一つ説明を求めてきたり、私の答えに驚いたりと、望みどおりの反応を返してくれていたというのに。月日の流れというのは残酷である。

「そういえば、常々疑問に思っていたのですが」

「何?」

 だがそんな思いも、店員の一言で吹き飛んだ。我ながら単純だと思うが、感情に素直になるのが私だ。ここは開き直ったもの勝ちである。

「何故、そちらの本のことを説明しないのですか?」

 店員の視線の先には、先程まで私が読んでいた真っ黒な本があった。背表紙に「墨崎怜奈」と書かれたその本には、名前の主の一生が事細かに書き連ねられている。名前が書かれたその瞬間から、これは彼女の人生そのものとなった。私がしていることは、人の秘密を覗き見しているようなものだ。普通ならあまり許されるような行為じゃない。

「あー、まぁ、対価代わりとか、そういう仕組みだからとか、昔からの伝統だとか、それらしい理由は色々出せるけど、一番の理由は、私がそうしたいから」

 私の答えに、店員は何とも形容しがたい表情になった。強いて言うなら呆れ顔だろうか。きっと「何言ってんだこいつ」とか思っているに違いない。

「いや、だってさ、この店って娯楽少ないじゃん。電子機器使える場所も限られてるし、そう簡単に外に出られないし」

「だからそれを読んでいると?」

「まぁね。それに、お客(ものがたり)のその後って気になるじゃないか」

 私が言わんとするところを読み取ったのか、店員はため息を一つ吐いた。

「悪趣味ですね」

「知ってる。他には何かないの?」

「そろそろ『過去を変える』以外のこともしたらどうですか? それはその人物の一生に関わること全てを変えられるはずですよね」

「やだよ。何で全部叶えてやらなきゃいけないのさ」

「そうですか」

 店員は再びはたきをかけ始めた。私は本を持ち直し、ページを捲る。今日もお客は来なさそうだ。連日来られても面倒だから別にいいけど。

 窓から魚の匂いが漂ってくる。この香りは秋刀魚だろうか。

「いいなぁ、秋刀魚。大根おろしとポン酢で食べたい」

「なら、今夜は秋刀魚ですね」

「やった。あ、わかめの味噌汁もよろしく」

「……たまには自分で作ったらどうです?」

「私にそんな芸当ができるとでも?」

 店員は何も答えてくれなかった。自分で言っておきながらなんだが、地味に傷付くものである。

 店員から見えないところで凹んでいると、どこからか迷い込んできた紅葉がカウンターに舞い降りた。秋はまだ続きそうだ。

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