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「納得いかねえ!」
城を出たあとも俺は気持ちを静めることができず、溜め込んでいた言葉を吐き捨てた。そんな様子を見て彩乃が心配そうにこちらを覗き込む。
「勇ちゃん、そんなにお腹へってたの? ご飯食べたかったの?」
「それじゃねえよ!」
「嘘、違うの!?」
言って、驚愕の表情を浮かべる彩乃。
何その顔。お前、実はどんだけ食べたかったんだよ。俺はそんなことで文句を垂れてるわけじゃない。ましてやお腹が空いて気が立ってるわけでもない。
「……違うっつーの」
「じゃあ、何がそんなに気に入らないの。他に怒るようなことなんてあったっけ……」
あったっけじゃねえ。むしろお前の言動も怒りの原動力の一つになってんだよ。
けどまあ、こいつに関してはいつものことだし、俺は普段あまり物事を引きずるタイプでもない。そんな俺がどうしても腑に落ちないのはあれだ。
「親父達の役柄のことだよ」
納得がいかない最大の理由を口にすると、彩乃は目を点にして動きを止めた。
「……なぁんだ、そんなことかー」
「反応薄いな、おい!」
どうでもいい。聞いて損した。言わずとも彩乃の表情がそう言っている。
「だってそう決まっちゃったんだし、もうどうしようもないんでしょー」
そんなことはわかってる。確かにどうしようもないことだ。それが本当にランダムで選ばれたのならな。
「いや、それがおかしいんだって。よく考えてみろよ。ランダムに選んで三人が家族の設定になると思うか?」
「あー……確かに凄い偶然だね」
「ありえないって」
ランダムで選んでるのなら都合よく家族でまとまるわけがない。そんなのどんな確率だって話だ。
そしてもしも何かしらの法則があって、完全なランダムってわけじゃないのなら、どうしても納得いかない部分が出てくる。
例えば俺が村人だとか、俺が村人だとかそこらへんね。うん。
「わかんないけど、色々と面倒だから家族でまとめただけじゃないのー」
「だから、それならなんで俺だけ仲間外れになってんだよ」
そしてなんで村人になってんだよ。
「うーん、普段の仲のよさが影響してるとか?」
「うそん……」
……そんな陰湿ないじめがあっていいのか。俺だって泣くことはあるんだぞ……。
感情が顔に出ていたのか、彩乃がこちらを見て慌てて手を振った。
「冗談だよー。いつもいじめられてるから、ちょっとしたお返しのつもりだったの」
「別にいじめてねえだろ」
ってか、正直スラプリンなすり付ける方がよっぽどいじめだと思うよ?
「はあ……とりあえず瑠花を助けに行くか」
ここで彩乃におかしいと力説したところで、結局何か変わるわけでもないんだよな。
「おー!」
かけ声と共に右手を突き上げて、やる気を示す彩乃。
こいつほんと返事だけはいいんだけどよ……。
「と、その前に貯まった金でまた装備でも整えるか」
「そうだねー。いつまでも棍棒じゃ格好つかないもんね」
そういうお前さんの棍棒はまだ新品なんだがね。
「確かそこ曲がってすぐに武器屋があったよな」
町の入り口から城へ向かうまでの道すがらに武器屋があったのを覚えている。記憶が正しければ、すぐそこにあるはずだ。
「えー、そんなのあったっけ?」
彩乃は大仰な声を上げ、覚えがないと主張してくる。
なんか最初の村でもあったな、こんなこと。
「またかよ」
「んー、なんかそういうの記憶に残らないんだよねー」
「いや、残らないというより、そもそも覚える気がないんじゃないのか……」
彩乃は少しだけ考える素振りを見せたあと『テヘヘ』と自分の頭を撫でる。
「そういう部分もちょっとはあるよねー」
「ちょっとじゃねえだろ」
「あ、ほんとだ! 武器屋あったー」
はい、聞いてませんね。
彩乃は道を曲がり武器屋が見えた途端、そっちに気を持っていかれたようだ。俺もそれに釣られるように武器屋を確認すると、丁度店員から剣を受け取っている女性が見えた。
「あれって、もしかして会長じゃね?」
見覚えのあるその容姿に指を差す。
「あっ、本当だ! 麻衣ちゃんだ!」
するとそう叫ぶのが早いか、彩乃は武器屋に向かって走り出した。いつ見てもどこかぎこちのない走りに、転ばないか少し心配になる。
「麻衣ちゃーん」
彩乃が手を振りながら名前を呼ぶと、どうやらこちらに気付いてくれたようで会長は手を控えめに振り返した。
「無事だったのね」
「うん。麻衣ちゃんも無事でよかったよー」
「おっす」
再会を喜び、抱き合う彩乃と会長。
当然ながら便乗して加わることなどできないので、俺は指をくわえてそれを見ていた。
うんまあ、別にくわえてないけど。
「二人共この街で目覚めたの?」
「いや、俺達はここから少し北にある村だな」
「あら……すぐに移動して来るなんてなかなか凄い行動力ね」
「私達、王様に用事があったんだよー」
目を丸くする会長に、軽く事情を話す彩乃。
「そうだったの。それでもう用事は終わったのかしら?」
「うん。ところで麻衣ちゃんは何してるのー?」
彩乃が聞くと、さっき店員から受け取っていた剣をこちらに見せる。
「見ての通り、武器を購入してたのよ」
剣を買うってことは……。
「会長、役柄は戦闘職か?」
「一応……そうなるわね」
まじかよ。羨ましいな。というかこれまで人の役を聞いて羨ましいと思わなかったことがないのだが。
「へえ、ちなみに何?」
「え……」
続けての質問に一瞬言葉に詰まりながらも返されたのは驚愕の内容だった。
「っと……ゆ、ゆうしゃよ」
「「ええええええええ!?」」
俺達の絶叫に会長も驚き仰ける。
「ちょ、ちょっと驚きすぎよ」
会長は『落ち着いて』となだめてくるが、そう簡単にこの興奮も戸惑いも覚めない。
「いや、でも、ええ?」
まさかこんなことが……いや、でもそうだよな。落ち着いて考えたら何も勇者は一人とは限らんよな。
だってもし一人だけだったら、全くやる気のないやつが勇者になったらゲームとして成り立たなくなるもんな。例えば彩乃とか、彩乃とかね。
俺が冷静に分析し始める横で、もう一人の勇者は更にエキサイトしていた。
「麻衣ちゃん、私も勇者なんだよ!」
『はっはっは』と、犬みたいな呼吸をしながら彩乃が言うと、今度はそれに会長が目を見開いた。
「えっ、それって勇気の勇の……勇者?」
何の確認だよ、と突っ込みたくなる質問だがその気持ちはわかるぞ。
「まさしく、それ!」
「そ、そう……なの」
興奮から醒めない彩乃に対し、早くも落ち着きを取り戻した感のある会長。こういうの見ると、やっぱりタイプが違うなあと思うのだが、それはさておき。
「なあ、会長もPTに誘おうぜ」
親友と再会できたからか、ひたすらテンション上がりっぱなしの彩乃に耳打ちする。
だって、ダブル勇者とか実現したら無敵じゃないか。
「いいね! 麻衣ちゃんがいてくれたら楽できそうだし!」
うむ。理由はなめとるが賛成には違いない。
「ねえ、麻衣ちゃん、私達と一緒に行動しようよー」
「……私を仲間に入れてくれるの?」
決めたらノータイムですぐに誘うあたりが彩乃らしい。控えめに聞き返す会長に、二人で首をぶんぶん縦に振る。
「でも、お邪魔じゃないかしら」
「そんなわけないよ。麻衣ちゃんが一緒だったら私嬉しいよー。ねえ、一緒に行こー」
彩乃は嘘を言ったり合わせたりするのが苦手な性格だ。親友である会長がそれを知らないわけがない。そんな彩乃の熱心な誘いに彼女はにっこり笑い頷いた。
「じゃあ、お言葉に甘えて入れてもらおうかしら」
「やったー!」
大喜びの彩乃だが、俺も内心大喜び。特に彩乃の保護者が増えた的な意味で大喜び。
「ところで仲間に入れてもらったのはいいけど、これから何をするかは決まっているのかしら?」
さくっとPTに加えたところで、会長からそんな質問を投げかけられる。
「これから囚われのお姫様を助けに行くんだよー」
「なるほど。王様の用事っていうのはそれだったのね」
「勇者として初のお仕事だよ」
言って、ヒーロー? を意識したような謎の姿勢を取る彩乃。冷めた目で見る俺とは対照的に会長は微笑ましく眺めている。
「なんだか楽しそうね」
「楽しいよ。わくわくだよー」
こいつ遠足か何かと勘違いしてるんじゃないだろうか。そういう余裕のセリフはせめてスラを倒せるようになってから言ってもらいたい。
とはいえ、会長が仲間になったのもあるのだろうが、彩乃がこのゲーム世界を楽しみ出したことを素直に喜ぶべきかもな。
「それですぐに出発するの? それともここに来たってことは、先に買い物ってとこかしら?」
「そうそう。買い物に来たのー」
うむ。会長は理解が早くて助かる。
「いらっしゃいませ」
早速、店員さんに品物を見せてもらったのだが、ここで扱われているのは北の村にあった二つの武器に鉄の斧が加わっていた。
棍棒 …… 100G
鉄の剣 …… 500G
鉄の斧 …… 1000G
ちなみに俺達が持ってるのは1000Gとちょっと。
「鉄の剣を二本買うか」
「うん。わかったー」
彩乃が購入の意思を告げお金を置くと、村でも聞いた店員のセリフが。
「すぐに装備なさいますか?」
「はい!」
確認に対して頷くと、鞘に収まった剣が手渡される。
彩乃はすぐに『いぇー』と言いつつ、鉄製の剣を抜き高々と掲げる。
剣かっこええ、俺も早く掲げてえ!
ワクワクしながらその時を待ちわびていると、信じられない言葉が耳に届く。
「お客様はこの武器を装備できませんが、本当に購入されますか?」
「へ?」
そ、装備できない……だと?
そして間の抜けた返事をした俺に更に追撃が。
「村人は鉄の剣を装備できませんが、それでも購入されま……プッ」
何噴き出してんだ、この野郎!
「プッ」
「え?」
斜め後ろから追加で聞こえた、噴き出し音に振り返る。
会長が肩を震わせながら、明後日の方向を見ているが……まさかな。
「それでお客様は購入されるんですか、されないんですか?」
会長の様子を窺っていると、再度店員から購入意思の催促を受けた。向き直って見ると、店員の頬は何やら微妙に引きつっている。
って……笑い堪えてんじゃねえぞ、この野郎!
「いえ、結構です……」
握られた俺の拳は怒りに震えていた。
不本意な形で買い物を終えたあと、少し離れたところで武器屋を振り返ると、いまだにやけた顔をする店員の顔が見えた。
「くそっ、あいつまだ笑ってやがる。一体何が面白いんだよ!」
怒りに任せ声を荒げると、彩乃と会長に『まあまあ』となだめられた。
「そんなに怒ることでもないでしょう。思わず笑ってしまうことくらい誰しもあるわ」
「いや、思わずじゃないって。あいつ見てくれよ。今この瞬間にも思い出し笑いをしてんだよ」
それに誰しもっていうか会長だよね、思わず笑ったのは。
「勇ちゃん、ほら、あれだよ。笑いが取れてよかったじゃん」
好意的に取って解決しようとする彩乃だが、そもそも俺は別に笑わそうとしていない。
「笑ったというよりも、失笑って感じだろ……」
なんかどんどん腹が立ってきたぞ。今や俺の怒りは天井知らず。
「そんなことないってばー」
「でも、あいつ俺が剣を装備できないのが面白かったんだろ」
「……か、考えすぎだよ」
何ですか、その間とひきつった笑顔は。
「じゃあ、あいつがあのタイミングで笑った理由は何なんだよ」
「そ、それは……」
俺の質問に、もごもごと口ごもる彩乃。
これはもう認めたと取っていいよね。なるほど、やっぱりぼくは笑いものにされたんだね。いいさ……いいんだ。
「私の見解を言ってもいいかしら」
心の中で自虐に耽っていると、そんな会長の声。
「え? あ、うん」
「彼が笑った理由だけど、おそらく村人の坂野君が背伸びをして鉄の剣を買おうとするも、装備できないと指摘されてしまい期待していた表情が一転、絶望の表情に変わったのがツボだったんじゃないかしら」
会長の口から軽快に紡ぎだされる屈辱の内容。
ってか、そんな長い口上をよくすらすら言えたな! 心の底から思ってないと言えないだろ!?
「そ、それってさ…………」
「ずばり、嘲笑というやつね」
……もはや完全に会長が笑った理由だよね。ありがたすぎて涙出そうだわ……というかちょっと出てる。
そんな哀愁が漂ってそうな俺の肩に、彩乃はポンと手を置き一言。
「元気出しなよ」
「ほっとけ。元気は有り余ってんだよ」
ゆっくりと肩を回し、添えられた手を退ける。
「あぅ……なんか勇ちゃん、この世界になってから怒ってばかりだね」
「精神衛生上、よくないことばかり起こるからな」
「んーどんまいだよ」
言いながら、彩乃はぐっと親指を立て突き出してくる。
お前もそれに一役買ってることに頼むから気付いて。
「しかし、あれね……まさか、坂野君がただの村人だったとは」
会長からしみじみと呟かれる、蒸し返して欲しくなかったワード。
言い放ってすぐ口元を隠しちゃったり、肩震わせちゃったりしてるけど、まさか笑いを堪えてないよね?
いや、むしろ笑っちゃってないよね?
「悪かったな、ただの村人で……」
「あら、悪いなんて言ってないわ。ちょっとびっくりしただけよ」
あんた、びっくりすると笑うんか。こっちがそれにびっくりだわ。
そこで不意に彩乃が人差し指をふりふり、ちっちと舌打ちする。
「麻衣ちゃん、勇ちゃんはただの村人じゃあないよ――」
ん? こいつ急に何を……。
「――村人のエースだよ!」
彩乃さーん! それもう忘れてくださーい!
「エース?」
「ああああ! なんでもない。なんでもないから。俺ただの村人だから気にしないで!」
「え、ええ……?」
覚えなくていいことほどよく覚えている――それは河野彩乃七不思議の一つ。