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ついにノンバーに到着した俺達。まずは王様に会おうということで、城下町では一切寄り道せず城へと向った。
「わああ、本当に大きいねえ」
彩乃は洋風の城を初めて目の前にして大興奮。そしてそんな様子を見た衛兵から『ようこそノンバー城へ』と笑顔で歓迎を受ける。
どうやら城門は開放されているようで、特に制止されたりすることもなくあっさりと城内に入ることができた。
「王様はどこにいるのかなー?」
「うーん……多分上の階だと思うが」
歩き回ればすぐ見つかりそうな気もするが、できるだけ無駄な手間は省きたい。それに村長さんの時みたいに、余計な知識を活用して怒られることになっても嫌だしな……。
ということで、俺は最寄にいた兵士らしき人物に声をかけることにした。
「すいません。王様ってどこにいますか?」
「陛下でしたら二階の謁見の間にいらっしゃると思いますが、あそこへは許可なく立ち入ることはできませんよ」
「えー! どうしよう……王様に会えないのかな?」
なるほど。城内に出入りすることはできても、さすがに軽々しく王様には会えないってことか。ま、当然っちゃ当然だが。
「実はこいつ勇者でして、王様に会わないといけないみたいなんですけど」
「なんと、あなたが勇者様でしたか! これは失礼しました」
困惑する彩乃の顔を指差し事情を告げると兵士は驚き頭を下げた。
「では、私が陛下のところまで案内致します」
先導してくれる兵士のあとに付き、近くの階段を上り始めたところで彩乃が顔を近づけ小声で話しかけてくる。
「ねえ、私、様って付けられちゃった」
「ん、おう」
「なんかここにきて、ようやく私勇者なんだって実感してきたー」
どうでもいいことで嬉しそうに顔を崩し、鼻息荒く語る彩乃なのだが。
「いや、実感も何もお前勇者が何かもわかってないんだろ……」
「そうとも言うね」
「そうとしか言わないんだよ!」
くだらないやり取りをしつつ階段を上り切るとそこは広間になっていた。
少し離れた先には豪華な服装に身を包み高そうな椅子に腰掛ける王様らしき人物と、隣にはおそらく王妃であろう女性が見える。
「陛下、勇者様をお連れ致しました」
そう言って先導していた兵士は片ひざをつき恭しく頭を下げる。
ちゃんとロールプレイしてるんだなあと感心していると、隣から服の袖をくいくいと引っ張られた。
「ん、どうした?」
「ねえ、あれっておじさんとおばさんじゃない?」
とぼけた顔で指差す先を見てみると、そこにはよく見知った顔があった。
「は? 嘘だろ!?」
思わず大きな声が出てしまう。そして、どうやらむこうも俺達に気付いたようだ。
「勇輝じゃないか。それに彩乃ちゃんも」
「あらあら、二人とも元気そうね」
そう気さくに声をかけてきたのは、なんと俺の父と母だった。
「いや……そっちも元気そうで何よりだけど……ここで何してんの?」
まあ、なんとなく察しは付いたけどね……。
「それが俺、王様になっちゃってさあ」
「私は王妃様なのよ」
「あっそ……」
「おじさん、おばさん、すごーい!」
思った通りの展開に長いため息が出る。そして冷ややかな俺とは対照的に拍手して盛り上がるお隣さん。
幸せそうだな、お前は……。俺はびっくり通り越して引いてるわ。
「いやあ、まさか一国を任されることになるとはなあ」
「びっくりしたわねえ」
「すごいねー。おじさんが王様なんだってー!」
「はい、はい。すごいねー」
「ちなみに瑠花はお姫様なんだぞ」
「すごーい! 瑠花ちゃんお姫様だってー!」
「はい、はい。すご――」
ん? 瑠花が……妹の瑠花が……お姫様?
「――って、なんで家族で俺だけがのけ者にされてんだよ!」
「そんなこと俺達に言われてもなあ」
「ねえ」
わかってる。ランダムで決められたものだから言ってもしょうがないことくらい。
……でも、だからこそおかしいんだろ!
ランダムのはずなのに……何でお前らは家族設定なんだよ!
いや、決して俺だけ仲間外れなことを怒ってるわけじゃないよ? ましてや村人なことを怒ってるわけじゃないからね?
「瑠花ちゃん、お姫様かー。いいなあー」
お隣さんは俺を置いてきぼりで盛り上がり続けてるしよ……。
「んで、その瑠花はどこにいるんだよ……」
展開的にそろそろひょっこり顔を出してもおかしくないのだが、お姫様こと妹は一向に姿を見せない。
「それが、さらわれちゃってなあ」
「は?」
サラワレタ? ああ、お皿が割れたのね。それって今関係なくね?
「瑠花、さらわれちゃったのよ」
「いやいやいやいや!」
うおーい! もしかしてこの人達、頭おかしくなっちゃったのか!?
「何とんでもないこと、涼しい顔で言ってんだよ!」
「大丈夫だって。身の危険は一切ないって言ってたし」
「誰がだよ」
「瑠花を連れてった人が」
「だからそれは誰なんだよ!」
父は興奮する俺に落ち着けと軽い感じでいなしてくる。
なんで娘がさらわれてそんな冷静でいられるんだよ。
「えっと……母さん、名前なんて言ってたっけ?」
「うーん、何だったかしら……忘れちゃったわ」
「あんたら、いい加減すぎるだろ!」
もし瑠花がひどい目に遭わされてたらどうするんだ。
思わず詰め寄ると両親もさすがに真剣な表情を浮かべ答え始めた。
「そんなに心配するな。勇者に助けてもらうまで贅沢しながら待つだけの簡単なお仕事だって言ってたし、ちゃんと連絡も取れる。さっきも母さんが電話で話したんだぞ」
「勇輝、本当に無事なのは間違いないのよ。会いに行こうと思えばちゃんと会うこともできるんだから」
「……そう、なのか」
「ええ、だから安心して」
……んー……まあ、無事がわかってるなら……うん。
さっきまでとは違う真面目な説明にようやく気持ちが収まる。そしてほっとした反面、今度はゲームの世界観をぶち壊す発言が気になった。
「わかったけどさ、そういう裏設定を軽々しく口に出すなよ。世界観がぶち壊しになるから」
「いや、こっちも言う気なんてなかったけど、あんまりにもお前が心配してるみたいだったからさあ」
「し、心配なんかしてねーよ! もういい。頭痛いくなってきた……彩乃あと任せるわ」
額に手を当てつつ元の場所まで下がると彩乃はドンと胸を叩いた。
「よくわかんないけど、任せて!」
「おお、彩乃ちゃんと話すのも久しぶりだなあ」
気さくに話かける王様こと俺の父。俺の幼馴染である彩乃とはもちろん旧知の仲だ。
「ご無沙汰してますー」
「私とは結構会ってるのよね」
「まあ、俺とは時間も合わないだろうしなあ」
「そうねえ」
「彩乃ちゃん、たまには昔みたいにご飯食べに来たり、泊まりにも来てよ」
「はい!」
どうでもいい世間話が、俺の前で展開されていく。
こいつら、まるでストーリーを進ませる気配がねえ。
「おい、何を話してんだよ。まずはこのゲームをクリアしねえとだろ」
「えぇ、私に任せるって言ったのに……」
俺が割って入ると彩乃は不服そうに口を尖らせた。そして向こう側にもう二つ納得いかない顔が。
「久しぶりの彩乃ちゃんとの会話だっていうのに……」
「この空気の読めなさ……一体誰に似たのかしら……」
「あんたらだよ!」
俺の突っ込みに二人は顔を見合わせ、やれやれと両手をたなびかせ顔を振っている。
うっぜえなあ……。
「あ、そういえば二人の役はなんだ?」
「ぶー!」
唐突に息子が鬱になるような話題を放り投げてくる父。
「おじさん、私勇者なんですー」
「そうか! そういえばさっき兵士が、勇者様をお連れしたとか言ってもんな」
忘れてたんかよ……通りで世間話が続くわけだ。
「彩乃ちゃん、勇者だなんて凄いわねえ」
「ああ、立派だよ」
この人達、勇者って何かわかってんのかな……。
一方、二人から誉めそやされた彩乃は照れ笑いを浮かべている。
「そんなあ……実は私、勇者が何かもわかってないんですよー」
指を髪にくるくると絡ませつつ謎のカミングアウト。
それって、もしかして謙遜してるつもりなのか? ただ無知をさらけ出してるだけだぞ。
「大丈夫。俺も全くわからんから心配いらんよ」
それ大丈夫じゃないし、心配いるし。
「そうよ。私もわからないんだから安心してね」
「よかったー」
だから安心できないし、全然よくないから。
「ちょっと待て。わからんのに心配いらんとか安心しろとか言ってることが無茶苦茶だぞ」
俺の苦言にしばし無言のあと再び肩をすくめ、やれやれと見合う両親。
だからやめれ、それ。俺別におかしなことなんて言ってないだろ。
「それで、お前は?」
「は?」
「お前は一体何の役なんだ」
「……あー」
そこで俺は、はたとした。今まで気にも留めていなかったが、周りには大勢の兵士がいるのだ。
こんな多い観衆の前で村人だなんて……言い出せるわけがない!
どうする、どうやってこの場を切り抜ける――
そんな折、懸命にやり過ごす方法を考える俺の傍らからそれは告げられた。
「おじさん、勇ちゃんは村人です!」
この子、言っちゃったよ! しかも手を上げて、元気にはきはきと言っちゃったよ!
「村人?」
「勝手に言うんじゃないよ!」
「へ? 言っちゃ駄目だったの?」
うわーん。天然の人、怖いよぅ……。
「お前、ただの村人なのか?」
父からの問いに一瞬言葉が詰まったが、ここでしらばっくれてもしょうがない。
「……ああ。そうだよ」
俺が肯定すると父と母は微妙な視線を交し合う。その後、軽く何度か頷くとこちらに視線を戻し、父が一言。
「……養子になるか?」
「ほっとけや!」
「王子になれるのよ?」
「いらんわ!」
なんか、またやれやれってやってるし……本当にうっざいわあ、あいつら。
「おじさん、待ってください。勇ちゃんは私と一緒に魔王を倒しに行くことになってるんです」
そうだ。俺は魔王を倒すんだ。お情けで王子になんかなりたかねえ!
「そうか……わかった。頼りない息子だけどよろしく頼むよ、彩乃ちゃん」
「うちの子を見捨てないで頂戴ね」
「おい、まるで俺がどうしようもないドラ息子みたいに言うな」
「大丈夫です。任せてください」
むしろどっちかっつうと、俺がこいつの面倒を見てやってるくらいなのによ。彩乃は彩乃で完全に調子に乗っちゃってるし。
「お前そんな偉そうなこと言うなら、これからはちゃんとスラと戦えよ」
「それは無理」
「うぉーい!」
「勇輝、何を怒ってるの。心は広く持たなきゃ駄目よ」
「そんなんもう限界まで広げてんだよ!」
「よし。じゃあ話はこのへんで切り上げて、瑠花を助けに行ってやってくれ。確かさられた先は西の方にある屋敷だから」
「え、はあ!?」
間違いなく重要な情報なのに説明が雑。というか話の切り上げ方自体が非常に雑。どうでもいい世間話で盛り上がってたくせに肝心な部分だけ尋常じゃなく雑。
「おい、一番大事なことを流して言うなよ。もっとちゃんと説明しろって!」
「お父さんはな、お腹が減ってるんだよ。これから母さんと一緒に普段じゃ食べれないような豪華なご飯を食べるから、お前は早く瑠花を助けに行け」
「うそーん!?」
そんなとこまで優遇されるのかよ。役柄で色々と差がありすぎだ。村人なんてお金すら持ってないんだぞ。ヒモ状態なんだぞ!
「ちょ、ちょっと待て。俺だって豪華なご飯食べたいし」
「お前は村人だから無理だろ」
至極冷静に言われてしまった。
だがしかし、ここであっさりと引き下がるわけにはいかない。これまでの納得のいかない気持ちを胸にここは断固戦うぜ。
「いや、こっちは勇者ご一行様だぞ。俺達にも食わせろ」
「わがままを言うな。それに偉そうにしてるけど勇者は彩乃ちゃんであって、お前じゃないだろ」
「何だと――」
激論の最中、不意に彩乃が俺の腕を引く。
「ゆ、勇ちゃん、もうやめてよぅ」
「は?」
ば、馬鹿な。彩乃が止めに入る……だと? ご馳走となれば、いつもは我先にと食い付くこいつが、なぜ……。
「お前、豪華な飯食べたくねえの?」
「それはものすごく食べたいけど……私、ちょっと恥ずかしいよ」
彩乃は何やら顔を赤らめ、居心地悪そうにもじもじとしている。
……は、恥ずかしい?
そこで冷静になって周囲を見渡してみると、居並ぶ兵士達の困惑した顔に気付いた。
「あ……」
いっけね。周囲の状況をすっかり忘れてた……。
「困ったやつだ」
「本当に……」
固まった俺に浴びせられる父と母の嘆息。
思わずまた言い返したい衝動に駆られたが、全方位からの冷めた視線に俺は黙り込んだ。正直なところ、今や一刻も早くここから出たい気持ちが強い。
「話、進めていいか?」
「……ああ」
「では、勇者よ、姫のことを頼んだぞ」
「彩乃ちゃん、がんばってね」
「はい」
そして俺と彩乃は逃げるように城をあとにしたのだった。