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「ストップ、ストップ」
「ん、勇ちゃんどしたの?」
レッツ朝飯になったのはいいとして、普通はまず何食うかって話になるわな。なのにこいつらときたら当てもなく歩きよる。
「朝飯はいいけど、何食うんだよ」
きっとコンビニとかもないだろうし、気軽に朝食って言ってもどうするかってとこなんだけど……。
「私、ラーメン食べたいなー」
で、出たー! 彩乃先生の無茶振り、朝一から出たー!
「ラーメンて、お前……」
「なんかさー、食べたくない?」
「いや、食べたい食べたくない以前に、ラーメン食えるとこなんてねえだろ」
俺は半ば呆れて、彩乃を白い目で見たのだが、返って来たのは全く想定外の答えだった。
「あるよ。昨日見たもん」
え、あるの!?
白い目を疑いの目に変えて見やるも、彩乃は『大丈夫』と自信をのぞかせた。
「絶対あるから」
絶対て……そういうとこだけめざといな! ゲームの進行上大事なことは見逃すくせに。
「ってか、あったとしても、こんな時間にやってなくねえ?」
「大丈夫。その店、朝っぱらからラーメン食おうぜって書いてあったから」
なんだその店のうたい文句は。あと本当にめざといな!
しかしこれだけ彩乃が強気なのだから、とにかく存在はするのだろう。となるとあとは食べたいかどうかって話なんだが。
まあ、朝といっても皆だいぶゆっくりと出て来た。もう十時は過ぎていそうだし、お腹も結構減っている。特に俺は皆と違って昨日の晩飯すら食いっぱぐれてるからな。
「いや、俺は腹減ってるからいいけどよ」
そう言って、チラリと他のメンバーに目を移すと、
「別にいいわよ」
「私も構わないわ」
などと言った感じで、意外と反対意見はでなかった。そういうことなら、これ以上は言うこともない。
「じゃあそこ行くかあ」
「行こう、行こうー」
そして今回もお金を持たない俺は、嬉々として歩き出した彩乃を頼ることに。
「そうだ。彩乃、また俺の分も出してくれよ」
「うん、任せてー」
そんな会話の途中、山本が眉をひそめた。
「何あんた、彩乃にたかってんの?」
「しょうがねえだろ。財布も金もないんだから」
俺だって彩乃に恵んでもらうだなんて、ちょっと屈辱ですらあるわ。そしてこれからも事あるごとに、彩乃にお願いしなくちゃいけないこの面倒臭さといったら……本当、なんちゅうバグだよ……。
俺が頭を抱えていると春奈ちゃんが思い出したように『あっ』と、口を開いた。
「実は今朝部長から連絡がありまして、坂野さんの財布の件はもう修正されたみたいですよ」
「ま、まじでー!?」
「はい」
急いで所持品を確認すると、確かにこれまでなかったお金の袋がいつのまにやら追加されていた。
「本当だ。あった!」
「勇ちゃん、よかったねー」
ひゃっほー。これで、もう誰にも気兼ねなく買い物ができる!
「そういえば他にも財布がない方がいるかもしれないと、調べたらしいんですけど、結局なかったのは坂野さんだけらしいですよ」
「……俺だけなんだ」
「はい。とんでもなく凄い確率です」
そら、そうだろうね……。
「勇ちゃん、すごーい!」
「やるじゃん、坂野」
いや、あんま嬉しかないな。
「もしかして運を使い切ったんじゃないかしら」
「そんな、あほな!」
どうして悪い方に転んで、運まで使い切らなくちゃならんのだ。この世界、神も仏もあったもんじゃねえな。
「他のバグも相まって、運営の皆さんからは奇跡の男と噂されてるそうですよ」
「ゆ、勇ちゃん、奇跡の男だって!」
「それ、皮肉だからな!?」
額面通り受け取る彩乃に、ツッコミを入れる。
ってか、噂してる連中、絶対俺をネタにして笑ってるよな……なんだかその光景が目に浮かんで来て、腹立たしいわ。
「あと、心ばかりですが、お詫びのお金も入れてあるそうですよ」
「ま、まじか!」
春奈ちゃんの言葉で、げんなりしかかっていた俺の心に光明が差す。
そういうのを待ってたんだよ! 無意味な褒め言葉もらったり、不名誉な称号付けられても嬉しくもなんともねえし!
小躍りしながら袋の中身を確認すると、中には百と書かれたコインが三枚と、五十と書かれたコインが一枚入っていた。
ふむ、三百五十Gか……って、確か初期金額は三百Gだったよな……。
おいおい、差し引き考えると本当に心ばかりだな。これで納得すると思われとんのかい。こんなん喜ぶどころか逆効果ですらあるわ!
「あの、これさ……」
春奈ちゃんへ抗議を入れようとしたその時、山本にポンと右肩を叩かれる。
「財布もあったことだし、ラーメン屋は坂野のおごりね」
え?
更に呆気に取られる俺の左肩を会長が叩く。
「そうね。大盤振る舞いしてもらわないと」
ええ!?
「なんで!?」
「当然でしょう。だって財布が見つかったお祝いだもの」
「いや、言ってる意味わかんねえから」
どうして見つかったお祝いで、俺が皆におごらなきゃいけないんだ。それに見つかったんじゃねえ。最初からなかったんだよ!
「お祝いじゃしょうがないねー。今回は勇ちゃんに払ってもらおっと」
「ちょっと待って」
「あ、えっと、ご相伴にあずかります」
おーーーーい……。
そこからああだこうだと問答しつつラーメン屋に到着。
結局抗議もむなしく、なぜか皆の分まで払うことになってしまった……。もうこうなったらできるだけ安く済むのを願う以外ねえ。
そんなことを考えながらメニューを見る。
ふむ、普通のラーメンなら一杯五十Gか。五人全員分払ってもなんとか百G余るな……。
「決まった?」
会長の確認に対し全員が頷き、店員さんを呼ぶ。
さあ、ここからが勝負だ!
「何になさいますか」
「私はチャーシュー麺を――」
い、いきなりチャーシュー麺だと?
真っ先に声を上げた山本は、心中穏やかでない俺を横目に、少し考えるそぶりを見せた。
ま、まさか更に大盛り!? そういえばこいつなかなか食べるほうだったような……。
「――チャーシュー抜きで」
「なんだそれ!?」
謎すぎる注文に俺は元より、店員さんまでもが困惑している。
「今ダイエット中なのよ」
あ、ダイエット中なんだ。よかった大盛りじゃなくて……って、だったらチャーシュー麺じゃなくていいだろうが!
「なら普通のラーメンでいいな」
「仕方ないわね。じゃあ、ラーメンで」
ばっきゃろう。何が仕方ないわねだ。チャーシュー麺でチャーシュー抜いたら、もはや無駄に金を払うだけじゃねえか。人の金だと思って、えげつねえこと考えやがる。
「私はネギラーメンを――」
続いて注文の声を上げた会長も似たようなところで口を止めた。
こ、今度こそ大盛りなのか!?
「――ネギ抜きで」
「会長も普通のラーメンでいいな」
「……では、ラーメンをネギ抜きで」
ネギは抜くんだ……ネギ嫌いのくせになんでネギラーメン選ぼうとするんだよ。意味わかんねえわ。えげつねえわ。店員さんも、えれーやつら来ちゃったって顔してるわ。
「私はー、トッピング全部乗せを――」
そして彩乃がメニューを見ながら、やはり二人と同じところで悩む。
もうそのネタはいいっつの!
「はい、はい。お前も普通ので――」
「――特盛りで!!」
って、ガチか! しかも大盛り通り越して特盛りかよ!
「あと餃子と小ライスもお願いします!」
「どんだけ食う気なの!?」
人畜無害な顔して、こいつが一番えげつねえわ。
「あ、私はラーメンで」
最後に春奈ちゃんが普通に注文する。
いい子やなー、この子。もしかすると他がひどすぎて感覚が麻痺してるだけなのかもしれんが……。
そして俺も当然ながら普通のラーメンを注文した。
……って、いきなりすっからかんやんけー!




