26
次の瞬間、なぜか俺は皆の背中を見つめる形で意識を取り戻した。
あれ? 俺って彩乃に抱えられてなかったっけ。
「ゆ、勇ちゃんが、勇ちゃんが消えるちゃったよおー」
『うわああん』と声を上げて、泣き崩れる彩乃が見える。
「う、嘘でしょ……」
つぶやいた山本は両膝を突き、肩を小刻みに震わせている。
「……そんな」
搾り出すように声を出した会長は、右手で顔を覆った。
春奈ちゃんと先生は、そんな三人の背中を見つめ、立ち竦んでいる。
これは、一体どういうことだ……。
「わ、私のせいだ……私に……勇気がなかった、から……」
嗚咽混じりに彩乃が言う。
「彩ちゃんのせいじゃない……私が、私があんな場面で転んだから……」
「違う、木村さんのは不可抗力よ。私が気を取られたせいで、こんなことに……」
お互いを庇いあいながら、最後に声を詰まらせる仲間達。
「……勇ちゃーん!」
「どうした?」
「「「「「えっ?」」」」」
彩乃の絶叫を受け、後ろから声をかけると驚いた表情の五人が一斉にこちらへ振り返った。
「ゆ、勇ちゃん?」
「おう。どうした、彩乃」
返事をすると、彩乃は言葉が出て来ないのか、何度か口をぱくぱくさせた。
他のメンバーも同様に驚きの表情で固まっている。
「……ゆ、勇ちゃん、大丈夫なの?」
「ん、なんかよくわからんけど、見ての通りピンピンしてるぞ」
目を点にしていた彩乃が、今度は顔全体ををくしゃくしゃにする。
「勇ちゃーん!」
俺の名前を叫びながら飛び込んでくる彩乃。
「ちょ……」
それを受け止めようと俺は腰を落としたのだが、どういうわけか彩乃は俺の体をすり抜けていった。
「ばふぅ」
そのまま勢いよく地面に体をぶつけた彩乃が唸る。
「あ、あれ?」
「ゆ、勇ちゃん……避けるなんてひどいよ……」
彩乃は涙目で苦情を入れる。
「よ、避けてねえって!」
「ちょっと待って。あんた……なんか薄くない?」
「え……?」
山本の言葉を受け自分の体を見てみると、何やら半透明になっているのに気付いた。
「ほんとだ……なんだこれ」
「あっ、これ魂状態ですね」
不思議がる俺に春奈ちゃんが教えてくれる。
「通常はその場で魂になるのですが、おそらく彩乃さんが同じ場所にいたから、近くに移動させられたんでしょう」
なるほど、皆の後ろに瞬間移動したのはそのせいか。
「待って。魂状態ってことは……」
会長が顎に手を当て、ぽつりとこぼす。
「ええ。坂野君にもちゃんとシステムが適用されたようですね。もう安心です」
にっこり笑って答えた先生の言葉に全員が笑顔を見せる。
「勇ちゃー……ばふぅ」
再び俺に飛び込もうとして、地面と抱き合う彩乃。
こ、こいつ、学習能力が皆無なのか。
「勇ちゃん、ひどいよー!」
砂の付いた顔を真っ赤にして怒る彩乃。
「いや、俺に文句を言われてもな……」
すり抜けるのは魂状態のせいだし、一度経験した上で突っ込んで来たのはお前だし。
「さっさと教会行って蘇生して来なさいよ」
俺にそっぽを向きながら、山本が言う。
「ああ、そうだな……って、俺一人で行っても駄目だろ。金もいるだろうしよ」
「そんなの蘇生してもらったあと払えばいいでしょ。ほら、さっさと行きなさいよ」
「いや、待て待て。そもそも俺、金とか持ってないから無理だって」
急かす山本に、必死の抗議を入れる。
「は? あんた、お金持ってないの?」
顔を背けていた山本が、俺の発言に驚きの声を上げこちらを見る。
……その目は、心なしか赤い気がする。
俺は戸惑いつつ頷くと、岸川先生が首を傾げる。
「それはおかしいですね……全てのプレイヤーにお金の袋は初期装備で備わっていて、戦闘などで得たお金はPTメンバー全員に平等に分配されるはずなんですが……」
更に春奈ちゃんが先生に続いて口を開く。
「もしかしてバグでしょうか……」
「このゲーム、バグ多すぎじゃね!?」
しかも俺ばっかり。
「うーん……聞くところによると、ぶっつけ本番で臨んだみたいですからねえ」
「全くテストしてねえのかよ!」
ゲームの特性を考えると、もはや人体実験と呼んでもいいレベル。
「ま、まあ、修正やサポートはしっかりと行なっていくって話ですから」
そう言って乾いた笑いで誤魔化す、上役GMこと岸川先生だが、そんなの当たり前のことだろ。恐ろしい話やで、ほんま……。
「と、なると……さしあたっては、私ら三人で坂野の蘇生代を払わないといけないってことよね……」
「坂野君を蘇生するのに、私達のお金が必要だと思うと、気が滅入って来るわね」
「ふざけんな、名誉の戦死だぞ! それにお前ら本来俺がもらう予定だった金が分配されてるはずだろ!」
「そういうの自分で言っちゃうあたりが坂野よね……」
言って、山本はため息を吐いた。
こ、こいつら、人が無事だとわかるや否や、怒涛の攻撃を展開して来やがる。
「あのー……そもそも教会って無事なんでしょうか……」
第一次お金大戦が勃発する中、春奈ちゃんがぽつりとつぶやいた。
そこで改めて見渡してみると、街中は当然だが惨憺たる有様だった。
これでは、よしんば教会が壊れていないとしても、神父さんは避難して不在の可能性が高い。
「あー……」
もしかすると、しばらくこのままかもしれないな……。
あきらめのため息を吐いたところで、岸川先生がひょいと一歩前に出る。
「今回の件はこちらの不手際によるものですし、特別にこれを……」
先生はそのまま彩乃の前まで来ると、『奇跡』と書かれた小さな袋を手渡した。
「なんですか、これ?」
きょとんとする彩乃に、先生が説明する。
「蘇生アイテム『奇跡の粉』です。それを振りかけることで、魂状態のプレイヤーを蘇生することができます」
「えっと……勇ちゃんを触れるようになるのかな」
「ええ」
先生の回答に、彩乃が袋をかざして満面の笑みを浮かべる。
「勇ちゃん! 私いいもんもらったよ!」
「で、でかした!」
いや、別に彩乃の功績でもないんだけど、なんか勢いで。
そんな感じではしゃいでいると、隣の会長がしれっとした顔で言う。
「それ、坂野君に使うのもったいないし、今後のために取っておかない?」
「お願いだから、使って!」
その後、何とか使用を認めてもらい、彩乃から『奇跡の粉』を振りかけられる。
ってか、取っておくっていう選択肢が出ること自体おかしいんよ。
俺を蘇生するために渡されたものなんだからさ……。
ちなみにかけられ方だが、頭からさらさらーではなく、袋から粉を鷲づかみにして撒かれる感じ。
こんなことするのは、きっと花咲か爺さんか、彩乃さんくらいだろう。
もしかすると蘇生したあと、頭に桜の花が咲いちゃうかもね。
そんなこんなで、粉を全て使い切ったところで、俺は光のエフェクトに包まれ、半透明から元通り普通の体へ――
「勇ちゃーん!」
――と、戻ったか戻らないかくらいで、タックルをかましてくる彩乃。
「おぅふ」
「ばふぅ」
結果、今度は二人で地面とくっつくことに。
「勇ちゃん、ちゃんと支えてよー」
文句を言う彩乃は笑顔だ。
「お前、いきなりすぎるんだよ……」
そして俺の蘇生を確認した岸川先生が笑顔で頷く。
「無事蘇生できたようですし、次は皆さんにお貸した装備を回収させてもらいましょうか」
先生の言葉に、山本が苦笑いする。
「あ、やっぱり返さないと駄目ですか?」
わかる。わかるよ、その気持ち。
あれ、おかしいな……俺には関係ないってのに涙が。
「ええ。そのままでは色々と問題があるので」
渋々ながら装備を返そうと動き出した三人を、先生が右手を上げ制止する。
「こちらでまとめて回収させてもらうので、手渡してもらわなくて結構ですよ」
「あ、はい」
ほう、そういうこともできるのか。
などと感心していると、次の瞬間、目の前にとんでもない光景が映る。
「えっ!?」
「なっ!」
「ちょ!」
「?」
皆が身に纏っていた装備は突如消え、三人の下着姿がさらけ出された。
「かわいそうな坂野君に、ちょっとサービスを」
「は?」
「「もっかい死ね!」」
うろたえる俺に山本と会長から強烈なパンチとキック。
魂の時にしてくれ……よ……。
「ありー? なんで私、下着だけになってるのー」
彩乃は一人平和だった。




