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勇者な幼馴染と村人Aな俺  作者: 松田利斗
初めての勇者
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「んじゃ、いっちょ行きますか」


「あ、待ってください。一つ大事なことを言い忘れてました」


 腕まくりして戦闘態勢に入る山本に、先生が待ったをかける。


「はい?」


「あのドラゴンには、魔王属性というのが付いています」


「魔王属性?」


 俺も含め、PTメンバー全員が先生の言葉に首を捻る。


「ええ。魔王属性があると勇者が攻撃を入れない限り、どれだけダメージを与えても倒せないのですよ。本来は魔王にしか付いていない属性なのですが……」


 なるほど。今回、勇者の参戦が討伐の絶対条件なのはわかった。幸いうちには勇者がいるし、その点においては条件をクリアしているのだが。


「勇者って……」


 俺のつぶやきに、皆の視線が彩乃へ向く。


「む、無理だよう」


 注目を浴びた彩乃が、ぶんぶん首を振る。


「とにかく河野さんは、かすり傷でもいいのでダメージを与えてください」


「うぅ……わかり……ました……」


 先生に言われ、渋々といった感じで承知する彩乃。


 不安だ。何しろ彩乃は今まで一度も戦闘に参加してないからな。

 最初の相手がドラゴンだなんて、無茶もいいとこだ。


「んじゃ、今度こそ本当に行くわよ」


 山本の言葉に、会長と彩乃が頷く。


「できるだけ攻撃を避けながら戦ってください。間違っても直撃は受けないように」


「「「はい」」」


 俺を置いて、三人がドラゴンに向かってゆっくり動き出す。


「密集せず散開して当たりましょう。敵の意識を順番に移しながら攻撃する感じで」

 

「おっけ。じゃあ、まず私が行くわ」


 会長の作戦に応じた山本が、凄まじい加速を見せる。


「体が軽い……これなら!」


 信じられない速さでドラゴンとの距離を一気に詰めた山本は、驚くことにその首元までジャンプし、右手の短剣で一撃、そのまま回転して左手の短剣でもう一撃を加える。


「な、なんだ……あの速さと跳躍力は」


 連撃を受けたドラゴンは表情を険しくすると、適当に暴れていたのを止め、標的を攻撃者に切り替えた。

 山本の体よりも何倍も太いドラゴンの前足が、宙に舞う彼女に振るわれる。


「山本!」


 避けられない。直撃を受けちまう!


 だが、そんな俺の心配は徒労に終わる。

 山本は空中でくるりと体勢を変えると、襲いかかるドラゴンの前足を蹴り飛ばし、綺麗な着地を見せた。

 それにほっと胸を撫で下ろすと、いつのまにやらドラゴンの脇で槍を構える会長に気付く。


「はっ!」


 力強いかけ声と同時に突き出された槍がわき腹に刺ささると、ドラゴンはよろめき倒れ込んだ。

 会長とドラゴンの体重差がいかほどかは想像も付かないが、何にしても尋常なことではない。


「二人とも人間業じゃねえ。強力な装備があると、あんなことができるのか……」


「装備がなくても、ステータスが上がれば、できるようになりますよ」


 俺の感嘆の声に、春奈ちゃんがけろっとした顔で答えた。


「まだまだ、行くわよ!」


 二人はその後もドラゴンの攻撃をうまく回避しながら、確実にダメージを積み重ねていく。


「先生、もう結構ダメージ与えたんじゃないですか?」


「そうですね。おそらくダメージ的には、いつ倒れてもおかしくないくらい入っています……が、さっき言ったとおり魔王属性が付いているので、もしダメージが致死量を超えたとしても勇者が攻撃しない限り倒せないのですよ」


 先生の解説に、はっとする俺。


 そうだ、忘れてた。彩乃が最低でも一撃入れないと倒せないんだった!


 そこで彩乃を探してみると、山本と会長がドラゴンと争っている区域より少し離れた場所で震えて動けないでいた。


「彩乃! 頼む、一発でいいから入れてくれ!」


 俺の言葉に、彩乃は頭を何度も小刻みに上下させたが、腰は依然引けたままだ。

 それに気付いた山本が、ドラゴンと対峙しながら彩乃に声をかける。


「彩乃、私達が今から隙を作るわ。少しだけ勇気を出して!」


「彩ちゃんは一撃入れたらすぐに離れてくれていいから」


 安心させるためだろう、会長が付け足すように言うと、彩乃はついに決心したのか体を前に押し出した。


「う、うん……」


 二人の言葉に、彩乃は震えながらも少しずつドラゴンに近付いていく。


「今までよりも深く切り込こんで、意識をこちらに向けるわ!」


 そう声を張って、ドラゴンの間近まで入り込んだ山本は、振り下ろされる爪をかわしながら、両手の短剣を振るった。


 攻撃をくらっても痛みはほとんどなく、死ぬこともないとは言え、山本は女の子だ。あんな巨大で攻撃的な生物を目の前にして怖くないわけがない。

 それでも彼女は、皆のため必死にドラゴンの真下に立ち続けている。


「次は私よ!」


 もちろんそれは会長も同じだ。

 盗賊ほどの素早さがない彼女は、さっきから何度もドラゴンの攻撃をその身にかすらせながら戦い続けている。


 そして今、彩乃が苦手とするゲームの世界で、恐怖に震えながらもドラゴンへ向かっていく。


 俺だけ何もできないなんて……。


 歯がゆい気持ちにもやもやしながら見守っていると、


 「あ……っ!」


 と、会長が短い呻きを上げる。


 ――ズザザアァァッ!


 突如、彼女は地面に足を取られ転んでしまった。


「か、会長!」


「麻衣ちゃん!」


「木村さん!」


 運動神経や状況とは関係なく、強制的に発動される転倒に会長が大きく顔を歪める。


「こ、こんな時に……」


 その時、会長に気を取られた山本をドラゴンが大きな前足で払った。


「きゃああああああ」


 不意を突かれ、大きく吹き飛ばされた山本は、ドラゴンが破壊した建物の残骸に突っ込んだ。


「山本!」


「奈々ちゃん!」


「や、山本さん……」


 そして次にドラゴンは、突っ伏したままの会長に襲い掛かかる。

 会長はなんとか立ち上がったのだが、ドラゴンからの攻撃を避けることができず、まともに受けて弾き飛ばされてしまう。

 激しく地面に叩きつけられ、転がる会長。


「会長!」


「麻衣ちゃん!」


 俺は思わず足が前に出たが、岸川先生に手を掴まれ引き止められる。


「行ってはいけません。大丈夫、二人はまだ無事です」


「無事!?」


 先生の言葉を受け、砂煙の上がる建物の残骸へ目を向けると、山本のHPゲージが見えた。

 それはかなり赤い部分に支配されてはいたが、確かに緑色の部分を確認できた。同様に会長のHPも、まだかろうじて残っていた。

 しかし二人共、受けた衝撃のせいか、なかなか起き上がってこれないでいる。


 ……あれでも無事だって言うのか。


 再びドラゴンの方へ視線を戻すと、それはいつの間にか剣を構えガタガタと震える彩乃の目前に迫り、既に攻撃の動作に移っていた。


「彩乃、避けろ!」


「ふぇ」


 彩乃は繰り出された攻撃を必死に避け、なんとか直撃だけは免れたのだが、するどい爪がかすったことで尻餅を突いてしまった。


「彩乃ー!」


 それを見た俺は、掴んでいた先生の手を払いのけ、彩乃に向かって走り出す。


「待ってください! 河野さん達ならやられても死ぬことはありません! でも、あなたは――」


「そういう問題じゃねえ!」


 仲間の――彩乃のピンチを見捨てられるか!


 動けないでいる彩乃の真上でドラゴンは大きく口を開き、ゆっくりと噛み付く仕草を見せた。


「うおおおお!」


 間に合え! 間に合ってくれ!


 ――今度こそ彩乃を守るんだ!


 俺はがむしゃらにドラゴンと彩乃の間に割って入る。

 そして次の瞬間、右肩の辺りに凄まじい衝撃とわずかな痛みを感じ、片ひざを突いた。


「ゆ、勇ちゃん!」


「坂野さん!」


「ば、坂野……」


「坂野君……」


 皆からの声で我に返ると、真横にドラゴンの顔らしきものが見えた。少しだけ逸れたおかげか、頭からガブリとはならずに済んだみたいだが、どうやら肩から体にかけて食い付かれたようだ。


「ゆ、ゆ、ゆう……勇ちゃ……ん」


 後ろから聞こえた震える声で、取り乱す彩乃の姿が容易に想像できた。


「お、俺は大丈夫だ……落ち着け」


「だ、誰か、勇ちゃんを!」


「聞け! 彩乃、人には与えられた天分てもんがある。悔しいけど今の俺には、こんな風に盾になってやることしかできない。お前にしかこいつは倒せないんだよ」


「そ、そんなの無理だよ……だって私……ゲーム下手なんだもん……」


 嗚咽しながら彩乃が言った言葉にはっとする。


 そうか。ずっと戦闘を避けて来た理由はそれだったんだな。

 わかってる。笑ってたけど、お前はいつも傷付いてたんだよな……。


「下手で何が悪いんだよ! ゲームに上手いも下手もねえ。やったもん勝ちなんだ、楽しんだもん勝ちなんだよ!」


 俺は、あの頃言葉にできなかった想いを叫び上げる。


「どんなに下手だったとしても、今の仲間にお前をバカにするやつなんていない! そして……外の誰にも俺が言わせない!」


「ゆ、勇ちゃ……ん」


 ドラゴンが噛んでいた力を緩め離れようとする。


「だから、彩乃……もう一度、一緒にゲームをやろう!」


 俺はそう叫びながら、逃さないようドラゴンの口を押さえ込んだ。


「う、う、うにゃああああ!」


 彩乃がそれに呼応するように雄たけびを上げ、ドラゴンの鼻先に剣を突き立てる。


「彩乃の――」


 ――勇者の一撃が入った!


 それを見届けた俺はその場に倒れ込む。


「蓄積されたダメージが顕現します!」


 先生の声と同時に、ドラゴンが苦しそうに体をよじらせ、悶え始めた。


「彩乃……今だ」


「ふ、ふ、ふにゅうううう」


 剣を掲げ、ドラゴンに向かってとてとて走る彩乃。


「あ、彩乃、ちゃんと目を開けて!」


 建物の瓦礫からなんとか抜け出した山本が、彩乃に声をかける。

 どうやら彩乃は目を瞑っているようだ。

 だが、必死ゆえに聞こえていないのか、彩乃は剣が届かない場所で足を止めた。


「はにゃああああ」


 そして妙なかけ声と共に両手で振り下ろされる大剣。


「……と、届いてねえし!」


 こら、あかんか……。


 そう思った時だった、彩乃が振り下ろした剣の先から衝撃波のようなものが発生し、ドラゴンの体を突き抜ける。


「な……」


「河野さんに渡した剣は、龍殺しの名を冠する伝説の剣。その剣圧はドラゴンの硬いウロコすらも断ち切ります」


 そんな岸川先生の説明の通り、衝撃波が抜けていった部分が切り裂かれ、ドラゴンは悲痛な叫びを上げる。


「おぉ……」


 ――ズズウゥゥン!


 ドラゴンはひとしきり苦悶したあと、大きな音を立てて倒れ込むと動かなくなった。


「勝った……の?」


 実感が沸かないのか、会長が不安げに口を開く。


「はい。完全に活動を止めました。皆さんの勝利です!」


 春奈ちゃんの歓声を受け、全員の顔に安堵の色が浮かぶ。


「ゆ、勇ちゃん!」


 直後、はっとした彩乃が倒れている俺の元へ駆け寄り、上半身を抱き起こす。

 そこへ更に皆が集い、心配そうな顔で俺を囲んだ。


「勇ちゃん、しっかりして!」


「……よくやったな、彩乃」


 実はさっき倒れこんでから、体がまったく動かない。


「早く回復を」


 皆がうろたえる中、会長が冷静に促す。


「ヒール? ヒールすればいいの? 待ってね、すぐするから」


「……いえ。ヒールはできません。HPがもうゼロになっています……」


 慌てる彩乃に、春奈ちゃんが悲痛な面持ちでそう告げた。


「そんな、どうにかならないの!?」


 叫びにも近い、そんな山本の声。

 そこで俺の意識は不意に遠のいていく。


「ゆ、勇ちゃん、聞こえる?」


 俺の様子に気付いた彩乃が問いかけてくるが、どうにも口が回らない。


「坂野、しっかりしなさい!」


「坂野君!」


「坂野さん!」


 なんかこっちの世界に来た時のような感じだ。目蓋が重い……。


「勇ちゃ……」


 間近にいるであろう彩乃の声が少し遠くに聞こえる。


 俺もしかして、消えちゃうのかなあ……。


 ――そして何もかもが真っ暗になった。


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