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「うーん……ん?」
目を覚ますと俺はなぜか布団の中にいた。
あれ……確か学校にいたはずだよな……。いつも通り彩乃と一緒に登校して、変な校内放送聞いて、それから急に眠くなって。
……ああ、そうか。あれは夢だったんだな……。
「って、これ俺の布団じゃねーし!」
いつもの使い慣れた布団との違和感に飛び起きる。そして周囲を確認すると、案の定そこは自分の部屋ではなかった。
やっぱり夢じゃなかったのか!?
「どこなんだよ、ここ……」
どうやら屋内の一室のようだがまるで見覚えのない部屋だ。内装は質素で機械類は一切なく、部屋の作りも現代的とは言えない。
わけがわからない。一体何がどうなってるんだ。
こじんまりした木造の部屋で呆気に取られ立ち尽くしていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
『ここはRPGの世界です。皆さんには各々ランダムで役柄を与えました。それら役柄ごとに持っている情報やできることは違います。ただし、どんな役柄であっても行動は皆さんの自由です。唯一決まっているのはこのゲームのクリア条件――』
――勇者の手によって魔王を倒すこと。
『ちなみに勇者を含むPT以外は、魔王を倒すことができません。役柄や持っている情報については、各自ステータスを参照ということでお願いします。それでは皆様、壮大なゲームをお楽しみください』
そこで一方的に声が打ち切られる。
まだ状況がしっかりと認識できないが、もしかして本当に世界が作り変えられ、ゲームになったのだろうか……。
俺は正直ゲームが大好きだ。特にRPGは数え切れないほどやってきた。今いるのがまさかその世界だっていうのか?
さっき、謎の声がしゃべってる時は『ステータスって何だよ』と思いながら聞いていたのだが、意識すると確かに自分の中にステータスがあるのがわかった。
ま、まさか本当に世界がRPGに!?
そんな非現実に少しだけ胸を躍らせながら、自分に与えられた役柄を確認してみる。
□職業□ 村人A
……むら……びと……えぇ?
「ふざけんな!」
俺は言い知れぬ怒りを叫んだあと、部屋にあった木の椅子に体重を預けた。そして冷静になると今度は焦燥感というのが生まれてくる。
これは本当に現実なのか。現実だとしたら、ちゃんと元の世界に戻れるのか。他の皆はどうなったのだろうか。これからどうすればいいのか……。
「夢じゃないんだよな……」
天井を見上げぽつりとつぶやき、そしてそのままこれからのことを考えてみる。
とりあえずここを出て……いや待て。どういう状況かもわからないのに気安くここを動いて本当に大丈夫なのか。まずは誰かと連絡を――って、携帯もありゃしない。うおお、どうすりゃいいんだ。どうすれば……。
どれだけ考えを巡らせても、状況を打開する案は浮かんでこない。そもそも何を打開すればいいのかもわからないのだから当然なのだが……。
不安な気持ちに支配されそうになる中、不意に部屋の扉をドンドンと叩く音が響き、外から聞き慣れた声で呼びかけられる。
「す、すいませーん……どなたかいませんかー」
この声、そして気の抜けた感じ……まさか!
「は、はいぃ!」
はたとした俺は声を裏返らせながらも返事し、急いで扉を開けると、そこから想像していた通りの人物が顔を見せた。
「あ、彩乃!」
「勇ちゃん!」
俺が名前を呼ぶと彩乃は破顔し抱きついてきた。
「よかった。目が覚めたら見たことない場所に一人ぼっちだったから、どうしようかと思って……」
胸に顔をうずめる彩乃の肩にゆっくり手を添えると少し震えているのがわかった。
そりゃそうだよな……俺ですらさっきまであんなに不安だったんだから。でも彩乃が近くにいる、なんだかそれだけで不安な気持ちが和らいだ気がする。
「お互い無事でよかったな」
「うんっ」
俺が言って笑いかけると、彩乃は満面の笑みを浮かべた。気持ちも落ち着き、冷静になってくると今の状況は少し気恥ずかしい。
「あー、とりあえずこれからのことをちょっと考えるか」
言いながら彩乃をゆっくりと離し、照れ隠しに椅子を勧める。
「うん。そうだね……わからないことだらけだもんね」
俺達は小さな机を挟んで向き合い話し始めた。
「んで、外ってどんな感じだった?」
さっき彩乃を迎え入れた時に外の風景も見えたはずなのだが、実は恥ずかしながらあまり記憶にない。とりあえずは彩乃に状況を聞いてみるのが一番だろう。
「外って、この外のこと?」
他にどんな外があるんだよと突っ込みたかったが、今回ばかりは口に出さずただ頷き答えを促した。
「んーなんか田舎だったよ」
「なんか田舎ってお前……もっと他にないのかよ」
「気が動転しててあまり覚えてないよ。見たこともない田舎の風景としか……」
「まあ、そらそうか」
あまりの大雑把ぶりに思わず催促したものの、自身もそうだっただけに気が動転という言葉に納得。ただこいつの場合、気が動転してなくても多分覚えていないんだろうけどな。
それでも見ず知らずの場所ということだけは確定できたし、信じがたいがおそらく本当にRPGの世界なんだろう。
「そういえば、お前職業は何だった?」
「え、職業?」
RPG世界だということを再認識した俺は役柄について問いかけてみるも、彩乃はその質問に何のことやらと呆けている。
色々と話はちゃんと聞こうね!
「この世界でのお前の役柄だよ。仕事みたいなもんだ。さっき言われなかったか?」
「あー、ええっと……ステなんとかってとこを見るんだっけ」
「そうそう」
そして『ちょっと確認してみるね』と言って、うんうん唸りだす彩乃。
ちゃんとわかるだろうか……こいつゲームとかほとんどしたことないからなあ。
「多分これかなー。職業って書いてあるけど」
程なく自信なさげに、そう口にする彩乃。
少し心配だったのだが、思ったよりすんなり見つけられたようだ。
「おう、それそれ。その横になんて書いてある?」
「ええっと……勇者?」
「え?」
今なんか、勇者って聞こえた気がするが……いや、まさかな。彩乃の声ってたまに聞き取りづらいことあるからなー。従者? いや、注射? はは、注射は職業ではないか。まあ、もう一回聞いてみようじゃないか。
「すまん、ちょっと聞き取れなかった。もう一回教えてくれ」
「勇者」
「はああああ!?」
さすがにもう聞き違いというのはないだろう。大袈裟に驚く俺に、彩乃は少し慌てる素振りを見せた。
こ、こいつが勇者に選ばれたのか!?
「どうしたの?」
そ、そんな……俺が村人で、彩乃が勇者だと…………。
「ま、ままま、待て! おおお、おっお、落ち着け!」
「ゆ、勇ちゃん、落ち着いて」
落ち着けるか!
一人であらぶる俺をよそに、当の勇者はきょとんとするばかり。
なんでだ、このやろう。
「お、お前、本当に勇者なのかよ!?」
「勇者ってなあに?」
「勇者も知らんのか!」
興奮のあまり、次第に声が大きくなる。別に怒っているわけではなかったのだが、彩乃が申し訳なさそうに下を向いた。
「ごめんねー。私そういうの詳しくないから……」
「いや、別に責めてるわけじゃないんだ」
知ってるよ。長い付き合いだからな。こいつはゲームとかそういう類に興味が無く疎い。と言うより、ゆえあってゲームそのものをずっと意図的に避けて来たのだが……。
でも、それにしたってこいつ事の重大さに気付いてなさすぎだ!
「勇者ってのは簡単に言うとこの世界の主役だよ、主役」
「えええええ!?」
俺のかいつまんだ説明に椅子から転げ落ちそうなほど驚く彩乃。ようやく、少し理解できたようだ。
「だろ? びっくりするだろ?」
「ど、どうしよう。主役だなんて……私ゲームのしきたりなんて全然わからないよ」
言いながら彩乃は、そわそわと落ち着かない様子を見せた。
まあ、こんなリアルな体験型ゲーム、誰もしきたりなんてわからないだろうけどよ。
「ってか、なんでお前が勇者なんだよ」
そしてなんで俺が村人なんだ――とは口が裂けても言えない。
「そんなこと言われても……」
彩乃は少し困った表情を浮かべている。
そりゃランダムで決まったんだから、どうしようもないよな。単純に俺には運がなかったとしか――って、簡単に割り切れないくらい悔しい!
そして羨ましい。尋常じゃなく羨ましい。こいつのことをこんなに羨ましがったのは、人生で初めてなほど羨ましい。
「はあ……いいな、お前。まじで代わって欲しいわ」
「私も代わって欲しいけど……って、ところで勇ちゃんは何だったの?」
羨望の対象はその余裕からか、とんでもないことを聞いてきた。
いや、実際は別にとんでもなくないし、余裕とかも関係なく流れ的には普通の質問。けどやっぱり俺にとってはとんでもない質問。
正直勇者とか聞かされると、村人だなんて答えたくないんだが……。
「俺は……村人Aだ」
答える声も自然と小さくなってしまう。
「え? 何? 何のA?」
ふむ、確かに聞き取りづらかっただろう……でも、聞き返すなよ!
「村人だよ! 村人A!」
「村人A!?」
「そうだよ!」
「……村人はわかるけど、Aってなあに?」
A、それはおそらく何人もいる他の村人と区別するために付けられた記号だろう……って言えるか、こんな説明!
「そんなん俺が知るかよ!」
そう吐き捨てる俺をじっと見つめ、なぜか少し目を輝かせ始める彩乃。
「そっか。でもいいなー村人。羨ましいなー」
いやいや、どういうことなの。
これを別の人間が言ったのなら悪意を含んでのことだろうがこいつの場合は本気だ。本気で村人を羨ましがってやがる……。
「……一体どこがいいんだよ」
一応、後学のために聞いておこう。もしかすると村人の意外な使い方を知っている可能性が――
「何にもしなくてよさそうなところー」
――なかった。
こいつの場合は本気だ……本気でそこを羨ましがってやがる。ったく、舐めた発言ばかりしおって。
「デコピンしてやる」
右手の中指を親指でしならせ彩乃に近付けると、彩乃は両手で顔を守りながら仰け反った。
「やめてよー。なんで怒ってるのー」
「お前が村人をディスってくるからだ」
泣かれても困るのでデコピン体勢を解くと、彩乃は別のことに気がいったようだ。顔を隠した指の間から、すっとぼけた視線をこちらに向ける。
「え、ディス……ってなあに?」
こいつ本当に現代を生きているのかとたまに不安になる。
「侮辱するとかそういう意味だよ」
「ええっ。ぶ、侮辱なんかしてないよ。私は本当に羨ましがってるんだよー」
両手をぶるぶる振り、再度羨ましがってることを強調する彩乃。
わかっている。お前は本当に羨ましがっているだけだ。……だが、それも気に入らん!
「何もしなくていいことを羨ましがるとは、勇者様は余裕がありますなあ」
そんな嫌味とともにじっとりとした視線を投げかけると、彩乃は頭を抱え始める。
「そんなー逆だよ。ゲームなんて私には絶対無理だもん。ましてや主役なんて、セリフとかやることいっぱいありそうだし。どうしたらいいのー……」
彩乃の主張に俺は思わず噴き出してしまう。
セリフとかやることがいっぱいって、学芸会の演劇かよ。
「いや、セリフはないだろ」
「んー……とにかく大変そうだってことを言いたいの……私なんかに務まるとは思えないよ」
ゲームで主役というのが本当に嫌なのだろう、その言葉を最後に彩乃はしょんぼりとしてしまった。
俯き少し目を潤ませる彩乃を見て、俺は不満や茶化すような発言をやめた。
「気持ちはわかるけど……なっちまったもんはしょうがないだろ」
言いながら、彩乃を直視できず横を向く。
「そうなんだけど……」
彩乃がゲームを避ける理由――それは小さい頃のささいな冷やかしだった。
実は彩乃の父はゲームのプロ、それも名人として非常に有名な人で昔はメディアにもよく登場した。今でもゲーム業界で多岐に渡って活躍しているのだが、特に子供の頃の俺達からしたらとにかく凄い存在だったのだ。
名人の娘――それだけで彩乃は同世代の子供達から特異な目を向けられることになったのだが、きっとそれだけならゲームを避けるようにはならなかっただろう。
実際避けるようになる前はよく一緒にゲームをしたし、ゲームそのものは楽しんでやっていたと思う。問題は彩乃がゲームをすることで、からかわれたことだ。
『名人の子供なのに、なんで下手なんだよ』
小さい子供にありがちな冗談なのだが、あまりゲームが上手くなかった彩乃は誰かとやる度にそれを言われたのだ。
彩乃はそう言われても笑っていたけど――いつしかゲームを避けるようになった。
小さく息を吐き、冴えない表情の彩乃を横目で見る。
もちろん俺はこいつにそういう冷やかしをしたことは一度もないし、それを聞いて笑うこともなかった。むしろ聞く度にいつも心の中で怒っていた。
ただ、当時は恥ずかしさからそれを口にすることができず、そういった中傷から守ってやれなかったことを俺は後悔している。
だからせめて、これからは守ってやりたいとも思うのだ。
「そんなに心配すんなよ、俺がサポートしてやるからさ」
「え……勇ちゃん、手伝ってくれるの?」
「ああ」
強く頷いてみせると、ぱっと彩乃の顔が緩む。
「いいの? 村人なのに本当にいいの? 何もしなくてよさそうなのにー」
く……き、切れそう……。
「……やっぱりデコピンするか」
「なんでーやめてー」
彩乃に再び右手を近付けると、今度は椅子から立ち上がり子供みたいに逃げ出した。俺はそんな姿に和みつつ溜飲を下げる。
「よっし。じゃあとりあえず外に出て情報を集めるとするか」
初心者マークの勇者を俺が導いてやらねばなるまい。
そんなことを考えていると、彩乃から思わぬ言葉が出る。
「ところで勇ちゃんは、その情報っていうのは持ってないの?」
「あー……」
忘れていた――いや、むしろ忘れていたかったのだが、そういえば俺も村人の端くれ。きっと何らかの情報を持っているだろう。
もしかするとそれは何かイベントに関することかも知れない――ということでさっそく自分の持っている情報を見る。
○情報○ 村長が勇者を探していた。
ふむ……。
「彩乃」
「なあに?」
「……村長が探してたぞ」
村人Aの出番これだけかよ!?