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おそらくこの屋敷で最奥に当たる扉、俺は今その目の前に立っている。この先には瑠花がいるはずだ。一応無事だとは聞いてはいるが、もしも置かれた環境が劣悪だった場合は……。
俺はノブを強く握り締めると、一気に扉を押し開けた。
「えっ?」
なるほど、瑠花はちゃんと部屋の中にいた。そして確かに無事だ。それは間違いない。けど、これは一体何なんだ!?
大型のTV、そしてそこに映し出されるゲーム画面、テーブルに置かれたゲーム機、そこから伸びるコントローラーを手にする妹は、ソファーにだらしなく寝そべりスナック菓子を頬張っていた。
状況が頭の中で処理し切れず、俺は扉を開けた状態のまま固まった。
「ちょっと、お兄ちゃん何してるの。入るならノックくらいしてよ」
こちらに気付き発した、そんな妹の声でようやく我に返る。
「それはこっちのセリフだ。お前こそ何してんだよ」
「え、見ての通りゲームだけど?」
「見ての通りじゃねえよ!」
「勇ちゃん、大声出してどうしたのー」
「妹さんは大丈夫?」
「あんた、何立止ってんのよ」
扉の前で妹と言い合う俺を押しのけ、仲間達が次々と室内になだれ込み、その中に彩乃を見つけた瑠花は嬉しそうに手を振る。
「彩乃姉ちゃん、やっほー」
「やっほー。瑠花ちゃん、元気そうだねー」
実はこの二人、普段から仲がいい。
どの程度いいかというと、小さい頃からちょくちょく俺をのけ者にして、二人だけで遊んだりしてたくらい仲がいい。
って、あれ……俺、嫌われてるわけじゃないよね?
「あら、坂野君の妹さんとは思えないくらい、かわいらしい子ね」
「私も初めて会った時、全く同じ感想を抱いたわ」
山本は家に遊びに来た時、瑠花と会ったことがある。ちなみに感想は抱いただけじゃなくて、ちゃんと口に出してたけどね。
「山本さん、ご無沙汰してます……っと、そちらの方は?」
「お友達の麻衣ちゃんだよー」
「初めまして、木村麻衣よ」
「どうも、坂野勇輝の妹で瑠花って言います」
立ち上がって、ぺこんとお辞儀する妹。それを見て、またかわいいだのなんだのと、もてはやし始める女子達。
そして『坂野君とチェンジしましょう』だの『同じ坂野なら瑠花ちゃんでしょ』だの『勇ちゃんも棍棒振ってる姿は意外とかわいいよ』だのと聞こえた気がするが、おそらく幻聴だろうな。幻聴じゃなきゃ許さないから。
「おい、顔合わせが終わったところで聞かせてくれよ。何でこんなもんがあるんだよ」
俺はゲーム画面が映し出された大型TVを指差しながら問い詰める。
「それは暇だって言ったら、用意してくれたんだよ」
「誰がだよ!?」
妹を問い詰めていると、何やら後ろから舌打ちが聞こえ、続けてひそひそ話が始まる。
「ほんと騒々しいわね……もう少し落ち着いてしゃべればいいのに」
「原始人だからセーブができないんじゃないかしら」
「あはは。勇ちゃんって、昔から声が大きかったから」
お前ら、微妙に声を抑えてるつもりなんだろうけど、こっちまで筒抜けなんだよ。目の前の瑠花なんか、原始人だから――のくだりで口元緩んじゃったしね。少しは兄の尊厳ってものを考えて欲しいわ。
「えっと……用意してくれたのは、私をここに連れて来た人だよ」
ちゃんと答えるのは偉いが、原始人で笑ってなかったらもっと偉かった。
「連れて来たのって、上村じゃねえの?」
「違うよ、春奈ちゃんっていう私と同い年くらいの女の子だよ」
「同い年くらい!? 誰だよ、それ。お前ほいほい付いて行くんじゃねえよ」
同い年って中学生にここまで連れて来られたのか? まさかだろ……。まあ、上村なんぞに連れて来られるのはもっとありえないけど。
「だっておいしいもの好きなだけ食べていいって言うし、何もしないでいいって言うから」
中学二年生にしてこの体たらく。わが妹ながら末恐ろしいぜ。
「お前こっちでは姫なんだから、こんなとこに来なくてもおいしいもんくらい食えるだろ」
「あ、そっかー」
手をぱんと叩き納得の表情。その顔がまた憎らしいほどに呆けている。一体誰に似たんだ。
「アホなの? ねえ、アホの子なの?」
「アホの子じゃないよ。お父さんとお母さんの子だよ。お兄ちゃんも同じでしょ、多分」
「多分とか言うな」
妹の多分発言からまたもひそひそと話し始める、女子三人組。
やめろ。顔はあんま似てないけど、ちゃんと血は繋がってる……多分。あと、聞こえないようにできるんだったらさっきもそうしろ。
「でもでも、姫もさすがにゲームはできないよ?」
そう言って、コントローラーを拾い、こちらに見せて来る妹。
「そら、そうだけど……」
「でしょー。やっぱここに来て正解じゃーん」
「正解なわけあるか。そんなんじゃいつか変なのに騙されるぞ、お前!」
妹は俺の忠告を気にも留めずソファーにもたれ『あははは』と笑っている。本当に将来が心配だ……。
「ったく、言いたいことは色々あるけど、まずは城に帰るぞ」
こんなところで説教をしても時間がもったいない。どうせ聞かねえしな。それに何よりこいつを城に連れて帰らないとイベントが進行しない。
「えぇ……」
「えぇ、じゃない。とりあえず立て」
帰るという言葉に露骨に顔をしかめる瑠花の二の腕あたりを掴み、引き起こそうとしたが『やだやだ』と抵抗される。
「坂野君、乱暴にしては駄目よ」
「いや――あっ」
制止を促す会長の声に気を取られると、妹はその隙に俺の手からするりと抜け出した。
「兄の横暴には負けないッ!」
そう言いながら床にべったりと這いつくばる妹。
汚いし、みっともないからやめなさいって。兄としても恥ずかしいし。
「お前が来ないとイベントが進まないんだよ」
「やだ、ゲームないのやだ」
「さっきから、やだやだって、お前……」
「やだったら、やだ!」
くそっ……なんで俺の周りの女は皆こうなんだ。彩乃といい瑠花といい、無理とかやだで押し通せば何とかなると思ってやがる。
助けを求めるように仲間達を見ると、すぐに会長が一歩前に出た。
「だったらTVとゲーム機をむこうに運べばいいんじゃないかしら?」
「なるほどっ!」
倒れたまま手をポンと叩き、いい案だとばかりに頷く妹。
ちょっと待てや。そんな簡単にいくわけねえだろ。
「いやいや、こんなでかいTVを誰がどうやって運ぶんだよ」
「坂野君が担いで運ぶの一択でしょう」
「一人で運べるか、こんなもん!」
クソみたいな案出しやがって!
「使えない原始人ね」
俺の返答に、会長が舌打ち交じりでつぶやいた。
なんで会長の中で俺は原始人になってきてんだよ。村人としていじられてた頃が懐かしいわ。
「姫なんだし、あとで兵士にでも運ばせたら?」
会長に続き、今度は山本が案を出す。
「おおっ! いいの出ました!」
がばっと半身を起こしガッツポーズする妹だったが、お兄ちゃんはそんな人様に迷惑かけるワガママは絶対に許しませんからね!
「いいことあるか。どこのワガママ姫だよ。却下だ、却下」
「だったら、やっぱり坂野君が運ぶのね」
「だから無理だってば。ってか、諦めるっていう方向性はないのかよ」
「ないよ」
「即答すんじゃねえ!」
再度TVの大きさを確認してみるが、正直どうやってここに運び込んだのか疑問なくらいでかい。
――と、ここでTVから延びる線を見つけ、ある重大なことに気付く。
「あのさ、そもそもむこうにコンセントとかあんの?」
俺の言葉に全員『あっ』と声を上げる。
「……ないかも」
短い沈黙のあと、力ない声で妹が言う。
「駄目じゃん」
何とか運ぶのだけは避けられそうだと、ほっとしたのも束の間。
「じゃあ、やっぱりここに残る」
「おい!」
また振り出しに戻っちゃったよ。
そんな絶望に打ちひしがれていると、しばらく静観していた彩乃が口を開いた。
「とりあえず城に行って、またゲームしたくなったら、ここに戻ってくればいいんじゃないのかなー」
そ、それだ! それなら誰にも迷惑はかからない!
「彩乃姉ちゃん、ナイス! その案でいこう!」
瑠花も立ち上がって乗り気だし、これで何とか丸く収まりそうだ。珍しく彩乃がいい仕事をしてくれた。
「よーし、そうと決まれば早く行って、さっさと戻って来ないと!」
……いや、いいんだけどさ。お前、どんだけゲームしたいんだよ。




