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会長の言葉に従い、再びドアノブに手を伸ばす。
結局入るのかよ――とは口が裂けても言えない。
渋々ながら木製の扉を開けると、俺はそこで見知った顔を見つけた。
「お?」
同様に彩乃もその人物に気付いたらしく、入るなり声を上げる。
「あー! 奈々ちゃんだ!」
「あ、あんた達……」
小屋の中で椅子に腰掛けていた人物――それは山本奈々子だった。
「お前、何してんだこんなとこで」
「何って……見ての通り少し休憩してたところよ」
「休憩?」
「そ。この先にある屋敷に魔王の幹部がいるって聞いたから行ってみたんだけど、中にいるモンスターがなかなか手ごわくて、一度引き返してきたのよね」
「まじか。俺達これからそこに行こうと思ってんだけど」
「そうなの? えっと、三人で?」
言いながら山本は視線を彩乃と会長に送る。
「そうそうー。こっちは私と同じ新聞部で、生徒会長でもある麻衣ちゃんだよ。知ってるよね?」
彩乃が話に加わり、山本と会長を繋ぐ。
「もちろん」
「あなたは、確か彩ちゃんと同じクラスの――」
「山本奈々子よ。よろしくね」
「そう、山本さんね。こちらこそよろしく」
「ねえねえ、奈々ちゃんも一緒に行こうよー」
二人の引き合わせが終わると、すぐに彩乃が山本にまとわりついた。
モンスターと戦ってるということは、山本は戦闘職と考えて間違いないだろう。ゲームの知識は折り紙付きだし、仲間にできれば心強い存在だ。
ということで手早いお誘い、グッジョブ彩乃。
「一緒にって、PT?」
「おう。俺達は勇者ご一行なんだぜ」
彩乃の話に食い付いたのを確認し、俺もそこに加わる。
「嘘……本当に?」
「ほんとほんとー」
信じられないといった顔を見せる山本と相変わらずお気楽そうな勇者様。
本当にこいつって勇者らしからんよな。
「……でも、いいの?」
「大歓迎よ」
山本が面識の少ない会長に遠慮するような視線を送ると会長は真っ先に歓迎の声を上げた。
「何遠慮してんだよ。らしくねえな」
俺が笑いながら言うと、山本は照れくさそうに首裏を掻く。
「いやー……私、職業がちょっと……ね」
「ん、どんな職業なんだ?」
聞くと、彼女は複雑に表情を歪める。
「うー……やっぱり言うのちょっと恥ずかしいかも」
こ、この反応はまさか……村人級のやつがきちゃうのか!?
「心配すんなって。大抵のもんじゃ驚かねえから」
「そうよ。どんな職業でも決して笑ったりしないから安心して」
恥ずかしい職業二人のこの熱心な誘導を見よ。もっとも恥ずかしい度合いでいえば、俺と会長の間にも相当な開きがあるけども。
「と……」
山本は告白する気になったのか、口がぎこちなく開く。
「「と?」」
俺達の熱視線を浴びて、ついに明かされる山本の職業は――
「……盗賊よ!」
――盗賊でした! わっはっは!
って、何それ。どこが恥ずかしいの? 必死に誘導して損した。
「……ほら、役に立ちそうもないとか思ったでしょ」
全く違う意味で声を出せずにいた俺と会長に対し、山本は顔を赤らめ口を尖らせた。
「いや……」
「そんなことないわ……むしろいいのでは……」
さすが会長。必死に冷静を装いながら、そんな長いセリフを言えるとは。
俺なんかショックのあまり文字数にすると二文字しか口に出せなかったからね。
「そう?」
「え、ええ……」
会長も山本がどんな恥ずかしい職業かと期待していたのだろう。その表情は冴えない。
「ねえ、盗賊って悪い人じゃないのー?」
職業に関してあまり興味なさげだった彩乃が、妙な点に食い付いた。
でも確かにゲームを全然やらない人間からしたら、盗賊なんてただの悪人という認識にしかならないのかも知れない。
「一般的にはそうだけどゲームではよくある職業ね。どちらかというとサポート色が強いけど一応メジャーな職業の一つよ」
さすがゲーム好きの山本。的確な解説だ。
それに対し彩乃は『なるほど。そうなんだー』と、一応相槌を打ってはいるが、やっぱりよくわかってないんだろうな。だって顔の呆け具合が寝る直前レベルなんだもん。
「ってか、全然恥ずかしくないじゃんよ……」
ようやく口が動かせるようになったところで、俺は文句を口にする。
盗賊を恥ずかしがるとか村人Aな俺に謝れ。
「でも坂野は勇者だって言うし、他の皆も戦士系だったり魔法使えたりするのかなって思うと、ちょっとね……」
「「「えっ?」」」
何言ってんだ、こいつ……。
その発言には彩乃と会長も、ぽかんと口を開け呆ける。
「な、何よ。私何かおかしなことでも言った?」
「いや、俺……勇者じゃないんだけど」
「へ? でも、さっき勇者ご一行とか言ってたじゃん」
そう言って、目をまん丸にする山本。
そうか……こいつ、俺が勇者だと勘違いしてたのか。
「確かにさっき坂野君は、さも自分が勇者のごとく得意げにそう言ったけど、実際に勇者なのは彩ちゃんよ」
「ええっ! 彩乃が勇者だったの!?」
「ふっふー。実はそうなのー」
勇者が腰に手を当て偉そうにふんぞり返る。
何もしねえのにな……。
「じゃ、じゃあ、坂野は何なの?」
こちらをまじまじと見つめ、質問する山本。そして残った二人もそれに倣いこちらを注視した。
「え……っと……」
い、言えない……勇者だと思われていた俺が実は村人だなんて!
そして高まっていく緊張の中、今回もまた耳を疑う発言が飛び出した。
「勇ちゃんは、村人だよねー」
「うぉーい!」
こいつ、止まんねえええ!
「え……村人って……?」
山本の声色と表情から何それって感じがひしひしと伝わってくる。
わかるよ。だって俺でも多分そうなるから……。
まだしっかりと把握し切れてない山本に対し、会長が再度俺の職業を告げる。
「坂野君は村の人よ」
いや、ご丁寧に村と人を分けんでも、村人の意味自体はわかってると思うぞ。
「それって戦えるの? というかそもそも職業なの?」
うん。その疑問に行き着いちゃうよな。
わかるよ。だって俺でも多分それ聞くから……けど、もう傷をえぐるのはやめてくれ!
「一応戦えるわよ。彼は一生懸命、棍棒を振り回してるわ」
俺が何も言えないでいると、ここぞとばかりに会長が手を回しながら言った。
「……ちなみに会長はバッタもんだから」
「バ、バッタもん?」
揶揄のお返しに会長の職業をばらすと、軽快に回していた手がピタリと止まる。
「私はゆうしゃよ」
「もうそれはいいから」
「ゆうしゃよ」
「だから――」
「ゆうしゃよ」
「……遊ぶ者と書いて」
「……ゆうしゃよ」
「えっと……」
言葉を失う山本を前に、俺達二人は顔を手で覆った。
はあ……かっこいい職業になりたい。




