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「勇ちゃん、出てくるスラは片っ端からやっつけちゃっていいからねー」
俺達一行の中心人物は、街の外に出るなりそんなことを抜かし始めた。
「いいからね、じゃねえよ。お前もちゃんと参加しろ」
何度も繰り返し言っている俺のセリフだが。
「気が向いたらねー」
彩乃からはそんなやる気のない言葉が返ってきた。
「それって永遠に参加しないって言ってるのと同じだよな……」
こいつの気がスラプリンに向くことは、未来永劫ないだろう。
「坂野君、気持ちはわかるけど無理強いしては駄目よ」
穏やかな口調で会長にたしなめられる。
「それはわかってるんだけどさ」
「大丈夫。私が彩ちゃんの分まで働くから心配しないで」
「会長……」
「ま、麻衣ちゃん……」
「誰にでも苦手とすることはあるんだから、自分にできることやりたいことをがんばればいいのよ」
そう言って、彩乃に微笑みかける会長。
「大好きだよー!」
そんな彼女に叫びながら抱き付く彩乃。
まじかよ……この人すげえ人格者だな。さっき俺のことを笑ってたのはきっと夢かなんかだな、うん。
「じゃあ、スラが出てきた時は、俺と会長で相手するか」
「任せて」
「二人共ありがとう!」
ま、一応これはゲームだしな。確かにやりたくないことを無理強いしちゃいかんよな。
皆で楽しむのがゲームの鉄則だ。無理だという人がいるのならそこは他のメンバーでカバーするものだ。
「きっ、きたぁ! きちゃったよおー」
俺が反省をしていると、彩乃からそんな悲鳴が。
どうやら件のスラプリンが現れたようだ。
「落ち着け、お前は少し下がってろ」
慌てふためく彩乃にそう声をかけると、すぐさま猛烈な勢いで距離を取り始めた。
って、どこまで下がんだよ! 俺少しって言ったよね?
まあ、近かろうが遠かろうが、参戦しないことに変わりないからいいけども……。
「会長、俺が先陣切るから後詰を頼めるか」
「了解」
しゃべりながらも会長の視線は敵から離れない。
た、頼もしいじゃないか! ようやくチームバトルってのができそうだぜ。
「よし、行くぞ!」
俺はかけ声と共にスラプリンに向かって猛進。
――びちゃっ!
そしてその勢いのまま棍棒で先制の一撃を放ち走り抜ける。
「会長!」
あとは頼んだぜ……ッ!
――ズザザアァァッ!
と、後方から聞こえたスラプリンを斬る音――ではないよね、これは。……な、何の音だ?
「ま、麻衣ちゃん、大丈夫!?」
振り返ってみると、地面に突っ伏す会長とそこに駆け寄る彩乃の姿が。状況から察するにさっきのは会長が転んだ時の音のようだ。
「お、おい。大丈夫か!?」
俺の問いに顔を上げ、苦笑いで会釈する会長。
痛がっている様子もないし、とりあえずは大丈夫そうか……。
ほっと胸を撫で下ろしていると、ぐちゃっという音と共に足に軽い衝撃を受ける。見るとスラが俺にまとわり付いていた。
「……てい」
棍棒を振り下ろすとびちゃりと破片が飛び散り、例のごとくそのドロドロが俺にこびり付く。そしてそれを見ていた彩乃からのありがたいお言葉。
「わっ! 勇ちゃん、きったなー」
「汚いって言うな!」
結局、俺だけこうなるのね……。
「ごめんなさい……つまづいてしまって」
立ち上がった会長が、申し訳なさげに頭を下げる。
「そんなの謝ることじゃないよ。それより本当に大丈夫か?」
「ええ。ケガもないし、HPも減ってないわ」
なかなか激しい転倒だったようだけど、そういうのはダメージとして反映されないみたいだな。
「それならよかった」
「でも珍しいね。麻衣ちゃんが転ぶなんて」
「そうね……久しく転倒した記憶はなかったんだけど、少し張り切りすぎたかしら」
俺もしっかり者で運動神経抜群の会長がずっこけるとは思わなかったな。彩乃ならいざしらずね。
「お前は結構頻繁につまづいてるよな」
「む……確かによくつまづくけど、転んでないからセーフだよ」
「いや、この前何もないとこで転んでたしアウトだろ」
「知らない、知らなーい」
耳を塞いで歩き始める彩乃。
そんなことをしても、お前がよく転ぶ事実が消えることはないんだぞ。
とまあ、たわいもない会話をしつつ歩を進めると、またも一行の前にモンスターが立ちはだかる。
「ま、また出たー。今度は二匹もいるよー!」
例のごとく彩乃の天敵スラプリンの登場。しかも今回はなんと二匹だ。
「取り乱すな。二匹でも問題ない」
何やら『問題あるよ!』とか『二匹だよ?』とか騒いでいる声が、だんだん遠ざかっていく気がするが……無視だ。
「前に出て一発入れたあと、敵を引き付けるから会長はフリーで攻撃に専念してくれ」
今度も最前衛は俺だ。さすがに盾役くらいはしないとな。
「了解」
剣を握り直し、戦闘態勢を整える会長。
た、頼もしいじゃないか! 二対二、今度こそ本当にチームプレイを堪能できそうだぜ。
「先制で一匹仕留めるぞ!」
俺は近付いてきたスライムの片割れを殴り、その流れのまま敵二匹に挟まれる位置に留まった。
これで敵の意識は俺の方に来るだろう。あとはこのまま会長に一匹倒してもらい、残りを二人で仕留めるッ!
「会長!」
――ズザザアァァッ!
と、響いたスラプリンを切り裂く音――ではなさそうだね、うん。
「ま、麻衣ちゃん!」
見ると、やはり地面に突っ伏す会長とそこに駆け寄る彩乃の姿が。
……さっきもこの光景見ました……よね?
――びちゃっ! びちゃっ!
会長のことで気を取られている隙に、スラプリン二匹から攻撃を受けてしまう。
ふ、不覚……俺としたことが、戦闘中に呆けるとは。
とにかく会長は彩乃に任せて戦闘に集中しよう。無事ならそのうち応援にきてくれるだろうしな。
心を落ち着かせ、意識を目の前のスラプリン達に向ける。
さっき一撃を加えた方に狙いを定め棍棒を振るうと、びちゃりという音と共にスラが崩れた。続いて、気を緩めることなくもう一匹にも備えたのだが、微妙な動きを見極められず胸に攻撃を食らってしまう。
「くっ!」
会長はまだか……?
と、ここでいまだ合流の気配を見せない会長に対し一抹の不安がよぎる。
……まさか、大ケガでもしたのか?
「か、会長!?」
心配になって振り向くと……なぜか仲間の二人は剣玉で遊んでいた。
「って、おーい!」
「ん、勇ちゃんどうしたの?」
「どうしたもこうしたもないよ。何してんのお前ら」
「え、剣玉だけど?」
足元でびちゃっていう音が聞こえるが、今はそれどころではない。
「んなこた見りゃ分かるよ! 何で今そんなことをしてるのかって聞いてんだよ。ってか、そんなもんどこから出したんだよ」
「わかんない。麻衣ちゃんが急に遊び始めたから」
「えぇ? か、会長が?」
会長が転んで、そのあと剣玉を始めたってことか? こいつ、ふざけてるのか……そんなことありえないだろ。
などと思いつつ視線を向けると、これ見よがしに剣玉を掲げる会長。
「懐かしいでしょ」
ありえるんかーい!
「いやいやいやいや、ちょっと待ってくれ――」
――びちゃ。
抗議の声をあげた瞬間、足元にまとわり付いてくるスラさん。
「ええい、邪魔臭いな!」
――ぐちゃっ!
スラが破裂し顔まで飛んで来た破片。それを乱雑に拭いながら二人に詰め寄る。
「ねえ、戦闘中だったのわかるよね? なんでお前ら遊んでんの?」
「ああっ! 勇ちゃん、またドロドロじゃん! きったなー。顔にまで付いてるし……」
「坂野君、申し訳ないけどそのドロドロが消えるまであまり近付かないで」
「ええー!?」
俺の怒りの抗議は聞き届けられるどころか、なぜかドロドロが消えるまで近寄るのを禁じられたでござる。
……って、これ何プレイなの。こんな仕打ちがあっていいの!?




