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勇者な幼馴染と村人Aな俺  作者: 松田利斗
初めての勇者
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 平穏な朝は素晴らしい!


 成績は並、運動神経も並、趣味はゲーム。どこにでもいそうな高校二年生である俺――坂野勇輝ばんのゆうきは今、心からそう思う。


 ここまで来ればもう学校は目と鼻の先。何か突発的な事件でも起きない限り遅刻することはないだろう。

昨日は急ぎ焦って突っ切ったこの道を、今日はゆっくりと歩くことができる。


 そしてそれを象徴するかのように、周りを歩く学生達も穏やかに歩を進めている。何しろ昨日は俺以外に一人しか学生いなかったからな……。


「今日は間に合いそうだねー」


 隣を歩き間の抜けた声で話しかけてきたのは、幼馴染でクラスメイトでもある河野彩乃こうのあやのだ。ちなみに昨日いた俺以外の一人はこいつで、小さい頃からいつも一緒に学校へ登校している。


 中学の時に関係を冷やかされるのが嫌で、一度勝手に一人で登校したことがあるのだが、あとで泣きながら散々文句を言われた挙句、登校は一緒にと正式な決め事となり今に至る。


 まあ、そういうからかいも今や皆無だし、一緒に登校すること自体は全然構わないのだが……。


「お前が寝坊した上にカバンを忘れなければ、昨日も間に合ったんだけどな」


 そう、こいつのせいで昨日は朝から全力疾走した上に遅刻という散々な目に遭っている。というか彩乃は昔からすこぶる朝が弱く、一緒に登校する俺まで毎日遅刻という危険と隣り合わせなのだ。


「うーん」


 しかしその当事者は何やら俺の言葉に納得いかないといった感じで何度も首を捻った。首筋まで伸びたふんわりとした髪はところどころ跳ねていて、その特にひどい一部分が首を振る度揺れている。


「寝坊はともかく、カバンは勇ちゃんが言ってくれればよかったんだよ。だって何も持ってないなんて絶対おかしいよー」


 悩んだ末に出した言い訳がそれかよ。本人が違和感を覚えなかったのに、よく人にそんなこと言えるな。


「前にカバン忘れてるぞって指摘した時、学校に忘れてきたとか言ってたろ。俺は今回もそれかと思ったんだよ」


「あーあー、あれね」


 そう言って、なぜか少し嬉しそうに笑う彩乃。


 一体どういう受け取り方したんだよ!


 こいつとは小さい頃からの付き合いだが、いまだ不可解な部分が多い。天然というか、不思議ちゃんというか、掴みどころがないというか……。ただ、そのほんわかとした雰囲気と人当たりのよさから、男女問わず人気がある。


「今ので笑えるなんてすげえな、お前……」


 やや冷めた目で嫌味を追加してみるが、


「いやあー」


 それほどでも、などと続きそうな勢いだ。褒めてないというのに。


「お前、少しは反省してだな」


「あっ!」


 俺の苦言も言われた当人はどこ吹く風。何やら校門の方に気を取られているようだ。こいつは昔から自分が気になった方に意識が向くとそれ以外は目に入らなくなってしまうことが多い。


「麻衣ちゃんだー」


「って、おい」


 寝癖をひょこひょこ揺らしながら門の前に立つ友人に向かい小走りを始める彩乃。


「聞けよ……」


 前をいく背中に独り言のようにつぶやく。もっとも声を張っても意味はないだろう。それに反省を促したところで彩乃の寝坊が改善される見込みはない。軽く言った程度で治るくらいなら昨日も遅刻してないしな。


 ただ、何も言わないのも癪だし、こういうやり取りがもはや日常の一部になっているというだけだ。だから俺は今日もしょうがないとあきらめると、少し歩を早めて彩乃に追随した。

 

「麻衣ちゃん、おはよー」


 片手を上げ、大きな声で友人に挨拶。


 うん、それは決して悪いことじゃないぞ……どことなくアホっぽいけどな。


「おはよう――坂野君も」


「おっす。会長」


 俺にも挨拶をくれる、麻衣ちゃんこと木村麻衣きむらまい。彼女は俺達が通う高校の生徒会長だ。品行方正、成績優秀、容姿端麗と三拍子揃った超優等生である。


 一切着崩すことなく纏われた制服と肩まで真っ直ぐ伸びる艶やかな黒髪。そしてその端整な顔に添えられた眼鏡からより一層真面目な印象を受ける。


 そんな会長なのだが、今週は遅刻撲滅強化週間とやらで毎日朝早くから校門の前に立っているらしい。


 まったくご苦労なことだ。寝坊クイーン、遅刻常連者である彩乃には到底できないだろう。かく言う俺も、その道連れで遅刻常連者になっちゃってるんだけどね……。


「どうやら今日は間に合ったみたいね」


 穏やかな笑みを浮かべて言う彼女に昨日は取り締まられた俺達なのだが、


「なーに、本気を出せばこんなもんですよー」


 と、腰に手を当て胸を張る遅刻の元凶。


 何威張ってんだよ。今日もおばさんが揺すっても引っ張っても起きなかったくせに。


「あのな、普通は本気出さなくても間に合うんだよ」


「ほぇ?」


「ほぇ、じゃねえよ!」


 馬鹿みたいな俺達二人のやり取りを見て、会長が苦笑いする。


「ほら、早く入らないとせっかく間に合ったのにホームルームに遅れるわよ」


「そうだったー……あ、今日部活来る?」


「うん。でも今日も少し遅れると思うわ」


「おっけー。じゃあまた部活でねー」


 ちゃらんぽらんな彩乃と真面目な会長の接点は部活動。一年の時に新聞部で知り合い、今では親友と呼べる仲のようだ。


 ぶんぶん手を振る彩乃と、対照的に控えめに片手を上げる会長。正直なところ性格とかは正反対な印象なんだが、それが逆に合うのかも知れない。


 俺達は会長に別れを告げ、真っ直ぐ校舎に向かった。


 俺と彩乃が通うこの未遊学園みゆうがくえんは中高一貫制でまだ歴史の浅い新設校なのだが、ひとつ特筆すべき点がある。

 それは高等部にゲームを教える科目があるこということだ。しかもクリエイターではなくプレイヤーの方、ゲームプレイヤーを育成する授業である。


 ゲームで生計を立てるプロが職業として確立され、それが昨今人気の職業となってきたことから学校設立の際に目玉として作られたのだ。


 高等部に入るといくつかある任意科目から選択することができるのだが、ゲーム好きの俺は迷うことなくそれを選択した。


 まだまだ新しく綺麗な三階建ての高等部校舎。その西側の階段を上がって一番間近にある二年一組が俺達が所属するクラスだ。


「ギリギリセーフ!」


 教室の扉を開け中に入ると、彩乃は両手を広げ声を張り上げた。別に今日はギリギリってほど切羽詰っちゃいないのだが……。


 無意味にクラスメイト達の注目を浴び、一緒にいる俺なんかはちょっと恥ずかしい。こういうのはさっさと距離を取るに限る。


 セーフのポーズで固まる彩乃の隣をすり抜け、そそくさと自分の席へ向かう。


「今日は遅刻しなかったわね」


 と、道中で声をかけてきたのはクラスメイトでゲーム仲間でもある山本奈々子やまもとななこ


 こいつとは中学一年の時にも同じクラスになったことがあり、当時流行っていたゲームの話で意気投合した。それ以来、俺達はゲームを軸にした付き合いが続いている。


「毎日遅刻なんかしてらんねえしな」


 二人でそんな話をしていると、決めポーズを解いた彩乃も寄ってくる。


「おはよー。奈々ちゃん」


「おふぁよ……おぉ」


 彩乃の挨拶に返されたのは、年頃の女の子とは思えないひどい大あくび。こいつも彩乃ほどではないが朝はいつも眠たそうにしている。


 まあ、こちらはおそらくゲームなどで夜更かしをしているからなのだろうが。


「あくびしながら挨拶すんなよ……」


 呆れる俺に対し、山本は返事もせず気だるそうに手を振る。

 

「何だか眠そうだねー」


「うん。昨日ちょっと夜更かししちゃってね」


「夜更かし! それはお肌の天敵らしいよ?」


 目をこすり返答する山本へ、毎日二十二時前には就寝する彩乃が力説する。


 ただ夜更かしして眠たくても山本が遅刻することはないし、短く綺麗に整えられた髪の毛が跳ねているのも見たことがない。


「……お前なんか早寝のくせに寝坊までするもんな」


「寝る子は育つしね!」


 本日何度目かの嫌味を贈るも、彩乃からは何やらよくわからんセリフが返ってくる。


 俺が言いたいのは寝坊すんなってことだよ。わかれよ。


「そうね」


 山本も既に彩乃の扱いには慣れたもので、流しスキルはなかなかに高い。


「ところで、何で夜更かししてたんだ?」


 なんとなくその理由の察しは付いているが、とりあえず聞いてみる。


「実は例のゲーム始めてみたのよ」


「あー、あれか」


 例のとは先日新しく出されたネットゲームのことだろう。最近よく俺達の間で話題にしていたもので、ずっとやってみようかと迷っていたのだが、面倒臭がって手を出さないままだったのだ。


 周りの評判がよかったら始めるかなどと思っていたのだが、どうやら目の前の友人がその先陣を切ってくれたようだ。


「で、どうよ?」


「なかなかおもしろいわよ。それでついつい止めれなくてって感じ」


 これ幸いとばかりに聞くと、なかなかいい返事が返ってきた。


 そう、一度始めるとゲームってなかなか止められないんだよな。特に面白いゲームだといつの間にやら時間が過ぎちゃって、気付いた時には明け方なんてこともざらだ。


 俺と山本はゲームの趣味が合うし、それがこう言ってるのならやってみても損はなさそうだな。


「あ、優奈ちゃん、おはよー」


 そんなことを考えていると、彩乃が別のクラスメイトを見つけそちらに向かった。彩乃は昔からゲームの話には加わらず、長くなりそうだと自分から離れる傾向にある。


 要するにあまりゲームに興味がないのだが、なぜそんな彩乃がゲーム科まであるこの学校に通っているかというと、単純に家から近いというのともう一つ、親父さんがこの学校と深く関わりがあったからだ。


「へえ、俺もやろうかなあ」


「じゃあ、今晩から一緒に進めてみる?」


 ――ガラガラ。


 彩乃のことを知る俺達は特に気に留めることもなく話を続けたのだが、話が盛り上がってきたところで担任の先生が教室に入ってきた。


「おはようございます」


「っと、先生来たな。またあとで詳しく話そう」


「ん、おっけ」


 急いで話を切り上げ自分の席に着くと、隣の席の彩乃も同じタイミングで着席した。


 うちの担任――岸川恵きしかわめぐみ先生は、穏やかな人柄で滅多に怒ったりすることはない。そのせいかクラスメイト達は先生が入ってきても、なかなか着席しなかったりする。


「皆さん、大事なお知らせがあるので早く席に着いてください」


 まだ席に着いていない生徒達に向かって先生が注意を促すがなかなか収まらない。それ自体はいつもと変わらぬ日常の風景だったのだが、今日は珍しく先生が少し焦っているように見える。


「もう……今日は本当に大事な話があるのに――」


 ――ピンポンパンポン。


 そんな折、教室に校内放送が響く。


『あー、テスト、テスト』


「ああ……始まってしまった」


「お?」


 何事かと俺は間の抜けた声を出してしまうが、放送の声はお構いなしで続けられる。


『おほん……えー、間もなくこの世界はゲームの世界に変わります。それでは皆さん、新しい世界でもがんばってください』


 一方的に話すその声が聞こえなくなると、辺りは静まり返った。


 世界がゲームに変わる?


 一瞬聞き違いかとも思ったが、その途方もない内容は俺だけでなくちゃんと他の人にも届いたようでクラスメイト達は各々それに対して反応を見せた。


「おい、今の聞いたか?」


 そう言って背中を突いてくるのは、後ろの席の上村和樹かみむらかずき。こいつとは高等部に入ってからの付き合いだが、去年同じクラスになって以来、現状では一番仲のいい男友達といっていいだろう。


「ああ。世界をゲームにするって……俺の聞き違いじゃないよな?」


「お、おう……」


 戸惑いながら頷く悪友に続き、彩乃も隣の席から身を乗り出し話に加わってきた。


「勇ちゃん、私にもそう聞こえたよ」


 そして周囲も同じ内容の話でざわつき始めている。聞き違いじゃないとすると、誰かのお茶目ないたずらだろうか。


 とはいえ冗談にしても内容が無茶苦茶すぎて、皆反応に困っているようだ。


「本当にゲームに変わっちゃうのかな……」


 彩乃は胸の辺りに手を沿え、不安げな表情を浮かべた。


「いや、そんなわけないだろ」


 あれを信じるとかどんだけだよと思うのと同時に、まあそれが彩乃だしなと笑う。


「しかし誰の仕業だろうな」


「さあなあ」


 ところで不思議なのは先程の校内放送に対し、先生が何をするでもなくただ落ち着き払っていることだ。これだけのいたずらならば、少なからず何か反応をすると思うのだが。


 そんな疑問を抱き、担任に注目しているとその口元がゆっくり開かれる。


「皆さん、本当にがんばってくださいね」


「え?」


 先生から発せられた思いもよらない言葉。それに戸惑っていると不意に意識が遠のく感覚に襲われた。そしてその激しい眠気に段々力が入らなくなる。


 おかしい。昨夜は十分睡眠を取ったはずなんだが……。


 徐々に重さを増す目蓋に抗いながら隣を確認すると、彩乃は既に机に突っ伏していた。そして他のクラスメイト達も同じように次々と伏していく。

 

 そんな、まさか……。

 

 堪えきれずゆっくりと机に上半身を落とし目を瞑るとすぐに意識が沈んでいった。


 ――そして何もかもが真っ暗になった。


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