続・BLゲームの主人公の弟であることに気がつきました(VS秋)
腐女子発言が苦手な方はご注意ください。
今作だけでも読めますが、前作と併せて読んで頂けると分かりやすいと思います。
「央君! これ、お兄さんに渡してくれる?」
「……『渡すだけ』ならいいけど」
「本当!? ありがとう! 絶対っ、渡してね!」
そう念をおされながら、同級生の女子から可愛らしい花柄の便箋を受け取る。
この手紙が何なのかは聞くまでもない。
律儀な兄はちゃんと目を通して断るのだろう。
目に見えている。
この女子にとっても、兄にとっても時間の無駄なんじゃないかと冷めた思いが浮かぶ。
だって……。
この女子に、いや、兄に憧れる全ての女子に教えてあげたい。
僕の兄『天地真』は『ホモなんですよ』、と。
いや、簡単にホモと言ってはいけない。
男が好きだとか、そういうわけではないのだ。
『好きになった人が、たまたま男だった』
ただ、それだけだ。
ああ、なんて心に響く言葉なのだろう。
こうやって健全男子として生きている今でも、未だ自分の心に取り除くことの出来ないヘドロとなって沈殿している腐女子魂が沸々と湧き上がってくる。
くう、漲るぅ!
僕、『天地央』は所謂『転生』というものをしている。
前世ではボーイズラブ、BLが大好きな腐女子であった。
そんな腐女子がR指定がついたBLゲームの世界と思われるところに転生した。
『主人公の弟』というベストポジションに!
あ、ちなみに僕はホモではないです。
恋愛はしたことが無いし、未だ興味もないが女の子が好きですよ。
まあ、まだ良く分からないが、どっちと『したい』か、と聞かれれば女の子なのでそういうことなのかなと思っている。
転生した理由は、余程前世で善行を積んだか、BLが好き過ぎて死しても魂がBL世界にしがみついた変態かのどちらかだなと漠然と考えている。
ただ、一つ悔やまれるのが、前世を思い出したのが、ここがBLゲームの世界だと気がついたのが遅かったという点だ。
気づいた時には兄は事後だった。
兄の悩ましい姿を邪眼で見たかった。
ああ、邪眼というのは腐女子フィルターのことである。
BLの妄想を加速させるという恐ろしい機能は自動ONで、OFF機能は極めて入りにくいので注意が必要だ。
晴れて交際を始めた兄と、その相手である兄の幼馴染であり僕のことを弟のように可愛がってくれているスポーツイケメン『櫻井春樹』との関係は順調のようだ。
ホモカップルということで前途多難だと思うが、陰ながら応援もとい、覗いていこうと思っているので頑張って欲しい。
とりあえず、兄カップルに対してはそういうスタンスでいこうと思う。
そして、次。
気になっていることがある。
この世界で、実際にはどうなっているかは分からないが、ゲームでは兄にフラれた三人の攻略対象者、通称『失恋ホモ』がいる。
僕は彼らのことが気になった。
彼らは今どうしているのだろう。
いうなればゲームの『後日談』だ。
彼らは、性格や個性は違うが見目麗しいところは同じだ。
見目麗しい彼らがあらたなBLワールドを繰り広げているかもしれない!
確かめずにはいられなかった。
彼らの様子をこっそり覗いて楽しむべく、行動を開始した。
……それが失敗の元だった。
「なんでお前は真先輩の弟なんだろう」
朝、学校に到着した途端、険のある言い方で浴びせられた言葉がこれだ。
発信源は僕の目のまで腕を組んで仁王立ちしている『楓秋人』だ。
失恋ホモの一人である。
同級生で、つい最近までは、特に親しいわけではないが仲が悪いわけでもない、どちらかといえばお互いに好印象だった方だと思う相手。
楓は猫っ毛の金髪に、ぱっちり二重の紅眼で美少年だ。
背はそんなにチビでもないが僕より、拳一つ分程低い。
女子から可愛いと評判のその愛らしさは今休暇中らしく、こちらを見ている目は氷のように冷えていて目を逸らしたくなるような衝動にかられる。
……が、こんなものは慣れてしまえばなんてことはない。
この一週間、毎朝下駄箱でこのイベントが発生している。
ああ、こんなフラグ立てた覚えはないのだが。
「聞いてるの!?」
聞こえてはいるが聞くつもりはありません。
あれ、心の声が漏れていたのか更に温度が下がった気がする。
そんなに睨まれても、なんの感情も沸かない。
『無』だ。
無から連鎖するもの……それは無関心、すなわちスルーだ。
靴を履き替え、まるでそこに奴は存在していないかのように華麗にスルーした。
「おい!」
あーあー、何も聞こえない。
朝の下駄箱イベント、終了だ。
また明日もあるのかな。
このイベント。
まあ、そもそも間違いを起こしたのは僕だ。
失恋ホモの現状、哀愁ホモ、もしくは新たなBLワールドを見たくて楓の様子を見に行って見つかり、逆に目をつけられてしまったのが悪いのだ。
教室でも何気に睨まれて居心地が良くない。
疲れる。
溜息をつきながら一日の授業を終えた。
帰宅すべく、向かった先は下駄箱。
「で、なんで下校の時までいるんだよ、お前は。ストーカーか」
「自意識過剰なんじゃないの? ストーカーはそっちだろ」
朝一回のイベントだったのだが、何故か本日は下校時も発生した。
相変わらず、可愛さはお留守だ。
普通にしてたら可愛いのに、今は憎たらしさしか感じない。
「ったく、なんでそんなに可愛げがないかなあ。兄ちゃんがいる時とは違いすぎるだろ。猫かぶりすぎだっつーの。あんまりつっかかってくると、兄ちゃんに猫かぶってんのチクってやる」
「な……!」
どうだ、大好きな兄ちゃんにチクられたら困るだろう。
楓は睨みながら固まっていた。
「嫌だったら大人しく……」
「……別に、もうチクられたって……どうでもいいし」
「え?」
こちらが言い終わるのも待たず、どうでもいいと言い放って先に行ってしまった。
「おい、ちょっと」
声をかけたが無視されてしまった。
ああ……しまった。
兄にチクるというのは拙かったか。
去っていくときの顔が寂しそうだったというか、傷ついていたような気がした。
苛々で思いやりが欠けていた、彼は失恋ホモなのだ。
兄の話題はとってもデリケートな部分だったかもしれない。
物凄く申し訳ない。
すぐに謝りたい、急いで後を追いかけた。
走っていくと、すぐに楓の姿を見つけることが出来た。
ちょうど校門を過ぎたところだった。
呼び止めると一瞬足が止まったが、無視をすると決めたようでそのまま進み始めた。
追いついて横に並んで声を掛けよう……としたが、どう言うか迷う。
楓が兄に失恋したというのを知っているのはおかしい。
うーん、どう謝ればいいんだろう。
……まあ、とりあえず謝ればいいか。
「さっきは悪かった」
「……何が」
突き放すような言い方で、ぶっきらぼうに言われる。
ですよね、そう言われるとは思ったんだが。
「何って訳じゃないけど、辛そうだったから。なんか傷つけること言っちゃったかなって。ごめんな」
そう言うと楓の足がぴたりと止まってこちらを見た。
「……」
そして再び僕を無視して歩き始めた。
なんか言ってくれよ!
なんだか謝れたのかどうか分からない。
すっきりしない。
こうなれば謝罪の押し売りだ。
自販機でホットのカフェオレを買う。
前に買っていたのを見たから飲めるはず。
先に進んで行っていた楓に追いついて、手に無理やりカフェオレを握らせた。
「熱! 何?」
「これ、お詫びの品ってことで! じゃあな!」
押し付けてそのまま逃亡。
これで示談成立だ。
うむ、すっきりした。
世の中、やはり金、物品が後腐れなく解決出来て良い。
――翌日。
再び下駄箱イベント……と思いきや、楓の姿は無かった。
良かった。
朝から精神がトゲトゲしなくて済む。
でもちょっと、これはこれで寂しいところもある。
昨日の発言はきっとフラグを折ってしまったのだろう。
少し残念な気がしないこともない。
まあ、今度は気をつけて失恋ホモ楓たんカワユスを観察しよう。
春兄といる兄を切なそうに見つめているところとか目撃したいんだけどなあ。
そして今日一日も何気ない学校生活を終え、下校の時間だ。
下駄箱から靴を取り出し、履くためにしゃがんでいると、視界がカフェオレの缶のパッケージで占領された。
何事かと顔を上げると楓がいた。
「僕、甘いのは好きじゃないんだよね」
「はい?」
え、何、飲まないから返すということ?
ずんと突き出してきているので、受け取れということだろう。
「わざわざ返さなくても、誰かにあげればいいじゃん。っていうか、前にカフェオレ買ってるとこ見たんだけど?」
「それは……真先輩がカフェオレを買ってたから、好きなのかなって思って。部活の時とか、差し入れで……」
なんと、あれは兄への差し入れだったか。
なんという乙女。
間近でカワユス楓たんを見られて嬉しい。
ああ、潤う。
受け男子の乙女ポイントきゅんとするわあ。
楓が兄とくっついていたらさぞ可愛い誘い受けになっていただろう。
おっと、邪眼のせいで腐の思考に入り浸るところだった。
人前では危険だ。
ん、でも……そういえば?
「兄ちゃんはブラック派……あ、そうか。春兄が甘いの好きだからその影響でカフェオレつい買っちゃうって言ってたか……」
付き合った男の影響を受ける女子、と化した兄である。
……ん?
冷えた空気を察知する。
それで、察した。
あ、思ったことをついつい呟いてしまった、と。
恐る恐る楓を見ると、案の定目を見開いて固まっていた。
これって、兄達のラヴラヴ情報なわけで、楓からしたら聞きたくないことかもしれない!
ああ……もしかしたら楓が兄にあげたカフェオレは春兄が飲んでいるかもしれない!?
うああああせつないいいい!!!
ごめんなさい、ごめんなさい、余計なこと言った!
「あ、に、兄ちゃんと同じブラック派なのか! 一緒じゃん!」
大好きな兄と一緒ですよ!
喜んで! とフォローのつもりでいったのだが、余計に顔つきが険しくなってきた。
ヤヴァイ! ヤヴァイ!
「ああ、えっと! じゃあ、甘くないの奢るから! よし、買いに行こうすぐ買いに行こうそうしよう!」
楓の腕を掴んで連行した。
怖いよ、あんな人目のあるところでこんな目立つ人と揉めてたとか言われたら面倒すぎる!
急いで昨日と同じ自動販売機でブラックのホットコーヒーを買う。
「はい、甘くないやつ!」
「……」
どうぞ、と渡してみるが……動かない。
そして喋らない!
何かリアクションプリーズ!
沈黙が一番恐ろしい!
「……うっ」
うん? 何か声が聞こえた。
……て、えええ!?
「ううっ」
泣いてるううう!!!
どうしよう、美少年が泣いてるよ!!!
ナイテルヨー!
まるで僕が泣かしたみたいな感じで泣いてるんですけど!!!
まあ、泣いてるところは可愛いけど!
違うことでひいひい喘いで泣いてる涙も見たい、とかああああああもう今は節操無く発動する邪眼が邪魔だ!
「ちょ、お前何故泣く!? ブラックじゃなかった!? コーラとかの方が良かった!?」
「煩い! お前なんか嫌いだ!」
「ええ!? 僕、嫌いって泣かれてる状況!?」
意味が分からないが通行人の視線が痛いので、少し先に進んだベンチまで引っ張っていって座らせた。
僕も隣に座る。
今も口をへの字に曲げて泣く楓。
どうすればいいんだ……。
「……はあ、意味分からん」
思わず愚痴る。
「……真先輩だったらきっと優しく慰めてくれるのに」
小さな声で言ったのだが、聞こえていたようだ。
「すいませんねえ、残念な弟の方で」
「全くだよ」
あんな主人公な兄と同じことを求められても無理というものである。
優しく、か。
「よしよし」
楓の頭に手を伸ばし、子供にするように頭を撫でてみる。
「な!?」
「優しくして欲しいんだろ?」
優しくといえば頭を撫でるしか思い浮かばなかった残念な思考回路です。
楓は驚いたまま固まっている。
面白いのでもう少しよしよししてみる。
――よしよしよしよし
すると、楓の顔が赤くなった。
林檎のようだ。
照れているのか?
カワユス!
はっ!! これは!!
「これがナデポか!!」
「っ! 馬鹿かー!」
撫でていた手を叩き落されてしまった。
「痛いんだけど。どういう仕打ちだよ、これ」
いてて、と自分の手をスリスリする。
そんな僕を楓は呆れた顔で見ていた。
「……はあ、本当に真先輩と血の繋がりあるの?」
「失礼な。顔は似てるだろうが」
素敵な笑顔でにっこりと微笑んでやった。
「……か、顔だけはね」
目を反らしながら溜息ながらに溢された。
あれ、少し顔が赤い?
は! そうか!!
「これがニコポ!」
「煩い! もうお前喋るな!」
突込みを入れるぐらい元気になって良かった。
まだ少し目元は赤いが、涙は止まったし、大丈夫そうだ。
本人も落ち着いたのか、僕があげたブラックコーヒーを飲み始めた。
「やっぱり美味しい」
「ふうん。僕はカフェオレ派だな」
「聞いて無いし、興味無いし」
「ツメタイ」
「カフェオレ、真先輩が好きだと思って飲んでみたけど、僕は駄目だったな。……真先輩は、味覚が寄っちゃうくらいあの人のことが……」
俯きながら呟く楓。
後半は小さな声で呟いていたが、僕の耳はばっちり捉えていましたよ!
今、嫉妬しましたね!
哀愁ホモ、頂きました!
ご馳走様です!
「……何ニヤニヤしてるんだよ」
「し、してないよ」
「ふっ、変なヤツ」
危ない危ない、顔の筋肉の締りが悪くて危険だ。
楓は笑っているからなんとかセーフだが、気をつけなければ!
「なあ、アキラ」
「えっ、急に名前呼びかよ」
「……悪いのかよ」
「いや、全然いいけど。お前、距離感の詰め方半端ないな」
今までは『なあ』とか『おい』とか苗字でしか呼ばれてなかったから、急に名前で呼ばれたから驚いた。
一瞬アキラって誰ってなった。
「ライン、教えてよ」
「え、嫌」
「はあ? さっさとスマホだしてよ」
断ったら凄い鋭い目になった。
怖い! 怖い!
「……ハイ」
やっぱり僕に対しては『可愛い』の部分がお留守になってしまうようであります。
悲しい。
「…………八つ当たり、ごめん。ありがと」
スマホを取り出すため、カバンをがさごそしていると何か呟いたのが聞こえた。
「うん? 何か言った」
「……」
「無視かよ!!」
僕からスマホを取り上げ、登録を済ますと乱暴に返して楓は去っていた。
なんなんだ、あいつ。
ゲームではきゃわいいツンデレだったんだけどなあ。
やっぱりゲームと現実って違うのかなあ。
若干疲れながら帰宅。
家に帰るとやっぱりいますね、春兄。
兄カップルが仲睦まじくて邪な弟は嬉しい限りです。
「ただいまあ」
「おかえり」
「おう、お疲れさん」
今日は下のリビングにいるようで返事が返ってきた。
兄の部屋でナニとは言わないが、励んでいなかったようだ。
「はあ、疲れた」
「央、おっさんみたいだぞ」
春兄に茶化されながらソファに雪崩れ込む。
「央、制服に皺がつくよ。着替えておいで」
「もうちょっと後で」
お母さんのようなことをいう兄はやっぱり今日も今日とてイケメンだ。
我が兄ながら惚れ惚れとする。
顔は似ているのに、こうも残念に仕上がる僕は一体何なのだろう。
「どうしたんだ、真の顔をじーっと見て」
お、何ですか、嫉妬ですか?
大丈夫だ、誰も取ったりしない。
思う存分抱くといい、ふふ。
「何かあったのか?」
おっと、邪な考えをしているだけなのに心配させてしまった。
すいません、貴方達であんなことやこんなこと考えていました。
「いや、兄ちゃんと僕って顔は似てるのに全然違うよなあって思って。今日も本当に血は繋がってるのかとか言われたしさ。いやあ、参ったね」
「……誰だ、そんなことを言うのは」
軽口で言ったのだが、兄が真剣な顔になってしまった。
春兄も心配そうな顔をしている。
そんな深刻な話じゃないのだが。
「ああ、気にしないで。軽いノリで言ってただけで、僕も気にしてないし」
そう言ったのだが、二人はまだ心配そうだ。
「ねえ、央。誰かと揉めてたりしない? ちょっと、気になる話を聞いてね」
「揉めてる? 何それ」
「お前が最近毎朝下駄箱で揉めてるってクラスの奴に聞いてな」
おわう、なんと楓イベントが二人の耳にまで届いていたとは。
まあ、良く考えれば楓も目立つし僕も兄の弟ということで顔は知られている。
その二人がごちゃごちゃやってれば噂も立つのかもしれない。
「楓と何かあったのか?」
兄はとても心配そうだ。
自分が振ったことで、僕に何か迷惑が掛かっていないか案じているのだろうか。
「別に何もないよ。まあ、友達だし? ちょっと喋ってただけ、かな」
「そうなのか?」
「仲良かったのか?」
「よく話すようになったのは最近、かな」
最近というか、小一時間程前っていうか。
「何かあったら相談しろよ?」
「はあい」
兄達に心配されながら、自分の部屋に戻った。
ああ、明日もあるのかなあ、楓イベント。
――翌日、朝。
登校しようと身支度を整えて、玄関を出ると人の影があった。
「おはよ」
プリチー楓だった。
おかしいな、プリチー召還した覚えはないのだが。
「……おはよう。お前は新手の『メリーさん』か何かか?」
「何それ」
「『私メリーさん。今あなたの家の玄関にいるの』ってやつ」
「ああ。って人をホラー扱いするなよ!」
「じゃあなんでいるんだよ」
「……これ」
差し出されたのは缶のカフェオレだった。
暖かいからさっき買ってきたんだろう。
「昨日、奢って貰ったから、やるよ」
「はあ……。え、これのために来たの?」
律儀なことだ。
でも学校でもいいだろう、わざわざこなくても。
「ついでに、一緒に学校に行ってあげるよ。有難く思って」
「いや、別にいいです。恐れ多いので遠慮します」
「はあ? わざわざ来てあげたのに!」
「別に頼んでないし」
なんということだ。
下駄箱イベントが玄関イベントに悪化している。
二人でごちゃごちゃ言い合っていると後ろのドアが開いた。
「央、どうした? ……楓?」
麗しの兄だった。
兄が出てきて楓は固まった。
「なんでここに楓が?」
「あ、あの、僕は……」
顔を顰めて心配そうにこちらにやってくる。
昨日も楓と何かあったのか聞かれたし、あまり心配を掛けたくない。
「迎えに来てくれたんだよ。じゃ、行くぞ」
楓の肩を叩いて出発するよう促す。
「え? あ、ちょっと待って。真先輩、失礼します!」
兄に挨拶をして楓も後を追いかけてきた。
「兄ちゃんと僕とで態度違い過ぎない? なんだよ、あの『あ、あの』とかいうもじもじは」
「もじもじなんかしてないし!」
「してたね。トイレ行きたいのかなってくらいにしてたね」
「変なこと言うなよ!」
ぎゃあぎゃあ言い合ってると兄を迎えに来た春兄とすれ違った。
こっちを怪訝な顔で見ていた。
「っていうか、折角ホット買ったんだから早く飲みなよ!」
「いや、今飲んできたし、いらないし」
「じゃあ、これ食べなよ!」
何故か半ギレぎみに差し出されたのは、手作りっぽい焼き菓子だった。
美味しそうだったので手にとって見る。
いい匂いがしてついつい食べてしまった。
「美味い! 柔らかいクッキー?」
「フィナンシェ! ふふん、美味いだろ。結構上手に出来たんだから」
「ふうん。って、作ったのお前かよ! 乙女か! 美味すぎて引くわ!」
「な! 人が頑張って作ったのに!」
賑やかというか、騒々しい声をあげながら歩く一年生二人の後ろを、二人の三年生が距離をあけて歩いていた。
前の二人は騒いでいて後ろの二人には気づいていないようだ。
「大丈夫かな」
「まあ、大丈夫だろう。楓も悪い奴じゃない。お前にフラれたからって央に害を及ぼすようなことはしないさ。ああやって、突っかかっていくくらいさ」
「いや、そういうことじゃないんだ。そういう心配はしていない。あれだって、突っかかってというよりは、じゃれてるみたいなものだろう。それよりも……」
「うん?……ああ、そういうことか。『そっち』か」
「うん。央は……本人は気がついていないけど、本当は俺なんかより人を惹きつけるものを持っているから。……どうなることやら」
「まあ、オレはライバルが減っていいけどな」
「春樹、お前なあ。……はあ」
主人公が、兄から弟に移っていることに気がつく者はいない。
それはそうだ。
この世界がBLゲームの世界だと知っているのは今『主人公』となった者だけ。
つまり本人が自覚するまで誰も気づかない、知ることはない。
ゲーム<弟の今後>の行く末を案じる前主人公の思いは、現主人公には届かないのであった。
攻略対象は春夏秋冬の字が入る四人います。
今回は『秋』でした。
夏と冬はぼんやりと用意はあるのですが……気が向いたら書きます。
読んでくださり、ありがとうございました。