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都合の良い探偵

作者: kawauchihiroki

推理小説が解けるのは、多くの場合、都合が良いから。少年探偵には有能な発明家がついていて、ハードボイルドな探偵は最終回以外が異常なまでの生命力で生き残る。謎が謎のまま残るミステリーはホラーだし、そもそも完全犯罪は警察や探偵に気付かれていないから物語になりようがない。探偵や読者が事件に気付きさえすれば、それはもう解決したも同然だ。

解けないミステリーがあるとしたら。それは後だしジャンケンのような卑劣さを持った、本当に都合が良いだけの物語なのかもしれない。

 その探偵は職業柄、ミステリー小説が好きでよく読んだ。物語に出てくる探偵役は、大抵、特殊な能力を持っている。例えば、かの有名なシャーロック・ホームズはヴァイオリンが上手く、ボクシングはプロ級、科学実験が趣味で、向かう所敵無しだ。最近では瞬間記憶、物理学者、数学の天才などが流行っている。そんな天才の探偵には、その能力に応じた事件が都合よく降ってくる。しかし、実際の探偵はどうかというと、天才はそう多くない。いや、ほとんどいないだろう。東大を出ている訳もなく、格闘技の経験もなく、瞬間記憶能力も物理学の知識も数学的な閃きもない。ごく一般的な人間が探偵を名乗り、ごく一般的な相談を受けているだけなのだ。フリーランスの自由を愛してはいるが、何か依頼が無ければ暇なだけ。事務所を空ける訳にも行かず、夏はクーラー病に苦しむ。金に困れば、迷子の猫探しなんて地獄のような仕事も受ける。都合の良い展開は美しい物語の中でだけ。現実の探偵に必要なものは才能でも何でもなく、粘り強く依頼を待ち、捜査を続ける忍耐力。それがその探偵の信条だった。

 久々に大きな金額の依頼を受けた。なんでも法律ぎりぎりの商売をしている依頼人の事務所で人がいなくなったとか。それでも、警察には知られたくないという訳だ。いかにも危険な案件だが、背に腹は代えられない。金になるならどんなことでも調べるのが探偵だ。腹が減っては戦はできない。

 ジャケットを着込み、事務所に入った探偵は、開口一番大きなくしゃみをした。環境破壊を励行しているかのような冷房の行き届いた部屋に恰幅の良い依頼人の男がいた。犯行現場の地下室はかなり荒らされているものの、何も盗られていないらしい。しかし、肝心の被害者が、まるで消えてしまったかのように見当たらないとのことだ。鼻水をジャケットの袖で拭きながら探偵は現場に向かうことにした。地下へ続く階段を進みながら、恰幅の良い依頼人にいくつか訊いてみる。

「犯人に心当たりは?」

「ありすぎて困っております」

「被害者のご家族には?」

「彼の家族のことは知りませんな」

「隠し事は困りますよ」

「嘘はついておりません!」

 犯行現場の地下室の前に着いた。部屋のドアは外からも鍵を掛けられるようになっている。ドアの下の隙間からはどす黒い血が流れ出ていた。この出血では被害者はもう生きていないだろう。探偵はその場で手を合わせた後、ポケットティッシュを取り出して、酷くなる一方の鼻水をかんだ。じゃあ最後に、と言った探偵は再びくしゃみをしてこう訊いた。

「猫は飼っていますか?」

鍵を開けようとした依頼人は驚いたようにこちらを見上げる。

「……ええ、一匹」

 後ろから襲ってきた男を間一髪避けて、ドアを開けた依頼人とまとめて暗い部屋の中へと放り込み、ドアを抑える。ちらりと見えた部屋の中には、一匹の大きな虎がいた。殺人狂だった依頼人の証言には確かに嘘はないのだろう。虎は獲物を丸飲みにすると聞く。ドアの向こうに、二つの悲鳴が響いた。周りに他の人間がいない事を確認した探偵はこう呟きながら事務所を逃げ出した。

「餌になんてなってたまるか」


 その探偵は天才でもなんでもない。本当に都合良く、猫アレルギーだったのだ。

一日一作書いている掌編小説のひとつです。


様々なテーマで書いていて、今回は「ミステリー」。

ミステリーってなんなんだろう、と思って書きました。


初めての投稿ですが、多くの人の目にとまればと思い、毎日書いている中から、厳選してここにアップしていきたいと思います。

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