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I・COLOR  作者: かたお
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結末

「恵、お前がいなくなってからもう何年たったか…。」



墓石の前に一人の男が立っている。喪服姿で線香を立て手に持っている花をそこに添える。



「俺には…お前と暮らしていたのがまるで夢のように思えてしまった。俺は二人とも救えなかった。お前も、翔平も…っ。」



感極まって泣きそうになる。だが彼はこらえしっかり目を開き墓石を、今は亡き愛した者たちを見据え語る。



「私は、もう少しでどうやら教え子を失っていたかもしれないらしい。だが志賀直哉という少年のおかげで私はまた同じ思いをせずにすむらしい…。いや、結局私は無力だった、彼女に何もしてやれなかった。」



振り返り、田舎の田んぼや畑の広がる農村を、青空を見つめながら彼は言う。



「だが、彼は私も救ってくれた、彼には力がある。それは青年が背負うにはあまりにも大きすぎる力だ。彼はそれに屈しようとしていた、が彼は屈しなかった。彼には人を救う才がある。私は彼に教えられた。彼のような人間がこの世界にはまだ多くいる。悩み苦しみ抱え込んでしまう。」



『まるであなたみたいね。ふふっ…。』



彼は振り返る、そこには何もなくただ心地のよい懐かしい匂いがした。



「あぁ…だから。」



彼はニッと口を引き笑う。

だからほっとけないんだ。志賀(あいつ)は。





準備は整った。いや、まだ十分ではないかも知れない。だがクラスの皆から、また他クラスの奴等からも真弓に関する情報を聞き出し、集め、まとめた。

彼女の両親はどうやら立派な仕事につけるほど頭の固い人間らしく、彼女のためと思い彼女を束縛している。

そして彼女はそんな生活に耐え、外では元気であるように振る舞っているのではないか…というのが大体の推測。

真弓と仲のよかった女子に家についての情報も聞きつけた。



「ふぅ…、やるしかないか…。」



俺はバカだからあんま頭がまわんねぇ。だから1つしか方法が浮かばなかった。乗り込む。そして彼女の本当の思いを聞く。

警察のお世話になりそうだが今は正直どうでもいい。

今動かずして、いつ動けってんだ。彼女が死ぬかもしれないんなら、俺が警察に捕まるくらい関係ないね。教室を飛び出し下駄箱に向かう。するとそこには友妃が立っていた。



「直哉…。」



彼女の顔はとても寂しくそして悲しげで儚げで…。哀愁漂うというかそんな顔をしていた。



「最近…、真弓の話ばかりするよな…。」



「…あぁ。」



「直哉はさ…真弓のこと好きなの…?」



胸の前で手をキュっと握り顔をこちらに向けてくる。俺は…、顔を逸らした。



「わからない…。ただ今俺は彼女を救いたいんだ。」



「そっか…。」



友妃は頭を伏せる、俺は顔を逸らしたまま動かせない。

彼女の足下に水滴が垂れる。彼女の頬をつたった涙が地面に落ちる。



「私は…私は好きだよ…っ!!直哉が…っ!!」



…っ!?

彼女が泣きながら俺の胸に近づく。そしてポカポカと力の無い拳で俺の胸を叩く。



「はじめてだった…っ!!こんな…こんな気持ちになるなんて…。一緒に出かけたり、ご飯作ったり…!!誰かの為に何かをしたのもはじめてだった…っ!!」



「友妃…。」



「私はこんなに好きなの…。あなたの事が大好きなの…っ。」



「……ごめん。」



彼女は俺の前で泣き崩れてしまった。結局俺は彼女と目を合わせられないまま、その場から立ち去った。





校門に向かい走る。そこには見慣れた二人の顔が。



「おせぇぞ直哉!先にいっちまうとこだったぜ!!」



「やぁ、志賀くん。今から行われる劇にエキストラが二人追加されるけど構わないよね?」



チャリに乗った実篤と有島がそれぞれらしい笑顔で俺を待っていた。



「どうしたんだよ二人とも。」



「お姫様の救出に向かうんだろ?お前だけにいいカッコさせっかよ。」



「実篤くんね、ずっと志賀くんの心配してたんだよ。」



バカ、言うな!!と実篤が有島を殴る。こんな風景今まで無かった。俺には今友達がいる。仲間がいる。



「乗れ、こっからは俺がお前を送ってやる。」



「恩に着るぜ実篤!」



そう言ってチャリの後ろに乗り実篤に抱きつく。

すると自転車はすごいスピードで校門から離れていった。



「それで!なんでお前は!中村を助けようと思ったんだ!?」



風を切る音がうるさく声が聞き取りにくい。だが実篤の声はよく聞こえる。

カクテルパーティー効果に似たようなものだろうか。



「あいつの家が厳しいからって!普通はそんな風にならねぇだろ!!なにか訳があるんだろ?言ってみな!!」



実篤が声を張りながら俺に伝えてくる。しかし、彼らに言って嫌われたりしないだろうか…。

不気味な人間だと思われないだろうか?



「言ってみてよ志賀くん。僕たちに何か隠してるんでしょ?」



図星だ…。この際言わない方が嫌われたりするんだろうか…、いやでも、なぁああああ…。



「じれったいなぁ!!いっちまえ!!それ言ったからって別に何かが変わるわけじゃねぇから!!」



そうなのか…?いやどちらにせよ伝えよう。彼ら「友人」には本当のことを言うべきだ。



「あぁ!じゃあ言うぜ!!嘘みたいに思うかもしれないが!!俺には人の生きる気力が!!目で、色になって見えるんだ!!」



途端目を見開く二人、彼らは驚愕を抑えられないような顔をしていた。

あぁ…、やってしまったかな?気味悪がられるのか?でも関係無い。これが俺なんだから。



「そいつは…。」



実篤が口を開く、もう何を言われたって気になどしない。



「そいつはすげぇな!!」



実篤は顔に満面の笑みを浮かべている。こいつアホだ。有島は不思議そうな顔をしているがなんだか興味を示しているようにも見える。



「あの…気味悪がったりしないのか…?」



「あ?するわけねーじゃん!!そんな力があんなら先にいっとけよな!!」



「そうだよ志賀くん。その力があるから彼女を今から救えるかもしれないんでしょ?それは凄い事だと思うよ!!」



なんだこいつら…、俺の事を気味悪がったりしないのか?それどころか興味を示していやがる。



「なぁなぁ!!俺は何色に見える!?」



「…緑、正常値だね。」



「そっかそっか!!ならまだモテ男目指して頑張れますか!!」



実篤は冗談を交えながら笑っているが彼の額には汗が浮かび息づかいも荒くなってきた。



「はぁ…、すまねぇ武郎パス。あとは頼んだぞ!」



そう言うと自転車を止めその場に倒れ込む。俺は手を貸そうとも思ったが有島に止められ今度は有島の後ろについた。



「有島…、大丈夫か?」



「大丈夫だよ…っ!!ちょっとキツいけどまだまだ…!!」



彼はひたすら自転車を漕ぐ。もう実篤は見えない。

真弓の家まで半分はきっただろうか…、有島もバテてきていて尋常ではない位の汗をかいている。



「僕はね…。」



有島が唐突に口を開き喋り出す。自転車を漕ぐ足をけして止めずに。



「僕はね…中村さんの事が好きなんだ。けっこう本気で…。でも君が来てからの中村さんは楽しそうに君と話していた。僕は嫉妬した、君に。」



「有島…?」



「だけどね、思ったんだよ…。中村さんは君といるのが楽しいんだから、僕は彼女に幸せでいてほしい。だから僕は諦めた。君に幸せにしてもらうのが正しいんだって。」



はぁはぁと息が上がりそうになりながらもなお漕ぎ続けるが倒れる。

地面に寝そべり過呼吸のような状態になっている。



「有島!?」



「行って!!ガハっ、ゴホ…っ!!」



「で、でも有島、お前!」



「いいから行けっ!!彼女を救ってくれ!!」



真剣な目をしてこちらを見つめてくる。俺はそれに答えるように頷き自転車にまたがり走り出した。




時計を見る、確か知人から聞いた情報によるとこの位の時間に父親が帰ってくるらしい。そこを狙う。

すこし走ると大きな日本の屋敷のような物が見えてきた。



「ここか…っ!!」



自転車を降り入り口に向かって走る。そこに黒塗りの車と真弓がいた。

車からはいかにもきっちりしてそうな頭をスポーツ刈りのような短い髪にした男が降りてきた。

今だ…!今しかない…!



「真弓っ!!」



「えっ…?志賀くん?どうしてここに?」



彼女は急に呼ばれ困惑する。すると父親であろう人間がこちらに向かいドスの効いた声で話しかけてくる。



「君か…、志賀直哉とやらは…。」



「あんたが…真弓の父親か!?」



臨戦態勢をとる。父親の声はまるで凍てつくような寒さを纏わせたそんな声だった。



「ふっ…、貴様が馴れ馴れしくうちの娘の名前を呼ばないでほしいな。君のようなみすぼらしいガキがうちの娘に悪影響を及ぼすのでな。」



「なんだと…っ!?」



「この前この子を町中引っ張り回しただろう、この子は門限をはじめて破ったのだ…、貴様のようなクズのせいで。」



なんだこのジジィ…、まるで身内以外はゴミのようなそんな発言を軽々しくしやがる。



「娘の為とおもい高校にも通わせたが…むしろ逆効果だったようだ…。貴様達のようなクズのコミュニティの中に私の娘を入れたのがまずミスだったよ。」



「…クズはどっちだっ…!」



拳を握りしめ、ジジィを睨み付ける。その腐りきった根性はいったいどこから来てやがる…っ!!



「自分の娘の気持ちを考えもしないで…、それではアンタは親とは言えねぇな…っ!!クズだ…っ!!」



「…なんだと…?」



「自分が本当のクズだとも理解できねぇのかクソジジィ!!」



俺は思いっきりジジィの左頬にフックを叩き込む、ジジィは車のドアにもたれ掛かるように倒れた。

そして俺はジジィの襟をつかみあげる。

すると今度は俺がジジィに殴られた。



「ふざけるなガキがっ!!貴様のような奴の事をクズだと言うのだ!!」



「娘の事をまったく理解せずに自分の理想を押し付け彼女を追い込んでいた貴様の言える台詞かァ!!」



また殴りかかる、今度は連続して殴る。

自分の思いをぶつけるために。



「あんたは!!アイツの!!親なんだろ!!親っていうのは!!こどもの気持ちを考えて!!子供を幸せにするもんだろ!!」



殴る。殴る。



「俺は!知らねぇんだよ!!親から憎まれ!!人殺し扱いされた俺には!!親の愛情なんてわかんねぇんだよ!!」



殴る、殴り続ける。



「俺は知ってる!!理不尽な理由で妻と息子を失った男を!!彼は息子の為に海を!!見たこともない海を見せてやろうとした!!」



自分で歯止めがきかない。もう止められない。



「真弓は!!死にたいと思ってんだぞ!!あんたに!!アンタの筋書き通りの人生を送らさせられ!!死のうと考えていたんだぞ!!」



ジジィが目を見開く。その表情には驚きと憎しみが込められていた。貴様に娘をわかったような口をされたくない、と。

まだわかんねぇのか…!!

襟をつかみ車にジジィを押し付ける。



「真弓は…、アンタの玩具でもなければ傀儡でもない…っ!!一人の女の子だ…!!アンタの独りよがりの理想を…、彼女に押し付けるな…っ!!」



襟から手を離すとジジィはその場に尻餅をついた。気絶したわけではないようだ。

真弓は絶句して目を手で覆っている。大丈夫だ、こんな頑丈そうなジジィそう簡単に死にはしねぇって…。……あれ?頭がぼーっとしてきた…。なんだか意識が。

俺は倒れ、そこから意識は途絶えた。





「…や…。…な…。」



なんだか声が聞こえる。



「直哉っ!!直哉っ!!」



目を開くと実篤が俺の体を揺すっていた。「よかったぁ…目が覚めたんだな…。」



上を見ると天井があり布団に寝かせられているのがわかった。

和風な部屋で襖やなにやら装飾された窓のような何かなどがあった。



「実篤…、俺…。」



「ん?あ、あぁ…。中村の父親と喧嘩してどっちとも怪我したからとりあえず中村の家で手当てしてもらった。」



「あ、あ…。真弓はっ!?」


飛び起きて辺りを見回そうとするが腰に痛みが走る。



「おま…、一応お前は腰から倒れたらしいから少しは安静にしてないと…。」



実篤が言うが俺は反論をし、ここから出ていこうとすると。襖があき奥から傷だらけのジジィが入ってきた。



「真弓真弓真弓真弓と、私の娘の名前を気軽に呼ぶなといったはずだが…?」



「…ジジィ…っ!!」



俺はまた睨み付ける。だが彼は目を逸らす。

そして頭を下げた。



「すまない…君の言う通りだった、私は自分の理想を真弓に押し付けてしまっていたのかもしれん。だが、真弓には幸せになって欲しかった…。どうしたら正解だったんだ…?」



彼は俺に救いを求めるように泣きながら頭を下げている。

最近年上の男が泣くのをよく見る気がする。

だが俺は親からしっかり育てられた記憶はないから…。

返答に戸惑っていると、実篤が立ち上がった。



「信じてやれ、自分の娘を。」



しっかり相手の目を見て実篤らしくない落ち着いた口調で語りかける。

ジジィもびっくりしたようで目を見開き実篤を見る。



「俺はさ…、親に嫌われてるんすよね。その鬱憤を晴らすために中学の時に暴れまわっちまってサツのお世話になったことがあって…。」



初耳だ、確かに実篤からは不良のような風貌ではあるがその根は正義感溢れる優しいやつだと思っていたが…。実際はただの不良だったのか。



「そこでサツのおっさんに言われたんだ、お前は何のために暴れまわってたんだって。」



「で、君はなんて答えたんだ?」



「認めて欲しかった、親に、自分の存在を。ないがしろにされ、無視してきた親にたいして。」



手を握りしめうつむく。その表情からはいつもの実篤とは違う「憎しみ」や「妬み」というような感情が見える。



「実篤…、それで親からは…?」



「はっ!腫れ物扱いだよ、『お前は私達の息子じゃない』って、最初からそんな目で見てきただろうに。」



吐き捨てるように言う、実篤を変えたのは間違いなく『親』だ。その親が責任を放棄している。



「自分の理想の息子にならなかったら捨てるとか、俺はプラモデルかなにかですか?……だから。」



ジジィにしっかり目を合わせ優しく語りかける。

俺のような「最低」な人間を増やさないでくれ…と。


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