動揺
人には寿命がある。
寿命というのは生まれたときに決まっている決して変えたり覆すことのできない運命。
いや、短くすることはできるかもしれない。
自ら命を断てばいい。
そもそも寿命というものはどこまでが「寿命」なのだろう。
自殺や他殺、交通事故などによる急な「死」は寿命が尽きたというのだろうか。
同じく病気による「死」は寿命に入るのだろうか?
待て「死」とはなんだ。
寿命が尽きるとはなんだ。体が衰弱し亡くなる事を言うのか。
なら事故を受けてから人の「色」は変わるのか?
急に緑(正常)から赤(非常に危険)になるのか?
病気になったら「色」が変わるのか?
あの娘、中村はなんで黄色なんだ。
持病でも持っているのだろうか?
それとも近々事故にあって亡くなってしまうんだろうか…。
知りたい。だが知ってどうする?
持病だったとしてそれを聞き出して相手を傷つけたりしたらどうする。
だいたい信じてくれるわけがない。
また気味悪がられておしまい。
結局何もできない。
「はぁ…。」
あれから一ヶ月ほど経ったが、俺は初日からずっと同じことを毎日帰り道に考えている。
頭の中にあの光景が浮かぶ。
彼女は黄色だった。
間違いなく。
近くを歩いていた老人を見て願う。
(知りたい。)
いつものように背景はセピアに変わり老人のシルエットが浮かび上がる。
黄色、彼女と同じ黄色。
やはり黄色は歳をとった人間に多くいるカラーだ。
祖父の経過を眺めてきた俺から見れば、じきにオレンジっぽくなり赤になり…そして、
(黒になる…。)
死体をこの目で見ると黒く見える。
祖父がそうであったように。
気づくと既にマンションの入口前に立っており、中ではいつも通り美羽さんが掃除していた。
「おかえりなさい志賀くん。」
「た、ただいまです…。」
一ヶ月経っても「いってらっしゃい」と「おかえりなさい」には恥ずかしさを覚えていた。
自室に戻り、鞄を置いて着替えを用意しシャワーを浴びにバスルームに移動する。
そこで鏡を見る。
冴えない自分が写っていた。
俺もいつかは寿命で死ぬ、俺は、俺の寿命を…
「知りたい。」
しかしなにも起こらない。
知っていた、この「力」は「自分以外」の、「人間」の、「本体」の、「一部」を見ることによって発動?する。
つまり鏡に写った人間や、写真、テレビなどの人間、そして俺自身にはこの「力」は使えない。
いや、俺自身の寿命が見えないのは単に俺が俺に対して興味を持っていないからなのかもしれない。
ただ逃げているだけかもしれない。
…今はそんなこと考えてる場合じゃなかった!
シャワーを浴びる。
自分を卑下した所で中村の件が解決する訳じゃない。とにかく何か、どんな小さな事でもいいから自分ができることを考えろ!!見つけ出せ!
「なぁああああああああっっ!!」
考えれば考えるほど頭が軋むように痛くなる。
少し難しく考えすぎなのかもしれない。
…そうだ!ゲームだ!
俺だって男だ、少なからずギャルゲーと呼ばれる恋愛シュミレーションゲームをやってきている。
あの手の主人公はいつもヒロインの悩みや問題を解決に導いている!
そうと決まれば、と俺はおもむろにゲームを取りだし研究を始め、土日を挟んだ月曜日に作戦を決行するのだった。
月曜日、朝。
ベットから起き上がり制服に着替え朝食を摂る。
そして部屋から出て一階の入口へ。
毎朝同じように美羽さんが掃除をしている。
「いってらっしゃい、志賀さん。」
いつも通り挨拶をしてくれる。
だが今日の俺は少し違う。
ここから既に作戦は始まっているっ!臆するな俺!
「おはようございます美羽さん、毎日ご苦労様です!ではいってきます!!」
完璧だ…。理想とした主人公像な行動をできた気がする。
俺はあまりの嬉しさに鼻唄まじりに駆けていった。
「あの子…、あんなにさわやかだったかしら?」
何か別のフラグがたった気がした。
学校の下駄箱に到着すると、同じクラスの実篤が居た。
……あれ?あいつ周りの目を気にしているぞ。
なにかやましい事でもしてるのか…はっ!まさか!!
ここは下駄箱、そして実篤は男…そしてアイツはわりとイケメンなのにモテない!
こ、このシチュエーションは間違いないっ!!
あれをあれをしようとしているのだ!!
「上履きに画鋲を入れようとしているのか実篤!?」
「ぬわっ!?なんや直哉か…驚かすなもう…。」
驚かしたつもりは無いんだがな…。
それより彼のいじめ行為を俺は止めねばならん。
「いいか実篤、例えお前がモテなくてもやって良いことと悪いことがある。」
「おい直哉…、お前俺に悪口言いに来たんか?」
「たとえ君が性格的に女子に引かれてても。」
「ぐはっ!?」
「女子の友達ではいられるけど彼氏にはちょっと…ランキング最上位でも。」
「のはっ!?」
「実は女子からあまりのテンションの高さに嫌われてるのが事実としても。」
「がはぁあああ!!」
「やっていいことと悪いことの区別くらい…ってあれ?」
目の前で実篤が泣き崩れていた。
そんなに俺の説教が見に染みたか。
「うぅ…、俺が、俺が何したっていうん…。ただ誰かの上履きに画鋲が入ってるから危ない思って抜いただけなのに…。」
なん…だと…っ!?
入れた側では無く抜いた側だったのか…。
…って、
「おい待て実篤、つまりうちのクラスのやつの上履きに画鋲が入ってたってことか!?」
泣きっ面をした実篤が首を縦に振っている。
「誰のだ!?誰が入れた!?」
「お、おい待てよ、少し落ち着けって…。入ってたのは中村の上履きだよ。」
瞬間頭に痛みのようなものが走る。
心臓にもチクリとした痛みが来た。
俺は怒りのままに実篤の胸ぐらを掴みあげてしまった。
「誰だっ!?誰が入れた!?なぜ彼女がそんなことされねばならないっ!!」
「おい落ち着けって…、周りの目も気にしぃて…。」
俺が大声を上げたせいで周りの人の視線は俺と実篤に集中していた。
「すまん…ついカッとなった。」
「殺人犯みたいな台詞やな…、あぁそうだ、質問に答えるとだな…中村は綺麗で愛想ようて男子にモテるからひがむ女の子が入れるみたいやで。前にも有ったみたいやしな。」
「…なんだよそれ。」
彼女はまったく悪くないじゃないか、もうすぐ寿命が尽きるかもしれないのに彼女はこんな思いをしながらも笑顔で振る舞ってきたのか?
もしあいつら「主人公」ならこういう時どうする…。
いや、いい、俺ならこうする!!
「なんだよそれ!!嫉妬かよくそウケるわ!!あっはははははははは!!自分が不細工だからって自分より格上に陳腐なイタズラしたとこでモテないの変わらないだろあっはははははははは!!あー…腹いてぇ!」
今確かに誰か俺を見ていた。釣れた、これだけ大声で悪口モドキを言えば当の本人はこちらを見るだろう、それも殺気混じりな嫌な目で。
もちろん居ればだが…。
あたりを見回す。
…居た。
スケバン風のマスクをつけた茶髪の女だ…。アイツだけは俺を睨んでいる…間違いないアイツだ。
「おい直哉どうした…お前らしくないぞ?」
「実篤…、あの茶髪の女知ってるか?」
「茶髪?あぁ…友妃さんか?なんかスケバンもどきで誰も近づこうとせんのよねー。」
「友妃か…、覚えた。」
俺がそういうと実篤が好奇に満ちた目で見てきた。
「なんや?気になったんか?ははーんあーゆー子が好みなんか〜趣味悪いな直哉〜。」
なんだかイラついたので、実篤には鉄拳による制裁を行った。
教室につき、知人に挨拶しながら自分の席に向かう。
後ろで頭にたんこぶ生やした実篤が女子に心配されてる。
「実篤くんが殴った相手は大丈夫なの?」と。
どうやら実篤のややロックな髪色と雰囲気のせいで喧嘩をしたと勘違いされているらしい。
にやにやしてやがる。そのまま俺の名前も伏せ続けてもらうとありがたい。
10分程経って中村が入ってきた…、さて作戦の続行だ…。
「おはよう志賀くん!!」
「おはよう真弓、今日もかわいいね。」
突然周りから殺気に満ちた視線が俺に突き刺さった。
痛い、視線がすごく痛い。
「あいつ今中村さんを下の名前で呼び捨てにしたぞ。」だの「俺たちの天使になんてことを。」だの言ってやがる。なるほど…確かにモテるらしい。
真弓本人はかわいくなんかないよ〜、どうしたの?と謙虚な反応を見せている、悪意は感じない。なるほど…モテるな。
それじゃ作戦続行だ…。
それ以降も真弓を相手に主人公っぽい台詞を言いつつ周りからの視線にダメージを食らいつつ今日の授業は終了した。
だがわかったのは真弓がモテるらしいという事実のみ。
こうなれば次にやらねばらならいことは…。
「なぁ真弓ちょっといい?」
「ん?志賀くんどうかしたの?」
彼女は帰る用意をしながらも一度手を止めてこちらを向いてくれた。
なんだか照れ臭くなってしまう…。
「あのさ…、今週の週末のどっちか空いてる?よかったら名古屋を案内してもらいたいんだけど…。」
「うん!!いいよ!!えっと…土曜日でいいかな?」
「うん。ありがとう!」
よし、これで真弓をより知るための舞台は整った。
だが何故だろう、皮膚が焼けるように痛い。
あぁ男子たちの焼けるような冷たい視線が当たっているからか。
熱かったり寒かったり表現は矛盾しているが…。
ともかく今日の作戦は昼までに考えた「もう1つ」を除き全て終わったな。
みんなにサヨナラを言ってから教室を出る。
今から最後の作戦だ。
友妃を探す、そして色々聞き出す。
真弓に対してあまりいい気持ちでは無いらしいからきっと何か「知人」などとは違う情報が得られるはずだ。
廊下を遠くまで見渡す、かなり遠いが友妃の姿が見えた。
ここで俺は彼女に対して力を使う。
彼女について知りたい。
周りがセピアになり彼女だけが緑色に浮かび上がる。
こうすれば視界から消えない限り人混みの中でも見失うことはない。それまでまばたき禁止なのはキツいが…。
早歩きで彼女に向かい歩き出す。彼女は階段に向かい曲がった。力もここまでだな、人が多いから使ってなかったら階段に向かったのはわからなかったかもしれない。
階段を下に降りる、そこには同じクラスの有島武郎が居た。
「よう有島、茶髪の女の子を見なかったか?」
「やぁ志賀くん、茶髪の女の子かい?見ていないと思う…。」
見ていない…?
今は皆下校中…階段なら下に降りるはずだろう?
いや待てよ…あいてはスケバンモドキだ…この階段は確か上に上がれば
(屋上に行けたはず…!)
「すまん有島ありがとな!」
「いや特になにもしてないが…。」
有島に礼を言ってから階段を登る。
もう一階上に登る。
そこには屋上に向かう出入り口が有った、壁の窓が開けられていた。
ここから出たのか…。
窓から屋上へ出る。風が肌にあたる。
あたりを見回すとそこには。
夕焼けに染まった街を見ている友妃が居た。