表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
8/62

皇国と戦争と約束の騎士 1

 ”ペンは剣よりも強し”とイギリス人の政治家兼小説家のブルワー・リットンの戯曲『リシュリュー』では語られてる。文章で表現される思想は世論を動かし、武力以上に強い力を発揮するという意味だ。

 だがしかし、この世界においてその言葉は何の意味をも成さない子供の戯言と同価値であった。

 戦争。

 それは国家同士が政治目的を外交ではなく武力によって遂行する行為。

 始まった時点で宮廷では、普段は訓練と警備にのみ用を成す軍部があらゆる権限を超越し、国家元首である皇帝の勅令以外のすべての事柄を優先させることができる状態となった。

 戦敗国の扱いはどの世界でも変わらない。戦勝国による支配。稀に"栄光無き勝利”という戦勝国であるにもかかわらず、戦敗国と同等の扱いを受ける国家も歴史上存在はしたが、その逆、すなわち戦敗国が戦勝国並の好待遇を受けることはまずあり得ない。

 勝たなければ国が滅ぶ。それが戦争。その中で戦争という行為を行う軍部の権限が圧倒的に高くなるのは極々当たり前のことと言えた。

 タルブの村が連合の奇襲を受けたことにより、エーフェ皇国は連合の宗主国アリティア帝国に対して多額の賠償金及び戦犯の引渡し、現政権の解体、さらに連合に属する国家のうちエーフェと国境を接する3つの国の領土の無条件譲渡など多数の条件を突きつけ、連合はこれを拒否。一週間後には両国から宣戦布告が文書によって通知され、両国は戦争へと突入した。

 それから時は流れ4年。大陸を二分した戦争は違いに一歩も譲らぬ状況のまま4年が経過し、戦線は前進後退の堂々巡りを繰り返し、領土は削り削られを繰り返す日々。いつ襲い来るともしれぬ銃弾の雨に震える国民を尻目に、国家や財閥は戦争特需や非常特別税などの増税によって過去類を見ない程に利益を上げ、互いにもはや休戦や停戦という言葉すら忘れる泥沼化の様相を呈していた。

 そしてこの日もエーフェ皇国の皇都の中央に位置する宮殿"ラヴィアンローズ"の幕僚会議室では顔に深いシワの刻まれた肥え太った士官達によって軍議が開かれていた。議題は数日前に連合軍からの突然の闇討ちを受け陥落した東部の村。あの戦争の引き金となり、未だに最前線と位置づけられついに数日前に陥落を余儀なくされたタルブの村をどうやって奪還するか………

 汚れ一つない軍服に勲章や略綬や飾緒を多量に着けた軍人たちが円卓を囲み、すわり心地のよさそうな椅子に深く腰掛けて報告役の下士官の言葉に耳を傾ける。

「今回の一件、最前線で指揮に当たっていたガレット中佐からの報告によりますと敵は深い緑色の軍服と殉職者から摘出された弾丸及び敵兵死体の持ち物を調べた処、連合軍を構成する各国軍の内、ペラジア王国のものであることがわかりました。尚、ガレット中佐は夜襲により、街に駐留していた軍の4割を喪失したことで一時退却したものの、現在既に村に包囲網を張り敵兵のこれ以上の進軍は許さぬよう完全に防備を固めています。しかし、敵軍の奇襲を受けた兵士達の同様は非常に高まっており、元々重要拠点とは判断されていなかったこともあり敵兵がどれほど潜んでいるかわからぬ状況では兵力が弱冠足りていないことも試算し、現在中佐からは再三に渡って援軍の要請、並びに敵への攻撃指示を求める暗号電文が届いております」

 下士官が報告を終え、自らの席に戻り軍議内容の筆記を再開するのと同時に、その場に居た将軍の誰かが低い唸り声にも似たため息を漏らした。


「連合の連中め……汚い手口を使いおって……」

「奴らに夜襲された箇所は2つや3つでは済まされん。犠牲者も相当な数だ」

「このまま奴らの思い通りに夜襲を受け負けてばかり居るわけにもいくまい。むしろある程度の軍力を割いてでもこちらも奇襲を用いて敵対国への侵攻にさらに力を入れるべきでは?」

「私もそれに賛成だ。このままで済ましていいはずがない」

「つまり、敵に潰される前にこちらから敵を潰してしまおうと……そういうわけですか?」

「無論だ!!!このまま舐められたままでたまるか!!!」


しかし、そんな光景を一人、壁のシミとなり腕組みをして一人佇む男は冷ややかな目線でそれを観察し、ため息を一つ落とした。

 装飾入りの白銀の鎧の上から見てもわかるほど鍛えあげられたボディビルダーのような筋肉を持つ男は柔らかいドレープのある白マントをわずかに揺らし、獲物を狩る鷹のような鋭い瞳を静かに伏せた。

「痴れ者共が……」

 議論に白熱する議員たちに聞こえないほどの小声で男が発した言葉に、隣に立っていた黒髪の副官の男が「は?」と眉根をひそめる。

 将軍の副官。いわゆる女房役となるにはまだまだ経験の足りない若者に対し、嘲笑を浮かべながら、男は目の前の男達をもう一度見回した。

「わからないかヴェフリ……奴ら、このままだと連合軍に……いや、ペラジアの国土へ進行するつもりだぞ」

 ソレに対し副官のヴェフリは「当然でしょう!」と怒気を荒げた高い声音で男を叱責した。

「このままじゃ、舐められっぱなしです!!それに犠牲者だって!!」

 何人では済まない。既に犠牲者は三桁の喉元まで迫る。無慈悲に命を奪われたその数のうちには本来国際法において攻撃対象にしてはならぬはずの民間人も多く含まれている。

 それは戦争ではなくもはや虐殺と言っても過言でない行為。これに起こらずして何が軍人だというのだ。そういう目でヴェフリは男を睨みつけるが、対して男は「そういうことを言ってるのではない馬鹿者……」と呆れとも制したともとれる低い声だけを返した。

「ヴェフリ……お前はもう少し感情論を抑え、合理的に物事を見ようとする努力をすべきだ。いいか?まず、今回の作戦。お前が敵側の軍人だったらどう考える?」

「どうって……そりゃ……」

 奇襲。特に夜襲はとてつもなく効率的な攻撃手段。それに昨夜は雨が降っていたというし、その中でなら最も効率的で合理的な攻撃手段だったであろう。しかし、だからといって倫理に反し、兵士と兵士のぶつかり合いという古来よりの合戦の誇りを踏みにじるような行為は決して許されるようなものではない。

「すまない。その顔を見る限り趣旨を理解していないようだから適切に言い直そう。お前が敵側の軍人なら、何故あの村を襲った」

 何故奇襲を用いて攻撃したか。そんなことなど、言われずともわかっている。

「それは単純に通常の前線での戦を行うよりも楽に領土を確保し、こちらの動揺を煽りたいからでは?」

「そんなわけあるか、バカが……」

 嘆息する男にヴェフリは目を瞬かせた。

「これは兵法の基本で、どこの国もそうしてることなんだが……まずいかに戦時中であってもよほど切迫している状況か相手の上層部が馬鹿でない限りは、後の状況も見据えずいきなり夜襲して駐留していた兵士のみならず民間人まで攻撃するなんて真似はしない。そんな真似をしたら、自軍の味方からも作戦を非難されるという最悪の状況が起きる。そうなればまさに栄誉無き勝利。意味が無い」

「なら……どうして……」

「いいか?結論として敵軍の狙いはこの戦争に勝つことだ。そのために必要なのはこちらの戦意を削ぐことと戦力を削ぐこと。そして夜襲のメリットというのは被害を最小限に留めて、敵軍の幹部などを容易に殺せるという点にある。確かに、敵の3割を壊滅させたと言えば聞こえはいいかもしれないが、実際街で警戒にあたっていた兵士など本体の1/10も居ないだろう。ましてや司令官の中佐は村の外の遠征陣地の中。しかもこんなことを言うと批判されそうだが……中佐程度の地位の人間を一人殺した所で、皇国軍は殆ど傾きなど覚えん。むしろ、今目の前で繰り広げられているように如何にしてこんな舐めた態度をとった相手を吊るし上げるか……そうやって敵の士気を煽るだけだ」

 「利点がない……」とヴェフリは呟いた。このままではあまりに敵軍に対し利点がなさすぎる。先ほどの話でも敵兵の遺体も転がっていたという話が出ていたのだから敵だって無事では済むまい。自軍の損害。対し与えられた打撃と削ることの出来た士気は極わずか。代償に汚名と敵軍の士気の上昇。

 あまりにこれでは釣り合いが取れない。ヴェフリは目を見開いた。

 やっと男が言いたかったことがわかってきたヴェフリに男は「その通り」と頷いた。

「では…………まさか!!」

「気がついた」

 ヴェフリの反応に男はスッと口元に笑みを浮かばせた。

「この状況で、連合の連中が一番嬉しいのは、敵軍の反撃。私なら、占領した村には僅かな兵士しか置かず、村を奪還された瞬間、撤退したと見せかける。敵軍が追撃をしてこられるよう、わざわざ進軍しやすい道を選んでね。そして敵軍をある程度惹きつけられた所で脇道に逸れる。追撃隊はもちろん本道を突き進むだろうが、そこには雨霰(あめあられ)の罠を仕掛けてあり、追撃隊は一網打尽。戦争中とはいえ、敵国の領土へ進軍するんだ。追撃隊はそれなりに大規模になるだろう。それが全滅すれば……」

今度こそ、国内の士気を下げるような大打撃を受けることになる。

そして、目の前の武官たちはそれを知らずに感情論だけで作戦を決めようとしている。だからこそ男は静かに呟いた。痴れ者共と。では、何故(なにゆえ)彼らはそんな感情論で作戦を決められるのか。先程まで自身が思っていたこと故、ヴェフリ自身自分が想像するのは場違いなうえ、恥ずべき事だとわかっていつつも、自然とその答えには行き着いてしまった。

ようは、彼らは戦場……すなわち本当の最前線という場所へ出たことが無いから。

精緻な溝彫りを施された白亜の大理石の支柱に壁面にはアラベスク模様が織り込まれた真紅のクロスが貼られ、瀟洒(しょうしゃ)なシャンデリアが照らす床には足首まで埋まってしまいそうな程に毛足の長い絨毯が敷き詰められた軍事会議室。

この富裕を基盤とする洗練された幕僚会議室のテーブル上でまるでボードゲームをするかのように目の前の凸型の駒を動かし、中央から紅と蒼に色分けされた地図へ美しさを競い合うかのような無駄に華美で豪奢な万年筆で印をつけ、土埃とは無縁の金の飾緒や勲章に彩られたまばゆい軍服を翻しながら兵士の生き死にを実感として持たずただの戦闘単位と消耗品の単位として見続ける将軍たち。

実力主義とは名ばかりの家名によって階級の決まる世襲制が生んだ国家の(うみ)を、不快感と共にただただ異常だと感じたヴェフリは恐怖心を覚えながらも目の前でひたすらに反撃につぎ込む戦力や編隊の構成を議論する将軍たちを見つめ続けるしか無かった。

(あん)ずるな」

 表情に緊張を見せたヴェフリを見て隣に立つ男はフッと静かに笑った。

「もしこの国の将軍達があんなのばかりだったら、この国家は既に滅んでいるさ……ここには居ないが、ちゃんと本物の軍人とてこの国に入る。建国から大将として全軍を指揮するグロリアーナ家の当主殿や我々のような元は義勇軍ながらも正規軍に編入され国家のために命をかけている将軍も大勢居る。代々皇帝の近衛隊長を勤めるこの国で最も格式高い騎士一族であるフィンハオラン家は現在戦闘状況への介入はしていないと表向きには言っているが彼らが動いたとしか思えないような出来事は少なくない。ちゃんとこの国の行く末を見ている者は大勢いるよ。今回お前をここに連れてきたのはむしろ、こういう汚いものを見せるためだ。あゝはなるなよという反面教師としてちゃんと見ておけ……」

その時、「ジュリオ・チェザーレ!!」と目の前で会議をしていた将軍たちが一斉にこちらに顔色を変えた険しい支線を刺して来た。


「無駄話をするなら外に出て行け! 義勇軍を纏めていた功績を讃え、女王陛下と皇帝陛下が貴様のようなものでも将軍に取り立て、幕僚会議への出席すら容認してくださっている事実を忘れるな!」

本当にこれが今まで数々の奇跡のような功績を立て、故に正規軍に編入され、現在では客将として同じ将軍の地位にある男に、一流の教育を受けてきた者が投げる言葉なのか。ヴェフリはそう疑いたくなった。

 そもそも彼を編入したのだって、所詮は国民にさらなる重税を課すための人気取りに過ぎない。今まで数々の功績を立ててきた将軍を編入させることによって世論を宮廷並びに戦争の肯定に結びつけようという考え方の元だということは、編入された日を(かえり)みれば、火を見るよりも明らかだった。

「いえ、皆様方の議論はもちろん聞いておりました。その上で客将の身分ながら、出過ぎた真似とは存じますが、一つ提案がございます」

 ジュリオはさわやかな笑顔を目の前で怒り散らす将軍たちへと向ける。

「よろしければ、この戦。私が指揮を取りましょう。閣下達は今後の敵領土への進軍と報復を考えていただくとして、ひとまず私が元義勇軍を率いて村に駐留している敵兵共を一度国境の向こう側へ追い返します。さすれば、我が国の国民は守られ、皆様方はゆるりと今後の展開をお考えになれる。決して悪い提案ではないと存じますが……」

「黙れ!」と誰かが言ったのを皮切りに今度は別方向から「貴様に発言権はない!!忘れたのか!!」という罵声が飛んできた。おそらく、この作戦……ジュリオ達が到着する前に案としては上がっていたのだろう。しかし、そうなるとやはり心配なのは自分たちに対する民衆からの声。元々民間の義勇軍で保身や面子がない分、正規軍よりも行動力と即断力に長けた彼らは編入前正規軍よりも高い指示を国民から得ていた。

 そして、だからこそ彼らを正規軍へと編入させた。しかし、もしもここで再びジュリオの指揮の元で敵軍を国境まで追い返してしまったとしたら、正規軍の株。すなわちそれを指揮する将軍たちの株は下がることになる。

 戦争が既に4年も続いてしまった今、国民は疲弊しているし、いくら宝石産出国として絶大なる富があるとしても国庫も疲弊している。これ以上株を下げるような自体は避けたいのが将軍たち共通の心根だった。

「私も今は正規軍の兵士です。なればあなた方が私に討伐を命じていただければいい。敵軍の卑劣な夜襲作戦に対し、我々は真っ向勝負するため、ジュリオ・チェザーレを使って敵軍を追い返し駆逐する。将軍たちはすぐに私を反撃の駒として使おうと要請したが、私は臆病風に吹かれ、中々出陣を決意しようとしなかった故、会議が長引いてしまった。そしてもし私がこの戦で勝てば良し。悪い話ではないはずです」

 そして、戦に勝てば良し。もし負けた場合でもどんな状況であれ、彼が戦死したことにすれば国家の英雄を失った市民はその怨恨から宮廷への支持を強める。どちらに転んでも美味しい展開。

 そこまでを知ってか知らずか、将軍に一人が拍手をするのに続いてまばらな拍手となり、最終的には全員からの喝采となった。

「では、改めて命令する。ジュリオ・チェザーレ。及びその傘下の部隊へと命令する。急ぎ国境近くまで向かい、今回の事態を平定せよ」


 静かに腰を折り、ジュリオは丁寧に頭を下げた。


「拝命賜りました」

 そのまま踵を中心に180度回れ右して会議室を後にし、ヴェフリもそれに続いた。扉が閉まりきる前にちらりと後ろを振り返る。既に将軍たちはテーブルの上の地図へと顔を戻し、再びゲームの世界へと戻り、数人の将軍だけがこちらを見返し、唇が嗤っているように見えた。


 


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ