6 レーグル 著 雨具 「作戦名『雨の日に備えろ』」
今、世間は伝記ブーム。
と言うのも、数年前にやっと『時空間移動に関する厳密な規則』が定められ、民間企業も許可制でタイムマシンの利用が可能になったからだ。それまでは科学的、あるいは歴史的な観点からの観測が主に行われていたが、時空間移動が民間に許可されたことで、企業は人々のニーズを調べ、過去の偉人に『実際に』密着した伝記を書くことを考え、見事に大ヒット。一大ブームとなった。そういうことで、私が持ち込みをしている出版社でも過去の偉人の伝記を書くことになり、私に依頼が来た。私が担当するのは、世界を救った偉人、高畑願望。早速、私は21世紀後半の日本に移動し、美木と名乗り、未来の技術を使い、彼の研究所の助手になって伝記の執筆を開始した。のだが、何かおかしい。
「ヤマモト君。美木君。ついに完成したぞ」
願望が後ろ手に何か隠したまま、高らかに宣言した。正直に言って、あまり乗り気がしない。
「ノゾミさん。ついに出来たんですね」
「ヤマモト君。今はドクターガンボーと呼びたまえ」
「失礼しました。ドクターガンボー」
この『ヤマモト君』と呼ばれている物体は、高性能のアンドロイド、要は人型のロボットだ。これを解体して、機能を一つでも解析して特許を取れば、子孫は私のいた時代まで遊んで暮らせるだろう。
「これで私の夢、世界征服にまた一歩近づいたぞ!」
そう、この高畑願望という男はこともあろうに世界征服を目標にしているのだ。
彼が世界を救うまであと一年。
「それで何が完成したんですか」
私は呆れた口調で彼に質問する。ここに来て3カ月。書くことが無いと言うより、書けるようなことが無い。世界を救った偉人が世界征服を目指しているなんて書けるわけがないだろう。はっきり言って逃げ出したい気持ちもあるが、中途半端に過去を改変することは『規則』違反だ。
「ふむ。これだ。見たまえ」
願望は一本の傘を取り出し、興味津々と言った様子のヤマモト君に手渡した。アンドロイドは、ひとしきり外見を眺めるように傘をクルクルと手首ごと回してから、先端を上に向け、傘を開いた。
ドバー
すると、滝のように傘の内側から水が溢れてきた。まるで、傘の内側で豪雨が降っているようだ。豪雨は三十秒ほどで止み、部屋いっぱいの大きく深い水溜りと、完全防水耐水仕様の人型ロボットだけが残った。
「すごいだろ」
願望が得意気な顔でこちらを見る。たしかにすごい。明らかに質量保存則を無視している。二十一世紀の科学を軽く無視しているんだろう。この大量の水の出所がはっきりすれば、もしかしたら未来人の私でも背筋が凍るかもしれない。これを解体して(以下略)。
「それで、これどうするんですか」
私が部屋の惨状を見て、そう言うと、彼はフフフと意味深長な笑みを浮かべた。
「聞いて驚け。これから梅雨の季節。帰り道、突然の雨に傘を忘れた人々は恐怖を感じるだろう。しかし、そこには誰かが置き忘れたような傘が。罪悪感混じりでそれを手に取り、家路を急ごうとすると、開いた傘の中から大量の雨が降って来る。一瞬でびしょ濡れだ。これなら走って帰った方が良かったとか、傘を盗もうとした天罰だとか、そんなことを考えながら、次の日、風邪を引いて会社や学校を休むはめになるのだ」
こんなことを書けるはずもない。




