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自作小説倶楽部 第4冊/2012年上半期(第19-24集)  作者: 自作小説倶楽部
第23集(2012年5月/「金環食」&「風・窓」
54/62

9 まゆ 著  風・窓 『風の中のキス』

 わたしとミッチーは金網越しの町を眺めていた。

 放課後の屋上は他に誰もいない。

 教室七つ分のコンクリートの床は、昼休みの賑わいが嘘のようにガランとしている。

 運動部のかけ声や、車のエンジン音が耳に入るくらい。

 あとは、ゴーッっという遠くの山から吹く風の音だけだ。

「わたし、学校、やめようと思う」

 口を開いたミッチーの言葉はあまりに唐突だった。

「どうして!なんで!まだ、二年生だよ!」

「驚かしてごめん。決めたことなんだ。沙由にだけは、言っておこうと思ったの」

「だって、どうして!」

「わたし、バレエ団に入ろうと思う」

「ええっ!そんな……」

 ミッチーの実力じゃダメ!わたしより下手でしょ。

「沙由は、どう思う。わたしより長くやってるでしょ」

 長くやってるから解るのよ……あなたには無理だってこと。

「う、うん……厳しいと思うけど……プロになっても日本じゃ食べていけないでしょ」

「厳しいのは解っているし、食べていけないのも解っている……

 でも、やりたいし、それに打ち込みたいから学校をやめようと思う」

 高校中退って、中卒扱いじゃなかったっけ?

 危険すぎる選択だ。

「そんなにバレエが好きなんだ……だったらがんばるしかないね……」

 と、とりあえずは無難に答えておく。

 ミッチーは、確かにうまくなってきているけど、形だけだ。

 手の爪の先からつま先まで完璧でも、その先を表現しないとプロにはなれない。

 わたしだって、そんなこと、調子が良いとき何秒かしか出来たと思えないのに……

 プロは、踊っている間、ずっと出来ているのよ……

 と、言っても、今のミッチーの技術では理解すらできないだろう。

「ありがとう、沙由にそう言ってもらえると勇気が出てくるわ」

 どうしよう。

 友達として止めるべきかな。

 でも、恨まれるよね。

 あのとき、止められなかったら、今頃、バレリーナになっていたかもしれないとか言われても困るし。

「うん。あとは、ミッチーの努力次第だね。応援するよ」

「わたしね。ずっと、沙由にあこがれていたんだよ。

 わたしより、ずっと上手かったし……」

「わたしは、小学生からやっていたからだよ」

「そう、わたしは出遅れ、中学からだったから、あなたに追いつくことが目標だった。

 そうしたら、もっと先の目標が見えてきたの……」

「なにも、プロに成らなくても……」

「ううん。決めたの。バレエ団に入って自分の実力を試したい。

 沙由になら解ってもらえると思った。

 わたしより上手じゃない。ずっと習う側なんてもったいないよ」

「わたしは、自信がないからダメよ……。趣味のままで良いの」

 バレエは踊るにしろ、観るにしろ、娯楽にしかならないの。

 それを生業にするなんて、冒険も良いところよ。

「沙由が、そう言う考えなら、わたしは沙由の分までがんばらないと」

「うん。がんばって!応援するよ」

「沙由」

「ん?」

 ミッチーの顔が近づいてきた。

 何も見えなくなる。

 背中に金網が押しつけられる。

 唇に押しつけられた柔らかい感触。

 吸われているっ?

 えっ?えっ?えーーーーっ!

 キスしているの?!

 視界がもどった。

「おどろいた?ありがとう。キスさせてくれて」

 させて上げたわけじゃないけど……想定外の展開にパニくっただけ……

 唇を拭おうと動き始めた腕を意志の力で止めた。

「わたしはあなたに成りたかったんだ」

 ミッチーは、テスト明けのようなすっきりした笑顔で一歩後へ下がった。

 そして、小指を一本立ててその先端を唇に押しつけて言った。

「辛いことがあったら、こうして今日のことを思い出すわ」


 次の日、ミッチーの退学は、みんなの知ることとなった。

 先生の反応は、思ったよりあっさりしていた。

 夢を持てとか言っている割に、こういうことになると反対すると思ったけど、結構冷たいのね。

 というか、わたしと同じなのね。

 今、思い返すと、少し前からミッチーが窓の外を眺めている姿が多くなったような気がする。

 こうして、机に頬杖をついて、教室の窓から外を眺めて、そんなことを考えていたのだろう。

 わたしなんかに成ったらダメよ。ミッチー。

 冷たくて臆病で……平凡な道しか歩けないのだから。

 

 それから、教室の窓から外を見るたびに、無意識にミッチーの姿を探す自分に気がつくときがある。

 風の音にミッチーの声が混じっていないか耳を澄ませるときもあることに気がついた。

 そして、勉強で辛くなったりしたときに、唇に小指を当ててしまう時がある。

 そんなとき、わたしの予想がみごとに外れてプロのバレリーナになったミッチーの姿が見えるのだ。


《おわり》


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