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自作小説倶楽部 第4冊/2012年上半期(第19-24集)  作者: 自作小説倶楽部
第23集(2012年5月/「金環食」&「風・窓」
53/62

8 そよそよ 著  金環日食 『陽の陰』

「今日は金環日食なんですよ、お父さん。」


妻は、テーブルの上を台拭きで拭きながら、ゆっくりと新聞を読んでいる夫に呼びかけた。

一度呼んだくらいでは、なかなか気づいてはもらえない。

お互い、70代後半。病気もし、何度か入院もしている。ガンとも長い付き合いだ。

耳も目も若い時の何倍遅いだろうか。

「…お父さん。」

「あ、ああ?」やっと夫は新聞から目を離して、妻を見た。

「なんじゃ?」

「金環日食ですよ。ほら、ニュースでもやってますよ。ここ見てください。」


妻が指差したTV画面には、和歌山県のライブ映像が映っており、太陽が欠けていく様子がくっきりと映し出されている。


「おお、そうか…じゃあ、ちょっと外にでてみるか。」

夫は新聞を畳み、テーブルの上に置くとゆっくりと立ち上がった。

妻は台拭きを流しに置くと、夫の後について、一緒に外にでた。


外は明るく、太陽を見上げても、どこがかけてるのかわからない。

いつもと同じだけまぶしく感じられた。

手で遮りつつ見てみるが、やっぱりわからなかった。


「…日食用のメガネ、早めに買えばよかったですねえ。昨日は売り切れてましたけど。」

妻の言葉に、夫はまぶしそうに目を閉じながら答えた。

「しかし、次は20年後だというじゃないか。いくらか知らんが一回きりはもったいない。」

「そうですかねえ…。」妻は首をかしげながら答えた。


その時、近所の子供達が、老夫婦に向かって走ってきた。

「おばちゃん!グラス貸したるわ!」元気な声が聞こえる。

「あら、タクちゃん。今日は小学校休みなの?」

近所の小学生、タクミは会うと必ず挨拶をしてくれる。タクミの家族が引っ越してきた時は、生まれたばかりだったというのに、もう小学4年生とは…早いものだ。


タクミの妹も兄の後を追って、駆けてきた。

「ハルちゃんのも、おじちゃんにかしてあげるね。」

「…おお、ありがとう。どれどれ…。おッ!ほんまに欠けとるなあ!」

夫は嬉しそうに声を出している。妻もタクミに借りたグラスを目にあてた。


黒い空の中、オレンジ色の太陽が半分以上隠れているのが見えた。


「あらあ。ほんと。TVと一緒…すごいわねえ…。」

「すごいやろ!もうすぐ輪になるやろ?」

タクミは嬉しそうにしている。まるで自分が消しているかのようだ。

先ほどから、通りすがりの大人に貸しては、同じ問答を繰り返していたのだ。


「あんな、もっときれいなんあんねんで。」

タクミはそう言うと、老夫婦を少し離れた、角の家の壁まで引っ張って行った。

「これ見たって!」

タクミに言われて見ると、大きく育った街路樹が、まっ白い塀に墨色の陰を落としていた。

「ん?」

その木漏れ日が、どこかおかしかった。

「ほら。全部、三日月みたいになってるやろ?ここも金環日食やねんで。」

「ほおーー!」

タクミの説明に夫が感嘆の声をあげた。

「なんだか不思議ねえ…。」妻がそう言っていると、それを写真に撮っている人も何人かいた。


「次はな、太陽の前を、金星が通るねんで。6月6日やった思う。」

タクミが嬉しそうに話す。

「そうかあ…タクちゃん、今日はいいもん見せてくれてありがとな。」


夫はそう言って、タクミとハルの頭をヨシヨシとなぜた。

タクミとハルは嬉しそうに顔をほころばせると、家の方に走っていった。

もう友達がランドセルをしょって待っていた。


「…やっぱり、買ったほうが良かったですねえ。日食グラス。」

妻の言葉に夫は、首を振って笑った。

「いや、またあの子たちに借りたらいいさ。そしたら、またこうやって色々な話が聞けるからな。」

「…それもそうですね。」

妻もほほ笑んでうなずいた。


「じゃあ、お茶でも入れましょうか。」


その言葉に、二人は連れ立って家の中に入っていった。



おわり

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