5 パールくん 著 干支 『年越し露天風呂』」
もうもうと湧きたつ湯気の中で、「ほぅ」と女の白いうなじが溜息ひとつ。
湯気は黒い湯の肌を滑り、大岩にぶつかると真っ黒な天に登った。
女はのぼせて赤くなった頬を冷やすため、近くのつつじに積もった雪に手を伸ばした。
―― ああ、冷たくて気持ちいい。
風呂の熱気で、翌日の綿飴みたいにしぼんだ雪は、がりっと爪にひっかかる。
腰まで浸かった白い躰が、三日月さんで更に白い。
ざらざらした雪を頬から首、首から豊かな乳房に塗りつけていく。
「あぁ」声にならない溜息をもうひとつ。
そして、また肩まで湯に浸かる。
何度繰り返しただろうか。
突如、天に登るだけだった湯気がうずを巻き始めたと思うと、その中心から大きな男が落ちてきた。
湯は激しく波打ち飛沫をあげた。
―― いやだ、たっつぁん。かけ湯くらいおしよ。
―― ふん、こんな露天に桶なんかねぇよ。それにしても、卯佐姐は色っぽいねぇ。いでで。
卯佐は乳房に伸びてきた無骨な手を掴むと、かりりと前歯で噛んでやる。
慌てて引っ込めた龍五郎の腕には、きらりと鱗が光った。
―― もう時間だぜ。上がんねぇのかい?のぼせたろ。
―― うん・・・けど、もうちょっと居てもいいかい?
―― おいおい、その気になっちまったのかい?こっちゃ、大歓迎だぜ。
龍五郎は鼻息荒く、ばしゃっと湯で顔を洗った。
卯佐は後退りながら、ひとつの岩を指さし
―― 勘違いしないでおくれ。この雪だるまが溶けるまで、湯に浸かりたいんだよ。
湯の際の岩の上に、小さな雪だるまが腹まで溶けて、ちょこんと乗っていた。
龍五郎は、首をかしげながら首まで湯に浸かった。
―― さっき、願掛けしたんだよ。これが溶けるまで、湯に入っていられれば、次の年は日本がいい年になるってさ。
岩に頭を預けながら、とろんと躰を伸ばす卯佐の息は荒く、体温が岩に伝わり、雪だるまはじわじわと溶けていく。
―― はっは。やっぱり、のぼせた卯佐姐は、色っぽいねぇ。寅次郎には見られねぇ姿だな。いい順番でよかったぜ。
―― あああ、もうだめ。アタシ、いくわ。
卯佐の躰が、白く、白く、白くなり。
潤んだ瞳は真っ赤になり。
まるく、ちいさな毛の塊になり。
ぴょんと雪に跳ねると、振り向いた。
―― 大丈夫だ、卯佐姐。雪だるま、全部溶けてるぜ。
白うさぎは、嬉しそうにしっぽをひくひくと動かすと、湯気を纏いながら山の奥に消えていった。
ここは、干支の露天風呂。
今宵は年越し、だから交代。
いちねん、黒い湯の中で日本をいつくしむ。