3 ぼうぼう 著 窓 『呪縛の家』
彼女はその手紙を、だれも使わない時代遅れのガラスの灰皿に入れると火をつけた。メラメラとめくれあがる文字が不快だった。
「お姉ちゃんは、かなちゃんが元気な・・・」
文字は一瞬で黒い灰になった。
手紙の灰の残骸を見届けて、携帯メールを打った。
「お姉ちゃん、手紙ありがとう。嬉しかったよ」
ぞわっと背筋が凍る感覚のその文章をあの女のアドレスに送信した。どこまで脳天気なんだろう?私のことなんて一つも理解していないで、姉貴ぶるのが嫌なことぐらい気付かぬのだ。
窓の外を伝う雨水に、憎しみと怒りの自分の顔がぼわっと映り込んで、その表情に驚いた。
こんな恐ろしい表情にさせる姉が憎かった。
結婚という名目で、このぞっとする家の呪縛から独り逃げた姉の行為は裏切りそのもであった。それまで、姉とこの家の呪縛から、互いをかばい合い過ごしてきたのに!怒りで肩が震える。
両親を事故で亡くし、私たちを引き取った支配者の祖母が死んだとき、私たちは涙ひとつこぼさずに、ただ無表情に互いを抱き合っていた。「もう私たちを縛る者はいないのよ」
姉は結婚を決めたと言って、見知らぬ男性を紹介し、そして出て行った。
私たちがまだ縛られたままだということにあの女は気付いていないのか?このぞっとする屋敷は、いまだに祖母そのものではないか。なぜ、それに気づかぬ振りをして姉は出ていけたのだろう?窓の外の世界は加奈子には異次元でしかなかった。
雷が轟き、再び、加奈子の顔がガラスに浮かび上がった。そこに映っていたのは祖母の若いときの顔なのを加奈子は知らない。屋敷に縛られてると信じている加奈子は、すでに自分がこの屋敷の支配者になっているることに気づいてなかった。メールを読み終えた舞子はやはり、激しい雨が打ち付ける窓を感情なく眺めていた。単調な返信メールから溢れる妹の想いは自分を許していないことを、舞子は知っていた。結婚で逃げたはずの呪縛は加奈子との絆を断ち切り、新たな憎しみを生んだだけだった。あの家から逃げることはできないのだ、絶対に。窓の外の世界は幻影だった。夫はそんな呪縛など元からないのだと言う。しかし、その声は舞子の耳に遠い幻だった。
夢のような生活は、夢のまま終焉を迎えるのだ。憎しみと呪縛の中にしか舞子の現実はないのだ。彼女は無表情に結婚生活ー夢の世界ーから、己の現実の世界に戻って行くのだ。すでに新しい支配者が待ってるあの家へ。




