8 あび 著 星空 『星祭りの夜』
金平糖のビンを逆さにしたかのように空のにぎやかな夜。
広場に描いた六芒星の輪郭がじわりと輝きだす。
湖に落ちた星の影をすくってお菓子を焼こう。
今年も星祭りの日がやってくる。
星をかたどった5つの角をもつ帽子をかぶり、
「いい星の夜ですね」と大人たちは挨拶をかわす。
この日ばかりは子どもも夜更かしだ。
女の子はこぞって丘で摘んだ星の花輪をかぶり、
男の子は星蛍を集めたランタンを手にしている。
天井に天球を描いたメリーゴーラウンドがまばゆく輝きながら回っているし、
星菓子を売る屋台には行列ができている。
しゃぼん玉売りや大道芸の音楽が賑やかだ。
酒場も人々の笑い声で溢れている。
広場の片隅に父親と10歳のアオは並んで立っていた。
目の前には色のない電球で飾り付けられた小さなテント。
星の帽子をかぶった長い髪の女性が入り口で所在なげだ。
二人が近づくと、彼女はチラリと視線を投げ、やや面倒くさそうに口を開いた。
「星の導きはひとり10分で5万カレー」
法外な値段だった。5万カレーあれば車くらい買える。
アオは父親をあおぎみた。
「ひと月前に旅立った母親に逢わせてやってくれ」
「ぼうや名前は?」
「アオ」
女性は分厚い本を取り出し長い爪の先で文字をたどった。
「2月20日、アマンダ……これね。いいでしょう、どうぞ」
アオは不安げに父親を振返りながら、女性に連れられテントに入った。
ちょうど昼と夜の長さが同じになる春の日。
この街で開かれる星祭りは、天から懐かしい人の降りてくる祭り。
星の導きは彼らを生前の姿のままに逢わせてくれるテントだった。
ただし、値段は法外。
それでも各地から、そのたった10分の奇跡を求めて人が訪れる。
この街の人間だけは別で、
この一年に別れた相手となら一度だけ、お金を取らずに逢わせてくれた。
アオは優しい両親とこの街に住んでいた。
もっとも、先月から父親だけしかいないわけだが……。
しばらくすると、アオが目を赤くして出てきた。
「あえたか?」
「うん」
「そうか、よかったな」
父親は静かに息子の頭をなでた。
「よし、おまえもお祭り行ってこい」
まだ熱のこもった瞼をしばたかせながらアオが顔をしかめる。
「天からたくさんの人が降りてきてるからな、賑やかに出迎えてやらんと。
地上では皆楽しく幸せにやっていますよと、母さんに安心してもらうためにもな」
アオはきゅっと口を結ぶと袖口で目をぬぐった。
「ぼく、行ってくる」
パパン・パン! と夜空に花火がはぜた。
花火の先は長く尾を引き、夜をキラキラと彩った。
雑踏に駆け出したアオを見送り、父親はゆっくりと星の導きのテントに姿を消した。
~おわり~




