3 ぼうぼう 著 男 「ご神木」
「ご神木が・・・」
すでに男の意識は混濁していた。言葉は意味をなさず夢の世界の中の言葉であり、単に寝言になって付き添ってる妻や娘の気持ちを撹乱していた。
彼は切った木を合板にする仕事に一生を捧げた男だ。
「切った木の後に植林をするんだ」
よく彼は言い訳のように酒を呑みながらつぶやいた。横で聴いていた娘はその植林は子供だまし程度でないのかと、心の中でひっそり思っていた。しかし、今では死語になった「猛烈サラリーマン」だった男にその反論は酷であったし、自分がその犠牲になった木と父のおかげで育ったことを思うと反論は口まで出かかっても飲み込まざるを得なかった。
その男が死の淵で
「ご神木が・・・」
というのを娘は複雑な気持ちで聞いていた。彼の病室から見える風景が皮肉にも木々の生い茂った小山だった。
どれがご神木なのか?彼女にはわからずただ戸惑いながらこんもりした木々を見つめるしかなかった。
木を切り倒し続けた男が「ご神木」とい言葉をその間際に言い放ったことに娘は驚くばかりでうろたえた。
森の切り拓く、それは自然を蹂躪する行為だったはずだ。自然を破壊するのを仕事にしていた男が混濁した中で「ご神木」という言葉を発したことを娘は理解できずにいた。
病室から見える青々した木々のどれをご神木だと父が言ったのか娘にはわからなかった。認めたくなかったが、この病室で最期を迎えるだろう男の言う「ご神木」を見つけたかった。父に教えてもらいたかった。
しかし。彼は仕事を家庭に持ち込まない主義を混濁した意識のなかでも貫き、たった一言無意識にもらした「ご神木が・・・」というその一言だけだけ家族に謎のまま残し、説明もせずに、静かに逝った。仕事一筋の男は山に見守られた病室で逝ったーそれは運命なのか?
娘は今でもその山を見るとそっと想う。
「おとうさん、どれがご神木なの?」