2 奄美剣星 著 干支 『龍をみた!』
坂道を自転車で猛スピードで駆け下りて行く。竹刀を背負ったブレザー姿の女子高生だ。街路は、白い霜で覆われている。坂道が終わるあたりでようやくブレーキを入れる。ところが、滑って自転車から放り出された。
☆
あっ!
宙に投げ出された次の瞬間、何者かが、ふわり、と受け取った。
「何、ここ?」
ショートカットの娘が、恐る恐る下を覗き込むと、案の定だった。住んでいる街の上空だ。タンカーが停泊している港湾が小さくみえる。
「ま、まさか?」
蛇というにはやや複雑な構造をしている。鹿のような角、獅子のような立髪、鹿のような脚。自宅の床の間にある龍そっくりだ。少女は、そいつの背中に、腰を抜かしたように脚を投げ出していた。
頭には、サイドカー仕様のオートバイ『KATANA』があった。ライダーは虎で、サイドカーに座っているのは、マントを羽織った隻眼の兎である。
「やあ、また、会ったね。有栖川君。正月早々、龍に出会った君は超ラッキーだ」
「ど、どこがよおっ」
龍は街から後背の山地を駆け回り、そこから海を回って、港の上空に戻った。
「ねえ、ギルガメッシュ。楽しんでないで、元の世界に還してよおっ。部活の朝練に遅刻しちゃう!」
「青龍が祝福しているのに、しょうがない」
刀の先端をあしらったオートバイ。虎のエンキドウが、エンジンをふかし、鹿の角のあたりから一気に駆け下りた。隻眼の兎が、有栖川の腕を引っつかんで、放物線を描いて、宙に舞い上がるや、今度は急降下して行く。
きゃあぁぁぁ……。
☆
寝台から半身を急に起こす。自室だ。
「夢?」
勉強机に置かれた蓋が開いたままのノートパソコンから、黄金色の閃光が放たれ、波打った紐のようなものがのたくっている。液晶パネルから白い煙がふきでている。
「あちゃあっ、最近調子悪かったんだ、この子……」
火事にならぬよう、二階の勉強部屋から、そいつをタオルで被って庭に放り出す。階段を駆け降り、風呂場にあったバケツを突っ込んで、まだ煙を吹いている奴めに、とどめの一杯を浴びせかけた。敵はシューシュー音を立てて沈黙した。
「撃沈!」
トーストをくわえ、竹刀袋を担ぎ、自転車に飛び乗って学校に向かう。女子高生は、沿道の銀杏葉の葉はとうに落ちているというのに、短いスカートで素足を晒している。冬休みでも、日中は欠かさずに学校の道場に通っている。
潮騒市は、東北最南端の港町である。滅多に雪こそ降らないが、朝なんかは吐く息が白くなる。石積みをイメージした壁の家が軒を連ね、乱暴に漆喰を塗ったくったような感じになっていた。瓦は濃い灰色で、急勾配をなし、ロケットの先端のようだ。南欧風の住宅街から、岩場のトンネルから海水がなだれ込む入江の縁をタイルで舗装した海浜公園を抜け、港の魚市場に抜ける。
港では爆竹が鳴らされていた。中華街の伝統芸を真似た若衆が、十名ほど組になって、棒の先につけた極彩色の龍を操り、街中をねり歩いていた。
(稿了)