9 まゆ 著 猫 『ボクの神様』
ボクは、ボクの宇宙を赤いヒレをヒラヒラさせながら泳いでいる。
この丸い空間は回りの世界から隔離されているので、少し泳ぐと透明な壁に頭をぶつけてしまう。
もっとも、そんな壁にぶつかっていたのはここに来てわずかの間だけで、今はぶつけることはない。
その宇宙の向こう側には、別な世界が見えている。
上の方には食べ物がやってくる世界。
横には、大きな二本足の生物がうごめいているのが見える不思議な世界。
横と上の世界はつながっていて、横にいる二本足の生物が近づくと上から食べ物が落ちてくることがあると言うことに気がついた。
そんなことをボーッと観察していられるくらい、ボクの宇宙は暇な空間なのだ。
ボクの宇宙には泡と水しかないのだから。
ボクは宇宙の外からボクを見つめている瞳があることに、ずっと前から気がついていた。
その金色の瞳は、二本足の生物より小型の四本足の生物のものだ。
彼は、何をするでもなく、宇宙の外からボクを見つめてはじっとしていた。
長い時間そうしていることもあったし、すぐにどこかへ行ってしまうこともある。
ただ、言えることは、ある種の愛情をその瞳から感じると言うことだ。
その瞳は、ボクに会いたい・触りたい・いっしょになりたいって言っているように感じる。
ボクの宇宙と彼が住む空間には壁があって、触れあうことはできないのに。
ボクはその瞳の持ち主を神様と名付けた。
今日も神様は、ボクを見ていた。
地面から立ち上る泡の中を泳ぐときも、上から落ちてくる食べ物を漁るときも、神様はずっとボクを見つめていた。
神様に見つめられているだけでボクは幸せだった。
神様のために、自慢の赤いヒレを閃かせながら優雅に泳ぐのだ。
見られている幸せを感じる。
神様がいるから、ボクは自由に、奇麗に、優雅に泳げるのだ。
ある日、ボクの宇宙が異変に襲われた。
突然、外の世界から灰色の物体が近づいてきて、ボクの宇宙をひっくり返したのだ。
ボクは、宇宙の外へ投げ出されてしまった。
体の自由がきかず、息ができない。
神様はボクを見ていなかった。
灰色の怪物を見据えて、地の底からわき上がるような恐ろしいうなり声をあげていた。
神様と怪物は、ボクのわきで戦っている。
どちらも、聞いたこともない低く激しいうなり声をあげながら転げ回った。
すぐに勝負はついて、怪物は逃げ出した。
神様がボクの方へ近づいてきた。
神様が勝ったのだ。
ボクは悶えはね回るくらい苦しかったけど、うれしくて胸がはち切れんばかりだった。
神様の黒い鼻先がボクのうろこに触れた。
ボクの体に、神様の牙が入り込んでくる。
激しい痛みと痙攣がボクを襲った。
よかった……神様……やっと……これで……
ボクの意識は遠のいてく。
神様と一つになることに悦びを感じながら。
《おわり》




