8 BENクー 著 チョコレート 『名残り』
宮殿は銃声と大砲の音に溢れていた……族長ショコルは、高台に築かれた屋敷から滅び行く王国を眺めていた。同じく屋敷の周囲でも、配下の一族と奴隷たちが群を成して見つめていた。
1521年8月13日、アステカ王国最後の瞬間だった。ショコルには、アステカ王国への哀悼も悲嘆もなかった。それどころか、大きな期待に胸を高鳴らせていた。アステカは滅んでもカカオ交易は終わらない。今後はスペインとの直接交易によってますますカカオ豆が流通することになる。それがマヤ族の再興につながると考えていたからだ。「アトル姫、これからは農業と灌漑を司ってきた我々マヤ族の時代だ。」
言い聞かせるように呟いたその言葉には、低いながらも野心に満ちた力強さがあった。しかし、妻アトルは、黒雲を上げるティオティワカンの姿に言い知れない不安を抱いていた。『アステカはたしかに滅ぶ。だが、それがマヤの隆盛につながるのか…』と。そして現代、マヤの暦は12月21日冬至をもって終わりを告げようとしていた。
ショコルが受け継いだ農業も、アトルが受け継いだ灌漑事業も国を再興するものに成り得なかった。マヤは、メキシコの歴史の中にその名を残すのみとなっている。それでも、”ショコル・アトル”という名称は周知のものとなった。”熱い・飲み物”という意味の「チョコレート」という名称として……☆
☆ おしまい ☆☆




