5 パールくん 著 猫 『フンガイ』
今朝、ウンコをふんだ。
数日ぶりに晴れて、ちょっぴり暖かい気持ちのいい朝だったのに。
学校に行こうと玄関を出て、たったの3歩でアウト。
わたしはズルッとなったけど転ばなかったから、被害は最小限だった。
いちばんお気に入りのピンクのスニーカーだったけど。
半分泣きながら家に入ったら、お母さん「ぎゃー、その靴ではいらないでっ!」ってひどいよね。
わたしはすぐに他のスニーカーに履き替えたけど、結局ピンクのは捨てられちゃった。
もったいないなぁ。
お母さんが言うには、猫のフンは臭いがきつくて、洗ってもとれないんだって。
ほんとかな。
そう、うちの庭は猫のトイレにされちゃってるんだ。
しかも、わたしが思うに、公衆トイレなの。
野良だけじゃなくって、近所の飼い猫もしているんだ。
だってこの前、向かいの濱田さんとこの猫がしてるのを見たんだもん。
お母さんに言ったら、「あらっ」って目をつり上げてお父さんに報告してた。
そのあとふたりで濱田さんに、やんわりと苦情を言いに行ったみたい。
そしたら、濱田さん何て言ったと思う?
「まあ、ヨッシーちゃんは、お宅が好きなのね」
だってさ。
帰ってきてから、お母さんは「きぃー!」ってなったんだけど、お父さんが「フン害に憤慨してるな」って、しょうもないダジャレを言ったもんだから、その場の空気がピシャーンって凍っちゃって。
そのまま、解凍に失敗したお刺身みたいに、家族がダラーンって脱力しちゃったんだ。
とにかく、困ってるんだ。
学校が終わって帰り道。わたしは、もうウンコふまないぞ!と気合いを入れながら、ランドセルの肩ベルトをギュッと握りしめた。
家の門に近づいたところで、珍しいものを見ちゃった。
じぃじが立ってる。
じぃじは、いつも居間のテレビの前の肘掛け椅子に座っていて、動いてるところなんて見たことがない。(ちょっと大袈裟かも)
足が痛いみたいで、いつも、 じーっと1日中テレビを見ているんだ。
まぶたが垂れててよくわかんないけど、寝てるときもあると思う。
もうね、椅子にお尻がくっついちゃってるんじゃない かってくらいなんだ。
だから、じぃじが外に立ってて、すごくびっくりした。
しかも、その姿勢が衝撃的だったんだ。
足を大きく広げて、ひざを曲げ、腰がググっと落ちてる。
右腕を前につきだして、体を開いて、左ひじを後ろにひいてて、指先が空をむいてる。
なんかね、西洋の騎士とか、フェンシングの人みたいだった。
だって、右手で閉じた傘をつきだしているんだもん。
「何してるの?」じぃじに近づいた。
じぃじは、真剣な顔で門柱の上を見続けてる。
そこには、猫がいた。
「あ、濱田さんちのヨッシーだ」
わたしが帰ってきたのに、じぃじはヨッシーを睨みつけてる。
ヨッシーは、お日さまであったかくなった門柱の上で丸くなってる。
横目でじぃじを見下ろしてる態度は、「フンッ、じじぃが」って言ってるみたいで、憎たらしい。
これは、じぃじとヨッシーの男の戦いなんだな。
じぃじが、庭を守ろうとしてるんだ。
なんか、迫力で負けてるけど。
わたしは、黙って男の戦いを見守ることにした。
じぃじは優しいから、猫に直接痛いことはしないけど、傘を振って「シッシッ」って追い払おうとしている。
ヨッシーは、攻撃されないと完全にナメている感じで半分目を閉じてる。
あー、もうダメだ、気迫が足りないよ。
わたしが諦めかけたとき、ちょっぴりじぃじの指先が動いたかと思うと、ボフンと傘が開いた。
ヨッシーはアニメの猫みたいにギャっと飛び跳ねて、塀づたいに隣の庭に逃げていった。
「やったー!じぃじ勝った!」
わたしは、嬉しくって飛び跳ねた。
じぃじは、静かに傘をたたむと、こっちを見てグッと親指を立てた。
ニヤリと笑った口元には歯が1本しか見えなくて、あ、入れ歯忘れてるって思った。




