1 七川冷 著 猫 『野良猫生活を体験』
いつも通りの時間に起きると、青空が見えた。
昨日は、ちゃんと帰宅したから自宅の寝室で寝ているはずだが…
「起きたか、勝春。」
妻の由香が勝春と呼び捨てるはずがないので
不思議に思った僕は眠たい目をこすろうと手を伸ばすと…
なんと、自分の手が黒猫の手になってしまっていた。
僕の専門分野である生物学の知恵をしぼってみたが
人の手が猫の手になる原因は分からなかった。
「大分驚いているところ悪いが、俺様の姿に見覚えあるだろう?」
手が突然変異していたショックですっかり声の主の存在を忘れていた僕は
目をこすって相手を見ると、オスの三毛猫が僕に話しかけていた。
「お前は、ナツか?人違い…じゃなかった、猫違いだったら悪いけど…」
と、取り敢えずおそるおそるその猫に昔飼っていたナツかどうか尋ねてみると
「まだ覚えていていたか。そうだ。俺様はお前がまだ一乃山大学で非常勤の先生していた頃に捨てられた高山ナツ様だ。
それよりお前、風の噂によると4年の今ではその学校の常勤で生物学を教える教授に出世したそうじゃないか。俺様を捨てた薄情者のくせによ~。」
「あの時は大変済まなかった。どんな事情を正直に話しても許してくれないだろうな。…それに4年の間で日本語を話せるようになった君と比べたら大したことじゃないよ…。」
ナツの皮肉に謝罪しながら思った事を言うとナツは
「おい、ナオ。此奴に自分の姿を見られるよう水を入れた容器を持ってきてくれ。」
と、小馬鹿にしたような笑みを見せながらナオと呼ばれた茶色と白のブチ猫に水入りの容器を注文した。
持ってきてくれた容器を鏡の代わりに覗いてみると手だけでなく体全体が猫になっていた。
そう言う訳ならナツが言葉を話せるのも頷けられる。
「ナオ、お前が偉大で寛大なボスなら裏切った野郎をどうする?」
「そりゃ、裏切られた気持ちを相手に嫌と言うまで体で覚えさせますよ、ナツ様!」
ナオの言葉に満足したのか、ナツは頷いてからこう言った。
「そう言う訳だ、勝春。ナオに徹底的に野良猫生活を教わる事で俺様が経験した裏切られた気持ちをたっぷりと堪能しろ。もし途中で逃げたり俺たちに歯向かったりすればお前の姿を戻れなくしてやるからな!」
こうして、僕は自分の姿を取り戻すのとナツに深く反省していると分からせるために野良猫生活が始まった。
生ゴミの漁り方、街に住む猫の情報、餌をくれる人が集う場所、ナツ流の喧嘩など様々な事を仕込まれナツの気持ちを嫌と言うほど実感した4年も経ったある日、遂に僕は人間に戻り、家に帰れた。
帰ると、由香や近所の人々、そして警察や職場仲間に「今まで何処で何をしていた」と執拗に尋ねられるし、(信じてくれなさそうな事なだけに話さなかったけど…)
生徒達には「先生が誰にも内緒で登山している時に熊にでも襲われていたのではないか」と噂していた事を知った。
本当にごめんな、ナツ…
僕の勝手な都合で捨ててしまって…
それから、今現在ペットを飼っている人達へ
ペットは捨てて貰うために生まれてきた訳ではないので
捨てずに可愛がってあげて下さい。
〈完〉




