11 かいじん著 男 『笑い男の春』
3学期も終りに近づき、降り注ぐ陽射しは 暖かくて、かなりまぶしさを感じる。
僕は陽射しを一杯に浴びたグランドの方を 廊下から眺めている。
もうすぐ、僕は3年生になり、中学生生活最後の 1年を迎える。
天気とは裏腹にそう考えると何だか複雑な気分だ。
時間と言うものは、何もしなければ、ただ失っていくだけのものである。
しかし時間はただ何と無く過ぎて行く。
・・・いつだったか、誰かが僕の事を(笑い男)と言った。
僕がいつも黙って静かに笑って誰かが話すのを聞いているだけだからだろう。
・・・
「高野君」
他に誰もいない階段で、後ろから来た、同じクラスの、杉谷ゆかりに声をかけられた。
彼女は手に何かを入れたCD屋の袋を丸めて持っていた。
「あのね・・・有村さんが、高野君にこれを受け取って欲しいんだって!・・・受け取ってあげて」
彼女はそう言って、僕に袋を手渡すと走り去って行った。
・・・
僕は家に帰ってから、同じクラスの有村聡子から
杉谷ゆかりを通じて受け取った袋を机の上に置いて
考えた。
袋の中にには、村上春樹だとか、三島由紀夫ドストエフスキーだとか言った文庫本の小説が数冊ほど入っていた。
どれも読んだ事が無い・・・そもそも小説なんか今まで読んだ事なんか無い。
何で、有村聡子が僕にこんな物をくれるのか?
1ヶ月ほど前の事が頭に浮かんだ。
・・・
その日、僕は朝から体調が悪く、放課後になって
いよいよ具合が悪くなって、取りあえず、机に
臥せって休んでいた。
その内、教室の中は僕一人になったが、しばらくして杉谷ゆかりと有村聡子がどこかから戻って来た。
「高野君、具合でも悪いの?大丈夫?」
杉谷ゆかりが声をかけて来た。
「大丈夫だよ。しばらく休んだら何とか帰れる」
僕が答えた。
その後、二人は少し離れた、彼女たちの席でそれまでしていたらしい話の続きを始めた。
その時、起こった事件の話題で、その後杉谷ゆかりが正義がどうとか言っていた。
「正義なんて、太陽の陽射しみたいなものだよ」
僕が自分の席で臥せったままで、言った。
彼女たちは、普段殆ど喋らない僕がいきなり会話に入って来たので驚いたみたいだった。
「太陽の陽射し?」
しばらくして、杉谷ゆかりが聞き返してきた。
「太陽の光は届く所と、届かない所がある。・・・深海には全く届かないし、空に雲がかかれば、それはどこにも届かない」
しばらくの間、沈黙が続いた。
「・・・雲は取り払われるべきだし、日陰なんかはあってはいけないと思う・・・」
遠慮がちに有村聡子が言った。
「・・・雲を取り払うなんて、簡単に出来ないし、地表を、全くの平らににするのは絶対に無理だ・・・」
少しバツが悪くなりながら僕が答えた。
その後、少しの間、杉谷ゆかりと論争みたいな事になったけど、その時「高野君って本とかよく読むの?」みたいな事を聞かれた。
「いや、本なんて殆ど読まない」
僕は正直に答えた。
それにしても、何で僕はあの時突然あんな事を言い始めたのか。
あの時熱っぽかったせいもあるだろうけど、それだけが理由では無い気がする。
多分、有村聡子があそこにいたからだ。
僕は、そう思うとひどく落ち着かない気持ちになった。
僕はあの時ほとんどずっと、杉谷ゆかりとばかり話していたが、僕はずっと有村聡子の事を意識しながら話していた気がする。
今まで自分でもはっきりとはわかってなかったが多分ずっと前から僕は有村聡子の事を他の女子とは違う目で見ていた事に気付いた。
その夜は、有村聡子の事が頭から離れなくなってよく眠れなかった。
音楽を聴いて気を紛らわせようとしたけどかえって逆効果だった。
・・・「高野君って、本を読んだりするのが好きになりそうだったから・・・」
有村聡子が言った。
僕たちは、町の入り口にある川に架かった橋の橋詰の所にいる。
陽射しは暖かく、季節はもうすっかり移り変わっていた。




